27時までの魔法

渋谷のシンデレラマン
2本の腕
箱根の王子様
迷子の僕
Present for 黒やぎsan



喧嘩をした。
付き合い始めて、初めての喧嘩だ。
シンデレラが拗ねることや俺が拗ねることがあっても、ここまでではなかった。
ことの発端は昨晩、明日一緒に出掛けようという誘いを断ったことに起因する。
目の前にシンデレラお手製の夕飯と俺が買ってきたパンが並び、メインのチキンはここ数日シンデレラがハマって作っている料理だった。

「なんで?」

シチューを食べる手を止め、シンデレラは俺を問い詰めた。
ジロリと俺を見る目は不満を訴えている。
俺はパンにシチューを付けて口へ運ぶ。
メインのチキンはほぼほぼなくなっていて、パンにチキンのソースを付けても美味しい。
美味しい夕飯に夢中になり、シンデレラを見ることなく答えた。

「いや、なんでって」
「明日で写真展終わりでしょ?」
「でもその後に打ち上げがあって」
「欠席できないの?」
「できないよ。スタジオの主催なんだから」

そう言うと一層怒った顔をし、ギラリと睨みつけたのだ。

「ごめんって。本当は一緒に出掛けたいよ。でも、無理なんだよ。明日じゃなきゃだめ?」
「だめ!」
「じゃあ、なるだけ早く飲み会切り上げてくるようにするから」
「そう言って、スタジオ主催の飲み会はいっつも遅い」

ギクリと顔が引きつる。
スタジオ主催の飲み会ってのは、打ち上げなんて言っているけれど接待って部分も大きい。
俺はまだ駆け出しと言っても過言ではなく、企業やプロデューサーからお払い箱にされたら仕事はすぐ干上がる。
だからスタジオで立食パーティーをしてみたり、打ち上げだって主催したりするのも重要なのだ。
おまけに責任者というよりは、俺を売り込まなきゃいけないから早く帰るなんてことはできない。
それでも明日は他の子達に任せてでも早く帰ろうと思ったのに。
シンデレラはものすごく不機嫌で、嫌だという顔を隠しもしない。
俺の仕事がなくなればシンデレラだって困るのに。
なんだか俺まで腹が立ってきて、顔が引きつる。

「じゃあ明日の埋め合わせは今度するから、明日はなし」
「ちょっと待ってよ!」
「だめ。無理なものは無理。その話はおしまい」
「そんな」
「ごちそうさま」

そう言って夕飯の席を立った。
1人テーブルに残ったシンデレラは俯いて、シチューの入った皿を見つめていた。

「雅人のバカ!!!」

そして盛大に悪態をついた。

***

写真展は大盛況に終わり、小さいものも大きいものも全て売れた。
ほとんどはアトリエを兼ねた飲食店や企業に引き取られて行く。
最初が閑散として終わった思い出なだけに感慨深く、全てに買い手がつくありがたさが身に沁みる。

「雅人さん、お料理が足りなくなるかも」
「そうだね。少し頼もうか。まだデリバリーできるかな?」
「聞いてみますね!」

スタッフは会場となるスタジオを見回ることが精一杯だ。
適当な料理や酒を出すわけにもいかない。
なんせ、みんな舌が肥えてるのだ。
料理はよく使わせてもらっているレストランへ、バーテンダーは昔馴染みのバーから出張。
でも毎回レストランを貸し切るよりはこちらの方がやりやすいし、コストも抑えられる。

「今回もいい写真ばかりだったね」
「ありがとうございます」

はじめの頃から目にかけてくれている初老の男性。
大手編集社のお偉いさんだ。
ファッション誌をメインにしているだけあって、いつもお洒落な服を着ている。

「あのキリンはいいね。オフィスに欲しいと思っていたのに、僕が来た時には売却予約になっていた」
「はじめに売れたんですよ」
「なんと。今度から開催前には来ないと欲しいものは全てなくなってしまうな」

初老の男性はあの写真が、あの風景は、コントラストはとひたすらに講評をはじめた。
特に蛇と林檎を撮った写真については酷評されてしまった。
綺麗にまとめ過ぎていて寂しく、アイディアに乏しいと。
汚れたカップの写真は暖かいもので、普通なら寂しく感じるがそんなことはないと好評をいただいた。
そのカップはシンデレラが俺を待つために飲んでいたものを撮ったのだったと気付いて顔がにやけた。
汚れたカップなのに、暖かいか。
少しだけ写ったシンデレラの腕が良かったのかな。

「ところで、君は人は未だに撮らないのかな」

一通り講評し終えた初老の男性が思い出したように口にした。

「いえ、撮りますよ」
「ほう。昔はうちのモデルたちを撮るのさえも嫌そうだったのに」
「何ででしょうね。撮りたくなったんです」

そう言うと少し驚いたような顔をされた。
俺はそんなに嫌そうな顔をしていたんだろうか。
確かに嫌過ぎてどう撮れば美しく見えるか、なんてことも考えていなかったように思う。
今となってはプロ根性に掛ける行動だったと思っている。

「なるほど、なるほど。是非見てみたいものだよ」
「見せるつもりはないんです。すみません」
「見せるつもりはない?」
「風景や生き物は飛び出すように撮りたいと思ってます。でも人は閉じ込めておきたいものなんですね」

初老の男性は目を丸くし、そして豪快に笑った。

「実に生意気に育ったものだ!」

ここまで豪快に笑われるとこちらは少し恥ずかしくなる。
まだまだなのだと言われている気がして。
そして初老の男性は笑いながらどこかへ消えた。
周りを見渡せば作品を買った企業のお偉いさんや編集社のお偉いさんがいて小さなアトリエのマネージャーさんがいて。
いつもとは違う雰囲気に少しだけ興奮する。
ふと、シンデレラも連れてくれば良かったと思った。
たくさんの料理、お酒、写真。
こんな空間は普通じゃ少し味わえない。
なるだけ働かないでとかずっと家にいてとか。
どこかへ行ってしまわないように俺はシンデレラを拘束しているのかも。
閉じ込めていたらシンデレラじゃなくてラプンツェルだ。

「少しぐらいなら、見せてあげてもよかったのかな」

もう見えない初老の男性に向かって呟く。
確かに俺は生意気だったかもしれない。

***

早く帰ろうとそわそわしていたのに、結局23時。

「またいらしてください」

そう声をかけて最後の客を見送る。
スタジオの扉を閉め、お洒落に飾った看板もしまう。

「悪いんだけど、片付け任せてもいいかな」
「いいですよ。まかせてください!」
「誕生日まで働きたくないですもんねー」
「といってももうすぐ終わりですけどね」
「誕生日?」

きょとんとした顔をしたのは俺だけではなく、スタッフ全員がきょとんとした顔でこちらを見ていた。

「やだ、雅人さん誕生日忘れてたんですか?」
「完全に忘れてた」
「自分の誕生日忘れるなんて。本当、雅人さん働きすぎなんですよ!」
「ずっとそわそわしてたし、予定があるんだと思ってました」
「そんなにそわそわしてた・・・?」
「「「ずっとしてました」」」

スタッフ全員にジト目で見られた。
俺は苦笑いをしてみんなに謝る。

「あとはよろしくね」

早く帰れと叫ぶスタッフに手を振り、急いで我が家を目指す。
ボーナスは出してあげられないけれど、特別手当ぐらいなら出してあげられるかも。
いつもスタジオは任せっぱなしだし、たまには感謝も表しておかないとね。
スタジオから我が家まではそんなに遠くはなくて、自転車で15分程度だ。
渋谷の街は相変わらず人が多くて、スタジオ周辺の静かさはもうない。
横断歩道の信号が切り替わるのが待ち遠しくてたまらない。
急いで自転車を停め、マンションの自動ドアすらこじ開けるようにして中へ入る。
エレベーターで7階のボタンを連打。
緩慢に動くエレベーターに少しイライラする。
急いで鍵を開け、ドアを開くと真っ暗だった。

「翔?」

静まり返った部屋に心臓が跳ねる。
出て行ってしまっていたらと、冷や汗が止まらない。
電気をつけ部屋に入る。
テーブルの上にはシンデレラが最近ハマって作っていたチキン。
今日のために練習していたのだと思った。
パンは自分で買いに行ったのだろう。
俺が前に好きだとこぼしたパン屋のもの。
包み紙がそうだ。
冷蔵庫には冷製のポタージュと、平仮名で『まさとくんおたんじょうびおめでとう』と描かれたケーキ。
ホールのケーキなんか買って、絶対に食べ切らないのに。
お祝いごとには欠かせないシャンパンまできちんと冷えていた。
それなのに、シンデレラの姿はどこにもない。
寝室ぐらいしか隠れるところもない家。
寝室へ向かい、ドアの前でシンデレラがいるようにと祈ってドアを開ける。

「翔、いる?」

ゆっくりと部屋に入り、ベッドの上に膨らみを見付けて安堵する。
布団から出てこないところを見ると、怒っているのだと思う。
そらそうか。
あんなに準備してくれたのに、結局早めに帰ってはこなかったのだから。

「ごめんね」
「・・・許してあげない」
「忘れてたんだ。自分の誕生日なんて」
「嫌だ。許さない」

布団の上からシンデレラを抱きしめる。
健気に準備してくれたのに、俺はなんて最低だったのだろう。
こういう日は何か言われても察するべきなのに。
それすらもままならないなんて。
野暮な王子様もいたものだと思う。

「ん」

布団から出てきた手。
そこに握られていたのは小さな箱で、少し形が崩れていた。

「くれるの?」
「うん」
「ありがとう」

箱を開けばカメラのレンズが出てきた。
すごく高価で、俺が買うのを悩んでいたレンズ。

「すごく、嬉しい。でも高かったんじゃ」
「そんなことない。僕だって働いてるんだから。ってか、そういうの気にしないで」
「ご、ごめん」

働いてるシンデレラを想像して、少しだけ悲しくなった。
いつか養えたらって思うのだけれど。
やっぱり俺はまだまだだと思った。

「好きな人の誕生日なんだから、自分で稼いだお金で何かしたいって思うものなの」

いつの間にか布団から出てきたシンデレラに、見透かされたように言われた。

「ごめんね」
「もういいよ」
「なんだか、俺はいつまでも頼りないね」
「そんなことないでしょ。僕の方がいつまでも子供なんだもん。仕事より誕生日を優先してとか、ね」

眉尻を下げて笑うシンデレラに触れるだけのキスをして離れる。
今度はシンデレラから触れるだけのキスをされる。
それが徐々に深くなって、ゆっくりとシンデレラをベッドへ押し付けた。
シンデレラの舌を吸い、ゆっくりと服の中へ手を入れる。

「待って!」
「ん、なんで」

ぐぐっと身体を押し返され、身体が仰け反る。
いい雰囲気だったのに。

「誕生日が後15分しかないの」
「それで?」
「ディナーから仕切り直し!」
「えっ、今から?」

シンデレラは眉を吊り上げ、俺を睨む。

「文句があるの?」

有無を言わせないつもりだ。
でも今日は誕生日だ。

「ねぇ、俺の誕生日だよ?」
「わかってるよ?」
「王子様はディナーより、シンデレラを所望してるの」

口の端に、頬に、鼻に、目に・・・ゆっくりとキスをする。

「なら仕方ない、と思うことにする」
「よろしい」

27時の鐘がなるまでは俺の誕生日ってことで。
我儘な王子様もいたものだ。




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