閑話休題。


 ※黄昏クインテット最終話を見終った方のみお読みください。
  話の筋が分かりづらいと思いますので……。


 鹿威しの音が聞こえてもおかしくないような畳の部屋。外からは川のせせらぎと涼しい風。
 一行は部屋着という名の浴衣に着替え、普段であれば絶対に来るはずのない豪華な宿に来ていた。
 先のカミサマ戦で負った傷の湯治……という名目で、一番良い宿、一番良い部屋、一番良い食事まで頼んでいた。勿論支払いは三仏神のゴールドカード。

「――結局、誰も死にませんでしたねえ」
「あんなことで死んだら、それこそ恥晒しだろうが」
「そーそー」

 お茶をすすりながらのほほんと笑う八戒に、三蔵と悟浄が答えた。
 三蔵は一番涼しい縁側のテーブルで一人煙草をくわえながら新聞を読んでいた。テーブルには既に三本のビールの空き缶が並んでいた。それでも八戒が一度片付けた後なのだから恐ろしい。
 悟空と悟浄といえば、部屋の真ん中に置かれた低いテーブルに乗っているオセロ盤から目を離さないでいた。今は黒の方が圧倒的に優勢で、悟空はどうすれば白が増えるか頭を抱え必死になって考えていた。

「うぐぐぐぐぐ……」
「ほーらお猿ちゃん、もう手が出ないだろ。さっさと観念しろ」
「――悟空、そこの端取ったらあなたの勝ちよ」
「まじでッ!」

 二人の熾烈な戦いを見ていた延朱がオセロ盤の一カ所を指した。悟空は言われた通りに白の駒を置くと、あっというまに黒が劣勢になった。
 それをみて今度は悟浄が頭を抱えて声をあげる。

「おいおいおい、延朱ちゃん今のはナシでしょナシ!」
「……さっきイカサマしたの見てたわよ」

 悟空が一瞬目を離した隙に駒の色を変えていたのを延朱は見ていたのだ。延朱がそれを悟浄にだけ聞こえるようにぼそりと呟けば、イカサマをした本人の顔色が途端に変わっていった。

「――参ったよ、参った!」
「やりィ!悟浄に初めて勝ったッ」

 悟空に負けたことが屈辱的だったのか、悟浄は拳を握りしめながら頬をひくつかせている。対する悟空は、嬉しそうに畳の上で跳ねている。まさか悟浄にイカサマをされていたなんて気付くはずもない。

「良かったですねえ、悟空」
「勝った、勝った!」
「まさかこんなところに伏兵がいたとは……」
「貴方がイカサマなんかしたからでしょ。あんなセコいやり方は男として情けないわよ」
「返す言葉もありませんねえ、悟浄」
「うるへー」
「お食事お持ち致しましたー」

 女中が横に引く扉を開けて部屋の前でお辞儀をしてから、中に運ばれてきたのは色とりどりの料理。

「すっげー!」

 次々とテーブルに並べられる料理をみて悟空の目はキラキラと輝いた。

「三蔵、夕飯ですよ」
「――あぁ」

 八戒が呼ぶと、三蔵は新聞を畳んでテーブルの前に座った。
 女中があらかた運び終わったのを見て、一行の夕餉が始まった。
 個室での食事ということで、人目がないのでいつも以上に悟空のスピードが早い。あちらの皿こちらの皿と、めまぐるしい速さで食べ物を口に運んでいた。

「これうんめー!」
「おかわりあるわよ、悟空」
「やりィッ!」

 延朱から渡された大皿の中身を流し込むのを見て悟浄がケラケラ笑う。

「食べ盛りねェ小猿ちゃんってば」
「誰が猿だ!お前だって、ずーーっとビールばっか飲んでるじゃねーか!」
「俺はいーのよ、俺は」
「お皿に水が足りてないのよね。悟浄は」
「そうそう、頭の皿に水分がないからビールで補って――って、延朱ちゃーん」
「ノリツッコミするあたり少し酔ってるみたいね……」

 どうやらこちらも普段よりも飲むペースが早くなっているらしい。悟浄の傍らには大量のビールの空き缶が転がっていた。そして今手にしているのは焼酎のお湯割り。色々な酒を多量に飲んでいるせいか、酒の周りも早く、少し顔も赤くなっていた。

「もっと酔いたいからお酌してェ延朱ちゃ、」

 調子に乗った悟浄がずいっと延朱に近付こうとした刹那。
 悟浄と、なぜか悟空の表情までもが一変した。それはこの世のものではない何かを見た表情。延朱は首を傾げて二人の視線の先を見るが、隣の人物は人畜無害な笑顔でこちらを見返しているだけだった。

「おかしいわよ二人とも」
「お、おかしいのは延朱だ」
「今回ばかりは悟空に同意するぜ」
「……お前にはあのオーラが見えんのか」

 三蔵ですら冷や汗をかいている。それにすら延朱は不思議そうに首を傾げるばかり。そんな延朱の背後から笑顔が向けられた。

「オーラって、なんのことでしょうか。ねぇ、三蔵」

 八戒の言葉に副音声があったことに気付いたのは勿論三蔵だけ。
 これ以上関わるべきでないと悟った三蔵はふっと目をそらした。

「なんでもねぇ」
「おや、言いたいことがあるならハッキリと、」
「なんでもねぇっつったろうが!」
「八戒……」
「恐るべし……」

 三蔵をも黙らせる八戒に、悟空と悟浄は抱き合って震え上がるのだった。

――しばらくして。

「はー、食った食った!もう食えねー」
「やっぱり個室は良いですねえ」
「飯と酒が勝手に出てくるのはすげーわ」
「三蔵また来よう!」
「――気が向いたらな」
「わーい」
「あ、そういえば露天風呂もう少しで掃除の時間になっちゃう」
「……食事の前にも行ってませんでしたっけ?」
「大きいお風呂って今まであんまりなかったじゃない。だからいっぱい入っておきたいのよ。『入り溜め』って奴よ!」

 ぐ、と拳を握ってなにやら決意を固めている延朱を三蔵は鼻であしらった。

「聞いたことすらねェぞ」
「う、うるさい。じゃあ行ってくるから、喧嘩しないようにね」
「お猿が喧嘩売らなかったらな」
「また猿つったな!?」
「猿に猿つって何が悪いんだよ猿」
「〜〜、ビールばっか飲んでたらいつか横っ腹がプルプルするんだからな、このプルプル腹河童!」
「あ?お前のがぜってー太るだろ。メタボ猿が!」
「やるか!?」
「やらいでか!」
「うるせェんだよてめーらは!」

 相変わらず隙のないハリセン裁きで二人を張り倒す三蔵。

「……行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」

 三人のやり取りをみて延朱は小さく溜め息をつくと、部屋を出る。後ろからは八戒の見送る声と共に三蔵の怒声と悟空と悟浄の悲鳴が聞こえたのだった。



・・・



「……長風呂しちゃったわ」

 湯船に浸かりすぎたせいか、若干気だるくなった身体を引きずるように歩きながら、延朱は部屋に向かっていた。

『長風呂ってもんじゃないよ。あれから二時間経ってるじゃないか。もう皆寝ちゃったんじゃない?』

 そんな声が内側から聞こえた。呆れ果てたような溜め息をついた銀朱に、延朱は苦笑するしかない。

「そうかもね。まあ、もう寝るだけだから、静かに戻れば迷惑かけない……はず!」
『――一日に十一回もお風呂に入ってるのは迷惑に入ると思うけ、』
「冷たいジュース飲もうっと!」

 銀朱の言葉をわざと遮って、延朱は自動販売機の前に立った。しばらく眺めていたが、買うものが決まってボタンを押す。
 その品物を見て銀朱は踏み潰された蛙のような声を出した。

『またそれ!?』
「何よ。良いじゃない」

 延朱が自動販売機の口から出したのは缶コーヒーだった。


『何度も言うけど、僕と君の五感は共通だよ?てことは味覚も一緒なんだけど、この意味わかってる?』
「わかってるわよ、それくらい」
『じゃあそれ飲むのやめてよ。僕甘い物は嫌いじゃあないけど、それは甘いを軽々通り越して頭痛くなるんだって何回言ったらわかるのさ!』
「私はならないもの」
『せめて僕が寝てからにしてよ!?』

 銀朱の抗議を完全に無視して延朱はプルタブに指をかけてふたを開けた。それだけで甘い香りが鼻先をかすめる。
 それを嗅いだだけで銀朱は呻き声をあげた。

『〜〜この砂糖お化け!』

 不可解な逃げ口上を吐くと、銀朱の気配がなくなった。多分共有していた五感をも切断して部屋に籠もってしまったのだろう。
 それほど延朱の持つコーヒーの力は凄まじかった。消費者の意思を完全に無視した砂糖二倍のコーヒー。要はコーヒーの倍量の砂糖が含まれているおぞましい飲み物なのだ。プラスメイプルシロップと生クリームまでもが入っていて、カロリーは計り知れたものではない。
 こんなものを好き好んで飲む人間がいるはずがないし、銀朱のようなリアクションを取るのが普通だが、延朱は違っていた。なぜかこれをお気に召したらしく、よくそれを口にしていた。
 先に言っておくが、別段味音痴というわけではない。

「砂糖お化けってなによ……」

 銀朱の言い逃げした言葉に首を傾げながら延朱はパタパタとスリッパの音を鳴らして歩いていると、宿の縁側にあるベンチに座っている人影を見つけた。
 シルエットが月に照らされ、その人物がすぐに誰なのかわかった延朱は後ろから声をかけた。


「悟空」
「三蔵」
「八戒」
「悟浄」




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