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清福の夕餉
※『天国で地獄』『貴方に首ったけ』『恋熱の行方』と同設定で『ありていに言えば失考』の明らかな続き
※主人公は何気にトリップ系男子でひたすらモモンガさんが好き



「そういえば、先日の約束を果たそうと思っているのだが」

 空いた時間はあるだろうか、と尋ねられたのは過ごしやすくなった秋口の夕暮れ時で、一週間ぶりに顔を合わせた日だった。
 お久しぶりですねお元気ですかといつものあいさつを交わした俺へ返事をして、そのあとでふと思い出したと言わんばかりの顔で寄越された言葉の意味が分からず、ぱちりと瞬きをする。
 俺が何も察していないと理解したのか、わずかに目元を笑ませたモモンガさんが、約束しただろう、と穏やかに言った。

「『次は、私が君を家に招こう』と」

「あ…………ああ!」

 何かをなぞるような言葉に、いつだったかモモンガさんの口から漏れた言葉だと気が付いて、思わず声が裏返った。
 慌てて片手で口元を抑えた俺をよそに、そろそろ休暇を使えと言われていてな、とモモンガさんが話を続ける。

「今月はもう遠征の予定が無いのでな。今月辺り、ナマエの都合の良い日があればと」

 どうやらモモンガさんは、俺を招待するために休みまで取ってくれるつもりらしい。
 せっかくの休みをそんなもったいないことに使っていいのかと、俺は眉を下げて首を横に振った。
 慌てる俺を見下ろして、モモンガさんが首を傾げる。

「都合が悪いか」

「あ、いやその、そうではなくて」

 こんな時なんと言ったらいいのか分からなくて、間違いなく困った顔で相手を見上げてしまう。
 横を歩きながら、俺の様子を見ていたモモンガさんが、ふむ、と声を漏らして片手を動かした。
 顔へ近付いた指が自分の頤を軽く撫でて、少し考えた後で、モモンガさんが言葉を紡ぐ。

「何、どうせ休暇は家のことに充てるつもりだったからな。遠慮なく日付を指定してくれ」

 放たれた言葉は、どう考えても俺の考えを読んだものだった。
 片手で口元を隠したまま、少しばかりモモンガさんから目を逸らして、あの、と声を漏らす。

「俺、そんなにわかりやすいですか……?」

「ナマエが遠慮がちなのは、今に始まったことでもないだろう」

 もう少し甘えてくれてもいいと思うくらいだと軽く笑う相手に、なんてことを言うんだこの人は、と顔を逸らした。
 告白もできないような俺が好きな人に甘えるだなんて、そんな大それたことができるわけがない。

「それで、いつがいい?」

 俺の苦悩も葛藤も知らず、言葉を促してきたモモンガさんは、声音からしてまだ笑っているようだった。







 はたして、好きな人の家に招かれて、どんな格好をするべきなんだろう。
 さすがにスーツはまずいだろうかとか、そんなことに数日頭を悩ませてしまって、ようやく選び抜いた服で身を包んだ俺は今、モモンガさんのお宅に伺っていた。
 時刻は指定された夕食時。真新しい服を着て行った俺に気付いた様子もなく、座っていてくれと言って俺を置いて行ったモモンガさんは、キッチンの方にいる。
 手伝いますと申し出たのだが、『私にもさせなかっただろう』と笑われてはもはや言い返すこともできない。
 出してもらったお茶入りのグラスを掴んで、持ち上げて、口をつけずに降ろしてと何とも挙動不審な動きをしつつ、俺はきょろりと部屋の中を窺った。
 モモンガさんのお宅は一軒家だった。
 通されたのはリビングで、キッチンが近いのは物音でわかる。
 家の中はきれいだ。玄関には海軍将校のコートが掛けられていたけど、リビングには少し古びた制帽と、いくつかの勲章の入った額縁が飾られている。
 俺が座っているのはテーブルとセットになっている数脚の椅子の内のひとつで、使いこまれた滑らかさのある木製のテーブルと椅子は少しだけいびつな形をしていた。
 いくつか置かれている置物もどことなく手作り感のあるもので、窓の傍に置かれた観葉植物をいれた鉢には海軍のマークが入っている。
 足元はフローリングで、出されたスリッパもはき心地がいい。そして、とにかく広い。

「……俺の家、狭かっただろうな……」

 思わずそんな感想が口から漏れて、何とも言えない気持ちになった。
 そういえば、あの日は無理やり誘ってしまったようなものだった。
 モモンガさんは笑っていたが、ひょっとして窮屈だったのではないだろうか。
 物は殆ど無いから散らかっては見えなかっただろうけど、モモンガさんの家と比べれば雑然として見えたかもしれない。
 なんとなく肩を落としてしまったところで、足音が聞こえて、はっと顔をあげる。
 見やればモモンガさんが両手に大きなお皿をいくつか持って歩いてきたところで、まるでどこかのウエイターのような姿に慌てて椅子から立ち上がった。

「さ、さすがに手伝いますよ! 落としちゃいますって!」

「ふむ、ではこれを頼もう」

 素早く近付くとモモンガさんが皿を一つこちらへと差し出してきて、それを両手で受け取る。
 丸くて大きな皿は乗っている料理の重量もあってか重たく、予想外だったそれに驚きながらもどうにかそれを引き取った。

「テーブルでいいんですか?」

「ああ、中央に」

 ほんの少ししか離れていない場所へと戻りながら尋ねれば、モモンガさんが一つ頷く。
 わかりましたと答えて料理をテーブルへと置くと、俺の後を追ってきたモモンガさんが持っていた他の皿もいくつかテーブルの上へと並べてしまった。
 数秒にして埋め尽くされたテーブルの上には、所狭しと料理が並んでいる。
 取り皿とフォークまで渡されて、戸惑う俺をよそに椅子へと座ったモモンガさんが、不思議そうな視線を俺へと向けた。

「ナマエ? 座らないのか」

 促すようなそれに慌てて椅子へ腰掛けてから、改めてテーブルの上の料理を見つめる。

「…………多くないですか? これ……」

 テーブルの上の食事の量ときたら、俺一人だったら二日は余裕で暮らしていけそうな量だった。
 もしや、本当は他にも招待客がいたのだろうか。
 そういえば椅子はあと二脚あるし、なんて考えが浮かんだ俺の向かいで、やっぱりそう思うか、とモモンガさんが声を漏らす。
 それを聞いてテーブルの上から視線を向けると、照れたような笑みを浮かべたモモンガさんが、軽く自分の頭を掻いた。

「ナマエが小食なのは分かっているんだが、何を食べさせようかと考えていたら、どうしても数を絞り切れなくてな」

 微笑みながらのそんな言葉に、え、と思わず声を漏らす。
 年甲斐もなくはしゃいでしまったようだ、と困ったように眉をさげたモモンガさんは、持ってきていた自分のグラスへとお茶を注いだ。

「友人を招くというのも本当に久しぶりだ。ナマエと出会えたことに感謝しなくてはな」

 柔らかくそんなことまで言い出す相手に、俺はテーブルの下で自分の足を強くつねった。
 容赦ない攻撃がとても痛いので、どうやらこれは現実らしい。
 まあ、夢だったら俺はモモンガさんの『恋人』とかそういう何かにだってなれた筈なんだから、それもそうだろう。モモンガさんにとっての俺は、間違いなく『友達』だ。
 それでも、モモンガさんが俺の為にこんなに料理をしてくれたり、俺が家に来たことをそんな風に言ってくれるなんて本当に夢みたいで、とりあえずもう一度足をつねった。やっぱり痛い。
 俺の行動に気付いていないらしいモモンガさんが、唇の笑みを深めて言葉を零す。

「申し訳ないが、無理をしない程度に頑張って食べてくれ」

 動けなくなったら泊まって行ってもいいぞ、なんて無防備なことを言い放つモモンガさんに、俺はなんと答えたのだったろうか。
 ひとまずモモンガさんはずっと笑っていたから、馬鹿なことは言わなかったはずだ。
 胃が破裂しそうなくらい口に入れたモモンガさんの料理は、どれもとんでもなく美味しくて、幸せすぎて怖いくらいだった。
 会話の内容すら覚えていられないくらい舞い上がっていたのに、泊まっていけと勧められたのをどうにか断ることが出来たらしい点だけは、自分で自分を褒めてやりたい。


end


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