手のなるほうへ | ナノ


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07
犬夜叉が妃奈を庇うように前に立ち、その少年と対峙した。
少年は犬夜叉に向き直る。

「オレたちの邪魔しようってんなら、容赦しねーぞ」
「やかましい! 人間の血の臭いプンプンさせやがって……一体何人殺してやがった!」
「飯食わせてただけだ。文句あるかこの犬っころ」
「だっ!? 犬っころだとぉ!?」
「オレは犬の臭いが大嫌いなんだ。胸くそ悪いぜ」
「けっ……おもしれぇぜ。だったらその胸真っ二つにして風通しよくしてやろうじゃねぇか」

殺気立った犬夜叉は鉄砕牙に手をかけながら、後ろを振り返る。

「おいぼさぼさ! 危ねぇからかごめたちの方に……」

犬夜叉の動きが止まる。
つられて妃奈を見た少年も驚愕の表情を浮かべた。

「……なに……?」

妃奈の髪と目が薄紫色に変色していたのだ。己の変化に気付かない妃奈は首を傾げるが、犬夜叉はすぐさま少年の目から隠すように妃奈の前に立ちはだかり鉄砕牙を抜刀した。
しかし少年は犬夜叉の背後にいる妃奈を見るようにその空間を凝視したままである。
(なんだ……? オレの中の四魂の欠片が脈打ってやがる……)

「右腕と両足……」

妃奈がポツリと呟く。

「……四魂の欠片」
「!?」
「! へっ。なんでぇ、やたら態度がでかいと思ったら四魂の力を使ってやがったのか」

犬夜叉がしたり顔で少年を罵るが、少年には聞こえていないようだった。

「あの女……」
「――余所見してんじゃねぇ!」

犬夜叉が飛び上がり、少年に向かって鉄砕牙を振るう。
少年は大きく後ろに跳躍してそれをかわすが、犬夜叉は地面を蹴って少年に接近する。

「うらあ!」

鉄砕牙を地面に叩き付ける勢いで犬夜叉は少年の真上から鉄砕牙を振り落とす。
真に受けたら即死であろう斬撃を少年はするりと身を屈めてかわし、そのまま勢いをつけて犬夜叉の頬に回し蹴りを食らわす。

「犬夜叉!」
「何と」
「速い……!」

かごめが悲鳴をあげ、弥勒と珊瑚は少年の身のこなしの素早さに驚く。
犬夜叉は衝撃で少し吹き飛ばされて近くの家に激突した。

「はっ。テメー何だ? 随分でけー刀持ってやがるが……見かけ倒しもいいとこだぜ」
「……四魂の力を借りてこの程度かぁ? この野良狼が」

もうもうと舞い上がる砂塵の中から鉄砕牙を杖に立ち上がる犬夜叉の姿がある。

「――オレは妖狼族の若頭、鋼牙! 覚えておきやがれ!」

そう言い放つと少年――鋼牙は犬夜叉に向かって走り出した。
対する犬夜叉は鋼牙が発する妖気に意識を集中させていた。
(あいつ鉄砕牙の練習台にしてやらぁ。……妖気の流れがぶつかってできる風の裂け目……!!)
沸き上がる二つの妖気は渦巻き、激突する。激突し合う、二つの妖気。
(これだ! 風の傷の臭い!)
犬夜叉は鉄砕牙を振り上げる。鋼牙はすぐそこまで迫っていた。

「喰らえ!」
「――あぶねぇ!!」
「なにっ!?」

鋼牙は急に地面を強く蹴りあげて後ろに方向転換した。そのまま軽い動きで跳躍して犬夜叉から距離をとり、狼たちを集める。

「テメーら引け! 何かやべぇぞ!」

そう言うが否や、鋼牙は再び竜巻を作り土煙をあげながら猛スピードでこの場を後にした。

「……逃げよった」
「やけにあっさりしてるね」

鋼牙が走り去った方を見ながら、七宝はいまだに地べたに座ったままの妃奈の元へ駆け寄る。

「おお、元に戻っておる」

妃奈の髪と目の色は黒に戻っていた。

「四魂の欠片が近くにあるときも反応するのね」

そう言ってかごめが妃奈に手を差し出し、妃奈はその手を取って立ち上がる。

「……あ、ありがとう」

妃奈がぎこちなく礼を言うと、かごめはにっこりと笑った。

「さっ、これからひと仕事あるわよ!」
「?」
「村の人たちのお墓、作ってあげないとね」
「げ、また穴掘りかよぉ」
「犬夜叉!」

あからさまに嫌な顔をする犬夜叉をかごめが諫めた。
それから一行は話し合い、この集落で夜を迎えることにした。鋼牙の居所を見つけて四魂の欠片を奪還することが目的であったが、まさに死屍累々といったこの無人の村を無視することも出来ない。狼に食い荒らされた村人たちの供養が先である。
犬夜叉と弥勒は墓を作り、珊瑚にかごめと妃奈の三人は献花のための花を摘みに、集落から少し外れた山道まで来ていた。

「ねぇ妃奈ちゃん」

排気ガスや産業廃棄物などといった地球汚染とはまだ無関係な、この時代の自然は豊かである。初夏ということもあり、道端には小振りではあるが色とりどりの花が競ってその花弁を広げていた。

「鋼牙の件が片付いたら、あたし現代に戻って妃奈ちゃんのご両親に事情を説明しようと思うの」

かごめが現代から持ってきた風呂敷を広げ、三人はそこに摘んだ花を置いている。
かごめの言葉に珊瑚も同意して頷いた。

「そうだね。いきなり自分たちの娘がいなくなったんじゃあ、きっと心配するだろうね」

風呂敷にはすでに花が山積みに摘まれている。山の麓にひっそりと存在していた集落なのでさほど住民は多くないようだった。これくらいで事足りるだろう。かごめと珊瑚は手を休めて、雲母を花でつついていた妃奈を見る。

「……」
「妃奈ちゃん?」
「……大丈夫。うちの親、海外赴任してて、いない、から」

かごめたちに背を向けているのでその表情は分からないが、ふっと声のトーンが低くなったように感じられた。雲母とじゃれる手は止まっていない。

「もう何十年も、帰ってきてないし」
「……妃奈ちゃん、」
「……それに、多分、ぼくは向こうでは、死んでると思う」
「えっ?」

驚いて聞き返した二人を、妃奈は振り返る。

「だから……ぼくのことなんか、心配しなくて大丈夫だから」

そう言ってぎこちなく妃奈は小さく笑った。あまり感情を顔に出さない妃奈の、笑った顔を二人は初めて見た。だがこれほど寂しい色を湛えていては笑うといえるのだろうか。
二人ははっと息を呑み、それでもと開こうとしていた口を閉じた。最後の言葉に秘められた強い拒否に、これ以上何も言えなかった。

 


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