リーダーの時間



「なあ苗字! 放課後、付き合ってくんね?」


突然、前原に放課後の予約をされた。
ま、一応何もなかったから許可したが……。


「君一人じゃないんだな」

「俺とのデートはまた今度な」

「別に君とデートがしたかったわけじゃない」

「苗字さん相変わらずストレート……」


集合場所には前原以外にも人がいた。
その人物とは渚、カエデ、メグ、岡島だ。


「で? これからどこに行くんだ?」

「ちょっと学校から離れちまうんだけど、大丈夫か?」

「問題はない。で? どこに行くんだ」

「そう急かすなって! 行ってからのお楽しみだ」


ウィンクを飛ばしながら前原は僕にそう言った。
しかたなく行き先を尋ねることを止めて、場所に着くまで黙って着いて行く。


「ここだ!」


椚ヶ丘中学校からかなり離れた場所。
そこにあった看板には「kunugi-kaze」と書かれた喫茶店だった。
早速店内へと入ると……


「いらっしゃいませー……って」

「よっ、磯貝!」

「お前ら……」


出迎えたのは、ウェイターの格好をした磯貝だった。


「君、ここで働いていたのか」

「苗字まで来たのか!?」

「なんだ、僕が来るのはダメなのかい?」

「いや、意外だったから」


しかたない、席に案内するよ
磯貝に案内された6人席に着席する。


「ふむ、悪くない内装だな」

「名前さんはいろんな国に行ってるし、その……機会があるから綺麗なお店も沢山知ってそう」

「そうだね。でも、こういうのも悪くないかな。広すぎるのも嫌だしね」


なるべく外で暗殺の話はしないように
なので彼らもそこら辺を暈かして僕に尋ねてきた。


「で、磯貝は学生でありながら働く人間だったか」

「違う違う、磯貝の本業は学生。あれはバイト」

「バイト……?」

「アルバイトのこと」

「あぁ、アルバイトね。でもそれは労働者という意味だろ? 兼業していることに変わりないじゃないか」

「まあそうだね。でも、アルバイトは本業というより副業って言う方が正しいかな」

「……ふーん」


日本ではアルバイトは副業という意味なのか。
思ってはいたけど、日本は既存の意味を変えて使う事が多いな。


「ご注文をお伺いしますよ、お客様」

「どうするー?」

「スイーツ食べたい……!」

「目的が変わってるよ……」

「でもどれもいいなー」


此処にいる5人は磯貝のように働いていないのか。
ということは、此処で払う金は親からもらったものか。

……ま、あるだけ無駄な金だ。


「磯貝、この店カードは使えるか?」

「え? 使えるけど……」

「支払いは僕が持つ。好きなものを選べ」

「ほんとーっ!? じゃあじゃあ、このプリン食べたい!」

「茅野……」


プリンの一件で分かったが、カエデは相当なスイーツ好きだ。
その中でもプリンが飛び抜けている。


「いいの? ちょっと悪いよ」

「気にするな。本来の僕は学生ではなく働いている者。自分で稼いでいる金をどう使おうが僕の勝手だろ?」

「名前様かっこいい……!」


どこがかっこいいと思ったのか岡島にツッコみたくなったけど、めんどうだからいいや。


「苗字さんにおごって貰えるのはありがたいけど、あんまり使わせるのはよくないからみんな紅茶でいい?」

「むー……それもそうだよね」

「遠慮なんてしなくてもいいのに」

「苗字さんってお金に無頓着なの?」

「そうかもな」


ま、金はいくらでもあるし。
使えるときに使えるよう貯金しているだけ。

これくらいの額、消費しても問題はない。


「紅茶6つ。以上でよろしいでしょうか?」

「おーう!」

「なあ磯貝。ここにワインはないのか」

「未成年にお酒は提供できません。あと、喫茶店でアルコールは提供できないんだぞ」

「そうだった、ここは喫茶店だった……」

「すごい残念そう!?」


というわけで、僕達の注文は紅茶のみ。
しばらくして紅茶が運ばれてきた。


「……うん、悪くない」


磯貝が運んできた紅茶を口にする。
口に広がった味は、不味くないし普通に紅茶をたしなめる。


「これ、誰が淹れたんだ?」

「俺だけど」

「ほぅ……結構上手いんだな」

「! へへっ、ありがとう」


磯貝は少し照れくさそうにこちらへ笑みを向けた。
その表情は素直に嬉しそうなものだった。


「……認めない。裏がない人間、ましてや男など!」

「えぇっ!?」

「まだ夏祭りのこと根に持ってたんだな……」

「だって、僕が知り合ってきた男は必ず裏があったんだぞ? 僕の中で男はそういう生き物だと思っていたのに……!」

「磯貝君を知って、その方程式が崩されたってわけか……」


磯貝についていろいろ話していると、店内にベルが鳴り響いた。
どうやら客が来た様だ。


「いらっしゃいませー! あ、いつもどうも! 原田さん、伊東さん」

「ゆーまちゃん、元気?」

「もうコーヒーよりゆーまちゃんが目当てだわ、この店!」

「いやいや、そんなこと言ったら店長がグレちゃいますよ。原田さんモカで、伊藤さんはエスプレッソWでしたよね? 本日、店長おすすめでシフォンケーキありますけど」

「あ! じゃあそれ2つ!」

「ありがとうございます!」


磯貝の接客は上手い方だな。
あれは客側とすれば気持ちの良いものだ。

……磯貝の接客姿、使えるかもしれない。
見ておこう。


「実にイケメンだ、うちのリーダーは」

「殺してぇ」

「お前ら粘るなぁ、紅茶1杯で」


それもそうか。
なんだかんだで喫茶店に入ってしばらく経つな。


「いいだろ〜? バイトしてんの黙ってやってんだから」

「はいはい、揺すられてやりますよ。出涸らしだけど、紅茶オマケだ」

「「イケメンだ……!」」


磯貝は内緒で、というように口元に人差し指を当てる。
そして、各カップに紅茶をつぎ足した。


「あんなに一度に運べるなんて……」

「「イケメンだ……!」」


僕達の座るテーブルの横を、両手に食器を沢山乗せたトレーを運ぶ磯貝が通る。
すごいバランス力だな。
……なんか悔しい。


「なーに、またお母さん体調崩されたの?」

「えぇ、まぁ。うち、母子家庭なもんで俺も少しは家計の足しにならないと」

「「「イケメンだ……!!」」」

「彼奴の欠点なんて、貧乏くらいだけどさ、それすらイケメンに変えちゃうのよ」


欠点である貧乏をイケメンに変える?
前原の言葉に首を傾げる。


「私服は激安店のを安く見せずに清潔に着こなすしよ……」

「「「「イケメンだ……!」」」」


ほう、お洒落のセンスがあるのか。


「この前、祭りで釣った金魚食わせてくれたんだけど、彼奴の金魚料理めっちゃ美味いし……!」

「「「「イケメンだ……!」」」」


料理も上手……って、ちょっと待て。
あの大量の金魚、食料になったのか!?


「あと、彼奴がトイレ使った後よ、紙が三角に畳んであった」

「「イケメンだ……!」」

「あ、紙なら俺も畳んでるぜ……三角に!」

「「汚らわしい!!」」


人の気持ちを考えられる、ということか。
……って、なんで岡島の時はその反応なんだよ、良い心構えじゃないか。


「見ろよ、天性のマダムキラーっぷり」

「「「イケメンだ……!!」」」

「あぁ、僕もよく近所のおばちゃんにおもちゃにされる……」

「「シャンとせい!!」」


可愛がられるってことか?
磯貝にしろ、渚にしろ、人に好かれるのはいいことじゃないのか?


「未だに本校舎の生徒からラブレター貰ってるしよ」

「「「イケメンだ……!」」」

「あぁ、私もまだ貰うな……」

「「「イケない恋だ……」」」


そうなのか?
別に同性同士の恋もいいと思うんだけど。


「イケメンにしか似合わないことがあるんですよ……磯貝君や先生にしか」

「「「「「イケメ……なんだ貴様!?」」」」」


突如会話に入ってきた声。
後ろから聞こえたその声の主は、恐らく人間に変装しているのであろうターゲットだった。

……あれ隠せてるの?





2022/01/12


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