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恋熱の行方
※『天国で地獄』『貴方に首ったけ』と同設定
※主人公は何気にトリップ系男子



 澄んで晴れ渡った青空から、強い日差しが降り注ぐ。
 目元を庇いたくなるくらいに照り付ける太陽の下、うう、と小さく声を漏らして、俺はかぶっていた帽子のつばを引いた。日差しを受ける腕がひりひりと痛んで、温い風が撫でる肌に汗が滲む。
 先ほど運んだ荷物の伝票をちらりと見下ろして、きちんと判が押されていることを確認してから肩掛けの鞄へとしまった。
 見やった道はじりじりと照り付ける太陽によって熱されて、彼方の風景がわずかに揺らいで見える。

「……暑い」

 ぽつりと小さく呟きながら、ふらりと足を動かした。
 とりあえず、さっきので、午前中の配達は終わりだ。
 どこかで昼食でも取りながら一休みしなくてはと思うものの、夏の暑さに全く食欲がわかず、とりあえず適当な店で飲み物だけを買った俺が移動したのは木陰の多い公園だった。
 ここ最近まともに食事をしていないが、体がだるいのはそれに加えて夜も寝苦しくて眠れないからに違いない。
 こういう時、クーラーが恋しくなるのは、俺がまだ『この世界』に慣れていないからだろうか。
 愛しの文明に想いを馳せて小さくため息を零しながら、とりあえず木陰に座り込む。
 口に含んだ飲み物も温くて、飲みこんでも全く涼が取れなかった。
 この天気と陽気のせいか、公園には人影もない。
 木陰の向こう側に注ぐ攻撃的な日差しに、うあ、と小さく声を漏らした。

「氷の海に飛び込みたい……」

「全くだな」

 きっとじゅわりと体を冷やしてくれるに違いない妄想を口にしたところで、真後ろから相槌が落ちる。
 その事実と、そして何よりその声に驚いて体を跳ねさせた俺は、それからすぐに後ろを振り向いた。

「モ、モモンガさん……!?」

 慌てて立ち上がりその名前を呼ぶと、この陽気でもしっかりと服を着込んだ海軍将校が、軽く笑いながら木陰へと入ってきたところだった。
 その手が軽く汗を拭ったのを見て、木陰の中で少し移動すると、俺のそれに合わせて更に数歩足を動かしたモモンガさんが、その大きな体を丸ごと木陰へと入れる。

「今日戻られたんですか?」

「ああ」

 近寄ってきた相手へそう言いながら見上げると、モモンガさんからそう返事が寄越される。
 上から下までその姿を確認して、何処にも怪我一つない相手に笑いかけ、俺は『お帰りなさい』と口にした。

「ご無事でなによりです」

「……ああ、ナマエもな」

 俺の紡いだ言葉に、モモンガさんがわずかに目を細める。
 柔らかなその声に嬉しくなった俺の傍で、それにしても今日は随分な陽気だな、と公園を見やったモモンガさんが呟いた。
 今しがた島へ戻ってきたばかりと思われる相手に、軽く肩を竦める。

「ここ一週間くらいこんな陽気ですよ。夏が来たって感じですよね」

「冬島帰りにはつらいところだな」

「冬島! いいですね……」

 モモンガさんの言葉に思い切りうらやむ声が出てしまって、そんな俺にモモンガさんが笑う。
 少し汗をにじませてはいるが、いつもと変わらないその様子に、それだけ着込んで暑くないんだろうか、なんてことを考えながら軽く自分の汗を拭った。
 海軍将校としての服装なのか、モモンガさんはいつも通りスーツを着ている。
 さすがにコートは脱いでいるが、首元までしっかりとシャツで覆ったままだ。
 俺があんな恰好をしていたら、汗を掻きすぎて脱水症状を起こすか、熱中症で倒れるに違いない。
 人間としての作りが違うんだろうかとその様子を眺めてから、ふと、午前中だけで随分と汗を吸ってしまっている自分の上着に気付いた。
 少し襟ぐりを引っ張って、顔を俯かせるようにして鼻を寄せてみる。
 汗臭い。

「…………」

 飲み物を片手に、そっとモモンガさんから距離を取った。
 木陰から少し体が出てしまって、攻撃的な日差しが片腕に当たっている。
 じりじりと肌を攻撃されているが、モモンガさんに汗臭いと思われるよりはましだろう。
 そんなことを考えながら飲み物を軽く口に運んだ俺の横で、ナマエ? とモモンガさんが俺を呼んだ。
 それを聞いて視線を向けると、不思議そうな顔をしたモモンガさんがこちらを見ていた。

「もう少しこちらへ寄ったらどうだ? 暑いだろう」

 日差しを受けているぞと心配されて、えっと、と声を漏らす。
 けれども俺の戸惑いや逡巡に気付いた様子もなく、モモンガさんの手が俺の肩に触れて、軽く俺の体を自分の方へと引き寄せた。
 せっかく先ほど開いた距離を戻る羽目になって、少し体が強張ったのが分かる。
 ぶわ、と顔に汗が滲んで、慌ててそれを拭いながら、本当に暑いですね、と誤魔化すように言葉を紡いだ。
 そうだな、とそれへ応えたモモンガさんは、気にした様子もなく俺の肩から手を離す。

「それにしても、今日は随分と遠出をしているんだな」

 最近の仕事場はこの辺りなのか、と寄越された言葉に、そうなんです、と俺は頷いた。
 俺が物を運ぶ仕事をしていることは、モモンガさんだってよく知っている。
 おかげで、随分とこのマリンフォードにも詳しくなった。もちろんここで暮らしていたモモンガさんほどじゃないだろうけど。

「この陽気の下走り回ってるから、日焼けもしちゃいました」

「ふむ?」

 特に腕とか、なんて言いながら笑うと、俺の言葉にモモンガさんがひょいと体を寄せてきた。
 まだ少しはあったお互いの間の距離が無くなって、目を丸くした俺の腕が、ひょいと掴まれる。

「どれ」

 そんな風に言いながら、日差しを受けまくっている俺の腕を見下ろしたモモンガさんは、戸惑う俺を放っておいて、少しばかり眉を寄せた。

「……なるほど、痛そうだ」

 言葉と共に、モモンガさんの指が軽く俺の腕をなぞる。
 日に焼けてひりひりとした痛みを感じさせていた腕に別のしびれが走った気がしてびくりと俺が体を揺らすと、それを誤解したらしいモモンガさんがぱっと俺から手を離した。

「すまん、痛んだか?」

「あ……いや、その」

「日焼けと火傷は変わらんと言うし、時間があったら医者にもかかった方がいい」

 よく軍医がそう言っていた、と言葉を続けるモモンガさんに、はいそうします、ととりあえず呟く。
 その方がいいと一つ頷いたモモンガさんを見上げてから、そっと一歩だけ相手から距離を取った。

「海兵さん達も、日焼け多そうですね」

「海の上では、日を遮るものなど雲くらいしかないからな」

 そんな風に言うモモンガさんに、俺より大変じゃないですか、なんて相槌を打ちながら先ほどモモンガさんに掴まれた方の手に飲み物を持ち直し、そっと空いた掌で片腕を掴まえて、じりじりと痺れるその個所を抑え込んだ。
 先ほどより心臓が早く動いていて、また汗が滲んできている気がする。
 暑くて、熱くて、どうしたものか分からないでいる俺を見て、モモンガさんが軽く首を傾げる。

「どうかしたか」

 不思議そうに尋ねられたって、なんて言ったら良いものか分からない。
 ただ誤魔化すようにそちらへ笑顔を向けてから、俺はそっとモモンガさんから顔を逸らした。

「この時間に子供が公園にいないのって、暑いからですかね」

「そうだな、大体この時期は、夕方からの方が人通りが激しい」

「やっぱり」

 『元の世界』でも、そういうことを聞いたことがある気がする。
 どこの世界でも同じなんだなと感慨深く思いながら頷いた俺の傍で、それにしても、とモモンガさんが呟いた。

「顔が赤いな、ナマエ。熱中症ではないのか?」

 もしもそうなら今日はもう休んだ方がいいのではないか、とまで言葉を落とされて、うぐ、と変な声が出た。
 まだ体は熱いし、そうなんじゃないかと思ってはいたけど、どうやらやっぱり、俺の顔は赤いらしい。
 だけどもそれは暑さのせいじゃなくて、しいて言うなら傍らにいる海軍将校のせいだ。

「…………だ、大丈夫です。午後も早めに終わる予定ですし」

「……なら、せめて食事だけでもしっかりとった方がいい。昼食はまだか?」

 首を横に振った俺へ向けて、モモンガさんがそんな風に言葉を寄越す。
 明らかに食事に誘われそうな事態に、普段だったらとびつくところだけど、今日はそういうわけにはいかなかった。
 だって、食欲がわかないのだ。
 無理に詰めたら吐いてしまうだろうし、モモンガさんの前でそんな無様を晒すわけにもいかない。
 モモンガさんの誘いを断るなんて、もしかしたら初めてかもしれないが、仕方なかった。

「いえ、今日はもう食べてしまったので……申し訳ないんですが」

 だからそう断ると、モモンガさんはわずかにその目を瞠った。
 戸惑うようなその顔に、あれ、とこちらも目を瞬かせると、俺の顔を見下ろしたモモンガさんが、すぐに気を取り直したように口を動かす。

「……そうか。それなら無理には誘わないが……」

「ごめんなさい」

「いや、ナマエが謝ることではないだろう」

 とにかく、体調には気を配るように。
 そう言い置いたモモンガさんが少し残念そうに見えたのは、多分俺の頭が熱にやられて見せた都合のいい幻覚か何かだったに違いない。
 相変わらずの暑さににじんだ汗を拭いながら、そんなことを考える。
 実は夏バテしていたと知られて、モモンガさんに怒られたのは、それから数日後のことだった。



end


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