時の胎動、無常に



地を揺らすほどの爆音に驚き、目を開けた。

地面が異常に遠い。腕や足の自由が利かない上、誰かに捕らえられている。カリンは混乱し、体を激しく動かした。

「っ……!?」
「カリンちゃん……!?」

肩にかけられているため、顔は見えないが、怯んだのは分かった。次いで聞こえてきたイルの声。それによって、落ち着きを取り戻した。

イルが戦っているということは、この人物が『対象』なのだろう。背丈からして少年か少女だろうが、力の強さは成人男性並みだ。しかし、度々顔を掠めていく髪は綺麗で、心地好い感触だった。とても男性のものとは思えない。

小さな呻き声が聞こえてきた、次の瞬間。体が宙に舞った。放り投げられたのだと分かったのは、何かにぶつかった衝撃を感じてからのことだった。

「ナイスキャーッチ、だね」
「い、イル!?」
「大丈夫? 怪我は……なさそうだね。良かっ……っ!」

イルが顔を歪めたのを見て、急いで上からどいた。腕には無数の切り傷がある。それらは痛みに繋がっていないようだが、一つだけ、他とは明らかに違うものがあった。青痣ができ、その部分だけ少しへこんでいる。あのイルが笑顔を消し、肩から息をしているのだ、相当痛いに違いない。

「イルっ、その痣……!」
「ああ、折れたかもね。でも平気だよ……こんなの、全然……」
「大丈夫じゃないよっ!! 待ってね、今応急処置を……」

ショルダーバッグの中から包帯を取り出し、丁寧に巻いていく。できるだけ痛みを感じさせないよう、しっかりと腕を支える。ナイフで包帯を切ると、満足そうに笑った。その手際の良さに、イルは目を丸くする。

「やけに手馴れてるね?」
「そ、かな? でも……うん。確かにやりやすかったかなぁ……体が覚えてたのかもねっ」
「この状況で笑えるって、さすがカリンちゃんってカンジ。そういうとこ、見習いたいね」

イルは立ち上がり、カリンを庇うように、一歩前へ出た。対象を睨み付けながら、口元には笑みを忘れず相手を挑発する。

鴉の一鳴き。その後、イルと対象、同時に駆け出した。刃物と刃物がぶつかり合い、地を滑る靴の音と共に静かな森を埋めていく。

「イル!!」

カリンの声を激励と捉え、イルは足の速度を上げた。ナイフを回転させ、不敵に笑ってみせる。相手の振り下ろしたナイフをギリギリの線でかわし、勢いを保ったまま縦に斬りつけた。

対象は上手くかわしきれず、後ろへ倒れる。イルは馬乗りの形になり、首筋に刃を突き付けた。

「相変わらず、腹の立つツラだよね……」

地に叩き付けられた拍子に紐が解ける。口元を覆っていた布が切れ、顔が露になった。細く長い髪と、その顔立ちを見て、カリンは目を見張った。

(お、女の子……!?)

筋力と持久力から男だとばかり思っていたが、その顔立ちは少女のものだった。それも、カリンとそう変わらないように見える。だが、その表情はやけに大人びていて、全てを悟ったかのような瞳にはぞくりとさせられる。

「ねえ、何で能力を使わないの? 手加減のつもり? 本当、笑えない犬だね君は」
「…………」
「ああ、口が利けないんだっけ? 可哀想にね……早く帰って飼い主様に『喋っていいよ』って言ってもらわないとねー」

指先でナイフを回し、にやりと笑う。だが、瞳に光はなく、『危ない』雰囲気が漂っている。そして、舌舐りをし、少女の首筋を指でなぞった。

「――ま、帰れたらだけど」

ナイフを振り上げ、笑みを消す。冗談ではない、本気のイルがそこにいた。

「イル、駄目ぇぇぇぇ!!」

カリンの叫びに一瞬肩が揺れた。だが、その腕は止まらない。そのまま一気にナイフを振り下ろした。







第六章 1 2 3 4

序章  墓場に舞う三影
第一章 彼の地へ抱く闇と光の協奏曲
第二章 見えない鎖
第三章 風に消える緑のように
第四章 時の胎動、刹那に
第五章 時の胎動、虚空に
第六章 時の胎動、暁闇に
第八章 時の胎動、永久に











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