時の胎動、永久に



しんと静まり返った森の中。カリンは、生唾を呑み込んだ。辺りが静かなため、その音が鮮明に聞こえる。

ナイフは、少女の喉を裂く、寸でのところで止められていた。イルの肩が小刻みに震え出す。

「ふ、はははは、はははははははは!!!」

額を押さえて狂ったように笑い始める。カリンは呆然と彼を見ていた。あのラウトでさえ、驚きを隠せていない。平然としているのは馬乗りにされている少女だけだった。

「い、イル……?」
「は、はは……あー、面白いねカリンちゃん。ついつい笑っちゃったよ」

どこに笑いのツボを刺激する要素があったのか知らないが、どうやら彼が狂った原因は自分にあったらしい。相変わらず失礼な人だと頬を膨らませると、イルはまた声を上げて笑い始めた。いや、声を詰まらせて、だ。

「ふ、は……っ! も、カリン、ちゃ……さい、こ……!」
「い、いつまで笑ってるの! イル、いい加減にその子の上からどいてあげてよっ!!」
「あー、うん。そうだね、そろそろ帰らないと院長、怒るだろうから」

少女の手首を縄で縛り、強引に立たせる。足を取られて前のめりになり転倒しそうになる少女を、縄を強く引っ張って何とか立たせた。また『女の子にそんな乱暴なことして!』とカリンに怒鳴られそうだ。その予想通り、後ろから鋭い視線を感じた。彼女の普段が普段なだけに、怒声が飛んでこないのが逆に痛い。

「カリンちゃん……そう見られてると、すっごーくやりづらいんだけど」
「……クラウドはどこ?」
「それは……ねぇ?」
「…………何故そこで俺を見るんですか」

ラウトは口元を引きつらせ、そっぽを向いた。今、彼女の敵意の先は自分だ、間違いなく汚名を着せられている。彼女の弟を置いてきたのはイル、目の前の少女を打ちのめしたのもイル、全てイルが悪いというのに、この仕打ちは一体何だ。複雑な心境の中、面倒臭そうに口を開いた。

「不愉快ですね」
「え?」
「貴女の弟が勝手に離れたというのに、その態度……それに俺は、貴女達姉弟に感謝される覚えはあっても怒りを向けられる覚えはない。……お分かりいただけましたか」

カリンとクラウド、両者とも、アビリタに来てからラウトの世話になりっぱなしなのだ。この態度は筋違いだろう……そう思うのも無理はない。カリンは申し訳なさそうに眉根を下げるも、やはり納得できないのか、ラウトとイル、両者に疑いの眼差しを向けた。

「そんな目をされても知らないものは知らないんだよね」
「でもクラウドと一緒だったのはイルだよね!? クラウドはどこ、どこにいるの!!」
「まあまあ落ち着いてよ、カリンちゃん。……君は知ってるんだろ、彼が何故消えたのか」

イルは少女を押し、蔑む のように見下ろした。

カリンは、凍りつく思いだった。彼が消えたという表現を使った時、少女の肩が動きを見せたからだ。それは、明らかな動揺。予想外なことが起きているに違いない。それは同時に、弟に危機が迫っていることも告げていた。

「ねえ、クラウドはどこ!? 消えたってどういうことなの!?」
「そのままの意味。さっきまで後ろにいたのに、振り向いたらいなくなってた」

道中、特に会話らしい会話はなかったが、クラウドがついてきていることは確かだったという。……口の中で飴を転がす音がしていたからだ。それが急にぱたりとやみ、不審に思ったイルが振り返ると……。

後のことは皆が察する通りである。イルは肩を竦め、どこから取り出したのか白旗を振り始めた。降参、という意味だろう。

「ど、どうしようクラウドが……!」
「落ち着いてください。取り乱したところで状況が悪化するだけ、冷静に事を整理する必要があります」

憎まれ口を叩いていても、やはり彼は優しいのだ。年上だからだろうか、彼に言われると自然と背筋が伸び、安心感も生まれる。カリンは顔を綻ばせ、大きく頷いた。

「あ、そうだ! ラウトが能力を使って捜してくれれば一発じゃない?」
「嫌です。何故俺が、そんな無駄なことをしなければならないんですか」

……即答。そして、いっそ清々しいほどの拒否。

前言撤回、まるで優しくない。カリンは頬を膨らませた。







第七章 1 next...

序章  墓場に舞う三影
第一章 彼の地へ抱く闇と光の協奏曲
第二章 見えない鎖
第三章 風に消える緑のように
第四章 時の胎動、刹那に
第五章 時の胎動、虚空に
第六章 時の胎動、暁闇に
第七章 時の胎動、無常に







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