洒落にならない喜劇
風丸一郎太16歳、同級生の久遠冬花と付き合い始めて、早二年になる。
通う高校こそ違えど、会える日はなるべく会うようにしているし、お互いの家を行き来するようになって日も深い。
今日は、風丸の家に冬花が遊びに来ていた。本日は土曜日、両親は明日の朝まで帰ってこない。こんな最高の条件、願ってもみなかった。
ほんの二年前の自分は、円堂と冬花が二人で出かけているのを盗み見しただけで赤面するレベルの少年だった。
初めて手を繋いだときは緊張のあまり何も話せなかったし、冬花を下の名前で呼ぶことに決めたときは口内炎が出来るほど練習したし、初めてキスをしたときはその直後に気絶して冬花を仰天させたりと、風丸の初心ぶりを証明する事例は枚挙に暇がない。
そんな風丸も、高校生になって、また一つ階段を上りたくなったのだった。
自分のベッドに浅く腰掛け、ふうっと息をつく。目の前で楽しそうにサッカー雑誌を読んでいる冬花を見つめ、軽く咳払いをする。
嫌がれば、無理矢理は絶対にしない。それだけは心に決めていた。
ただ、切り出すのが怖いのである。緊張で頭がおかしくなりそうだった。
「……ふ、冬花」
「うん?」
雑誌から顔を上げて、風丸を見つめころんと首を傾げる冬花。この仕草を見るのは勿論初めてではないが、それでもやっぱり撃ち抜かれた。
ああもう、オレの彼女って天使だったの……!?
「あ、あのさ、今すぐにとは勿論言わないけど、その、ちょっとだけ、考えておいてほしいことが、……」
「??」
「オレ、その……ふ、冬花のこと、抱きたいんだ……!!」
風丸は震える声で言い切った。言うのは自分、相手は冬花。ならば、変に格好つけても何ら意味はないだろうと、シンプルな言葉を選んだ。
「……? ……えっ、え、……」
冬花はというと、きょとんとした表情だったのが、徐々に赤くなっていく。
それに伴って風丸もどんどん恥ずかしくなってくるが、大前提を告げるのを忘れていたのに気づき、慌ててフォローした。
「も、勿論無理にとは言わない! 冬花が嫌だったら絶対しないっ、約束するっ! だから、あ、安心してくれ」
「一郎太くん……」
冬花は胸の前で両手を組み、目線を泳がせた。だいぶ混乱しているようだ。
やっぱり、早まりすぎたのかもしれない。ならば一刻も早く訂正せねば、と口を開こうとしたとき、冬花が消えそうな声で、けれどはっきり口にした。
「……わ、私……いいよ。恥ずかしいけど、私も一郎太くんに、その……同じこと、今日言おうと思ってたから……」
赤らんだ頬、潤んだ瞳、上目遣い、躊躇いがちに胸元のリボンに触れている彼女の細い指先。その全てが目の前の扇情的な光景を作り上げ、風丸のキャパシティは容量オーバーで爆発した。
男がリードしなければならない肝心な場面でしどろもどろになるのが、自分の最も悪い点だと風丸は痛いほど理解していた。それに関しては、これ以上ないぐらい反省し幾度となく改善を試みてきたのに、いざそういう場面に直面してみると、やはりどうしようもないのは変わらない。
あまりにも情けなくて、泣きたくなった。
だが、とにかく何か言わなければならない。そもそもこの件を言い出したのは自分の方だ。冬花だって同じぐらい恥ずかしいに決まっている。でも一体、どんな言葉がこの場に相応しいというのだろうか。
すると冬花が、ゆっくりと風丸に歩み寄り、あろうことかその隣に――つまりベッドの上に――遠慮がちに腰掛けてきた。
加速するパニック状態の中で、風丸は咄嗟に冬花を見た。そこにあったのは、確かに決意を固めた少女の瞳。冬花は風丸の言葉に真っ向から向き合う気なのだと、本能で理解できた。視線がかち合った瞬間、体に電撃が走ったように、風丸の体が動かなくなる。
「冬……花……?」
やっとのことで搾り出した何とも頼りない声。
冬花はそれが合図であるかのように、風丸に身を寄せ、その腕の中に自ら収まっていった。
「えいっ……!」
「……、なっ……!?」
ぎゅううう、とそのまま風丸の背中に強く腕を回す冬花。
髪の甘い香り、細い腕、柔らかな体つき。そのどれもが、一丸となって男子高校生の本能に襲い掛かる凶器と化す。
「待て冬花っ、まだ昼だぞ!?」
「か、関係ないっ! 私だってずっと、一郎太くんと、こうしたかったんだもん……!」
「……だ、だからってな……!」
まさか冬花がこれほど積極的だなんて、思ってもみなかった。二年付き合った今、初めて知った彼女の一面である。
完全に予想外だった展開に、滑稽なぐらい頭が追いつかない。それでも、腕の中に愛しい冬花がいるのだから、それを抱きしめるのは、もはや反射運動のようなものだった。
すると冬花は少し体の力を抜き、風丸に身を委ねる格好となった。勿論しっかりと支えてやる。
かつてないほどドタバタしていた二人の間に、ようやく穏やかな静寂が生まれた。
冬花はうっとりした声音で独り言のように呟く。
「私……私ね、こうやって一郎太くんに抱かれているときが、一番幸せ」
「……ああ、オレも冬花を抱いてるときが一番……って、あれ?」
甘ったるい台詞を言っている最中に、その中のごく小さな疑問に気づき、風丸は夢心地から覚めた。
「う、嬉しかったよ。私のこと抱きしめたいだなんて、ちゃんと言葉で言ってくれたの、初めてでしょう……?」
冬花の言葉により、今度こそ、その疑問が確信となった。
それと同時に、かつてないほど強い虚無感が全身に圧し掛かってきた。
抱く=抱きしめる。小学生でも解る、誰の目から見ても正しい等式だ。
妙な誤解を与えないために直球の表現を用いたつもりだったのだが、そうか抱くって隠語だったんですね。
「……ははは、……そう、だよな……」
笑うことしか出来ない風丸。一方の冬花は一人ロマンチズムに酔いしれまくっているので、当分風丸の異変に気づくことはないだろう。色んな意味で、良かったのかもしれない。
高校生になってなお健在な彼女の純粋さ、そして、彼の早とちりと本番の弱さ。まだまだ、先は長い。
読んでいただき、ありがとうございました!
オリオンの刻印ではずいぶんと頼もしい印象の風丸ですが、無印時代から見てた身としてはやはりヘタレ攻め説を推したい。笑
純情だけど意外と大胆なふゆっぺとお似合いですね!
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