名前の時間
「ヌルフフフ。で、どうでしたか? 一日中コードネームで呼ばれた気分は」
「「「何か、どっと傷付いた……」」」
「『ポニーテールと乳』ってぇ……」
「『すごいサル』って連呼された……」
「そうですか、そうですか」
「『萌え箱』とは、どういう意味ですか?」
「そのまんまじゃないかな……」
ポニーテールと乳は桃花、すごいサルはひなた、萌え箱は自立思考固定砲台のことだ。
どうやら皆、付けられたコードネームにかなり傷付いている様子。
「殺せんせー、どうして俺だけ本名のままだったんだよ?」
「今日の体育の授業の内容を知っていましたから。君の機動力なら活躍すると思ったからです。さっきみたいにかっこよく決めた時なら、ジャスティスって名前でもしっくりきたでしょう?」
「確かに〜」
「うーん……」
なるほど。
木村だけコードネームが本名なのか、意図が読めた。
そして、ターゲットがこのようなことに賛成したことも。
「安心の為に言っておくと、木村君。君の名前は、比較的簡単に改名手続きができるはずです」
「そうなんだ……!」
「でもね、木村君。もし君が先生を殺せたなら、世界はきっと君の名前をこう解釈するでしょう……『まさしくJustice! 地球を救った英雄の名にふさわしい!』と」
そうなるのかな……。
ターゲットの言葉、僕には大袈裟に聞こえるけど……。
「親がくれた立派な名前に、正直大した意味はない。意味があるのは、その名の人が実際の人生で何をしたか。名前は人を作らない、人が歩いた足跡の中にそっと名前が残るだけです」
親が付けた名前に大した意味はない、か……。
それは本当なのかな。
「もうしばらくその名前、大事に持っていてはどうでしょう? 少なくとも……暗殺に決着が着くまでは。ね?」
「………そうしてやっか!」
だって、それだったら僕の本当の名前はどういう事になる?
僕が親に抱くこの感情は偽りだというのか?
……僕を悪魔と罵るあの名前は、偶然だと言う事になるのか?
違う、絶対に違う。
僕のこの容姿を見て付けたに違いないんだ。
そうじゃないと、あの名前になるはずが___
「名前さん」
「!」
不意に呼ばれた、僕の今の名前。
顔を上げれば、ターゲットと目が合った。
「どうでしたか? 暗殺者としてのコードネームではなく、3年E組としてのコードネームは」
「……なんだ、あの安直なコードネームは。二度と使うか」
「でも、楽しかったでしょう?」
楽しかった、か。
「……悪くはなかったよ」
「ヌルフフフ、先生分かっちゃいましたよ! 苗字さんが悪くない、と答えるときは肯定の意味であると!」
「は? 僕はありのままの本音を口に……」
「なるほど、名前はツンデレだったか」
「私、名前のコードネーム候補にツンデレ入れたんだけど、当たんなかったかー」
「おい、聞いてるのか!」
僕の言葉を無視して、周りからいろんな言葉が飛ぶ。
その中には、必ず今の名前が含まれていた。
「というより、なんだ。性別マントって」
「だって初登場が顔だけ出したマント姿なんだもん。名前は顔だけだと、男か女かどっちか分からないからね〜」
「僕、一言も女とは言ってないんだけど?」
「え、それじゃあリゾートの時の水着店員の変装はどうなるの?」
「知らないのかカルマ? 胸は作れるんだぞ、変装の基本だ」
「まるでコスプレイヤーみたい……」
コスプレイヤーは知らんが、まあ僕はまだ性別を明かしていないことは分かって貰わないと。
「苗字さんが楽しかったようで、何よりです」
「……もう勝手にしろ」
「ヌルフフフ」
さっきまで名前で呼んでたのに、苗字呼びに戻っちゃった。
……でもいっか。
さっきまで考えていた嫌な事を忘れられたし。
「さて! 今日はコードネームで呼ぶ日でしたねぇ」
それはターゲットが勝手に決めた事だろ……。
そう思いながら、黒板に何か書いているターゲットの背中を見つめる。
「先生のコードネームも紹介するので、以後この名で呼んでください」
あれ、ターゲットのコードネーム候補なんて考えてないぞ。
というより、対象に入っていなかったような……。
「『永久なる疾風の運命の皇子』……と」
ターゲットが黒板に書かれた文字を読み上げる。
それも、ドヤ顔という顔で。
「「「……」」」
静まり返る教室。
そして、皆が銃を手にして席から立った。
「1人だけ何スカした名前付けてんだ!!」
「しかも何よ、そのドヤ顔!!」
「にゅやっ!? いいじゃないですか、一日くらい! ね!?」
僕は周りがターゲットに向かって発砲している光景を、1人席に座って眺めていた。
……生徒達からの反感を買ったターゲットは、『バカなるエロのチキンのタコ』というコードネームを付けられていた。
「「「バカなるエロのチキンのタコ!!!」」」
「え、タコ!?」
相変わらず揃っていること。
焦った顔で銃弾をかわすターゲット。
その光景を眺めていたとき、クスッと笑みが零れた。
……え?
「……今、僕……」
無意識に笑った?
この光景を見て、楽しいと思ったって事?
咄嗟に口元を抑えた手をゆっくりと離す。
その手を握ったり広げたりしながら思い返す。
「……これが、楽しい」
3年E組の彼らのような生活を最初からしていれば、当たり前にあったのだろう感情。
……知らなかった、もしくは忘れてしまった感情。
これが、楽しい。
「……」
その様子を見つめていた者が、こちらを見つめて微笑んでいた事に僕は気づかなかった。
名前の時間 END
別のコードネームで呼ばれてみる?
赤色のコードネーム候補
焦げ茶色のコードネーム候補
白色のコードネーム候補
2022/01/11
prev next
戻る