main | ナノ


-----main-----



眠れない夜、君を想う

 激しい特訓を終えた直後に、倒れてから死んだように昼間まで眠っていたせいか、立向居は深夜の時間帯になっても依然として寝付けずにいた。ベッドの上で目を閉じるが、まったく眠気の訪れる気配はない。明日の練習に備えて早く眠っておきたいのだが、清々しいほどに眠くない。憧れの円堂に倣ってタイヤ練習をしてもいいのだが、かといってそれが明日の練習に響くのも困る。

(うーん……そういえば、楽しいことを考えると眠くなるって言うよなあ……)

 遠い昔に聞いた、何とも抽象的で胡散臭い雑学。それでも騙されたと思っていざ実行してみると、楽しいことを考えているうちに更に気分が高ぶって余計に眠れなくなってしまう、という結果までとっくに実証済みなのだが、こんな八方塞がりの状況ではいっそ迷信にかけてみるのも一つの手だろう。何よりこのままだと本当に眠れそうにないのだから、思いつくことは何でもやってみるべきではないか。完全にヤケになっていることには、あえて目を瞑っておく。

 楽しいこと、楽しいこと――と考えて思い浮かぶのは、やはり今の彼にとっては、マオウ・ザ・ハンドの完成以外には有り得なかった。綱海の必殺ロングシュートであるザ・タイフーンが、立向居の正面めがけて飛んでくる。幼い頃からサーフィンで鍛えられた脚力に自信のある綱海の足から繰り出されるシュートは、パワー・スピード共に超一流だ。しかし、その高速のシュートがみるみる近づいてくるにつれ、ひどく鈍く見えるようになるのだ。すぐさま、五感を研ぎ澄まし、寸分狂わずタイミングを見極めて、ボールを正面に受け止める。体中が沸騰するような大きなエネルギーに全身を包まれ、まるで自分の背後に魔王が立っているかのように肌を粟立たせながら、そのボールを自分の腕の中にしっかりと留め、ゴールを守りきる――マオウ・ザ・ハンドの完成。ゴールポストをまるまる覆うほどの土煙が舞い、辺りが一瞬の静寂に包まれる。その直後に、今度は打って変わって歓喜の渦に飲み込まれるだろう。
 特訓の成果が実ったことを祝って、綱海はきっと痛いほどに立向居の肩を叩いてくるはずだ。感涙にむせび泣く壁山が体格差を考えず圧し掛かってきて、栗松がその上に乗っかる。木暮はすぐ隣からその様子を眺めながら、特有のあの笑い方をしていることだろう。そうしているうちに春奈も此方へ駆けて来て、立向居の手を掴み、大きく上下に振りながら、自分のことのように喜んでくれる。グローブ越しからでも解る女の子の小さな手の感触に、堪らず頬が熱くなった立向居はそれどころではなくなり、しかし目の前にある春奈の眩しい笑顔に釘付けになって、心臓がひたすらドキドキして――

「って! いつの間にかマオウ・ザ・ハンド全然関係ないじゃないか!!」

 ベッドから上体を起こし、思わずノリツッコミをしてしまう立向居。しかしどんなに振り払おうとしても、一度想像してしまった光景はなかなか頭から離れてくれず、彼女のことでみるみるうちに頭がいっぱいになってしまっていた。

「な……何なんだ、これ……」

 便宜上そう言ってはみたものの、立向居はこの感情に付けるべき名前を本当は知っていた。どうして、こんなタイミングで気づいてしまったんだろう。今の自分には、恋愛にかまけている暇なんてない。けれど、彼女が可愛いのは真理なんだから仕方ないじゃないか!と反論する自分の存在も確かに感じていた。

「……どうしよう……」

 いつのまにか第一優先事項が、眠気を呼び起こすことではなく、春奈のことをなるべく考えないようにすることに切り替わっていることに、焦る少年は気づいていない。


拍手ありがとうございます♪
立春はどっちも1年生なのもあって、何をするにも非常に初々しい。とにかく甘酸っぱい二人が好きです。

←前の作品 | →次の作品


トップ : (忍者) | (稲妻) | (スレ) | (自転車) | (その他) | (夢)

いろは唄トップ
×
- ナノ -