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天使は翼を失った

「や……やめてくれっ、ヒナタっっ!!」

 地に伏せたまま動かない傷だらけの自分の体。それでもキバは、声を荒げずにいられなかった。
 体中の傷口が開こうが、それで完治までの日数が何倍になろうが、リハビリが重くなろうが、かまわない。
 ただ、今現在目の前で、あの慈愛と平和の象徴のような少女が、人の命を容易く奪おうとしている。
 それを既成事実にしないためなら、キバは自分の全てを投げ打つことも厭わなかった。
 声こそ出せないが、深く傷つき倒れているシノもまた同じ気持ちだった。

「そんなこと、そんなこと……お前がやっちゃ、ダメだ……っっ!!」

 悲しいほどに必死なチームメイトたちの心の叫び。ヒナタはそれを確かに聞いていた。
 地に這いつくばりながらも懸命にヒナタを見上げている二人の瞳を順番に見据え、それでもヒナタは、手の力を緩めなかった。

 ――ごきゅっ。

 頭の芯まで響くような嫌な音がして、男の首が有り得ない方向にねじまがる。
 道端にゴミを捨てるときよりも遥かに呆気なく、ヒナタは「人だったもの」を地に落とした。

 目の前の光景に、背筋を走る冷や汗が溢れていくのを実感するばかりの二人。
 それだけ、非現実的だった。認めたくなかった。あのヒナタが、自分たちがずっと想いを寄せるあの子が――。

 光を失ってただただ白いばかりの瞳は、不気味なほどに美しく、あらゆる物を吸い込むかのようにも見え、それでいてなお、この世の全てを拒絶するようにも見える。

「……お前、は……」

 そこに立っているのは、キバとシノのよく知る少女とは似ても似つかぬ別人だった。
 やけに大人びた表情も、纏うチャクラの質も、悲しそうに潜めた眉も、返り血を拭う手慣れた仕草も、何もかもが、二人のよく知るヒナタとは、まるで重なり合わない。

「驚かせたよね。怖いよね。……失望させた、よね。ごめんなさい」
「本当にヒナタ、なのか……?」
「ええ。私はヒナタ。……そして、木ノ葉暗部第三小隊のメンバー、雪兎という名も持っている」
「なっ……!?」

 下忍であるキバとシノも、名前ぐらいは聞いたことがある。泣く子も黙る火影直轄の秘密組織である暗部の中でも戦闘のスペシャリストで養成される第三小隊。雪兎というのはその紅一点の名だ。
 まさかその正体が自分たちのスリーマンセル仲間であるなんて、想像さえしたことがなかった。にわかには信じられない。

「あなたたちのこと、大好きだった。大切に思っていた。心から感謝していた。本当だよ」

 ヒナタは、ぽつりぽつりと、しかし一音一音曇りなく告げた。
 普段の吃り癖や消え入りそうな声量を欠片も彷彿とさせることなく、明瞭に言葉を紡ぐ彼女がそこにいた。

「何を、言っている……ヒナタ……?」
「シノ君、あなたには色々と助けられ、色々と教えてもらったね。特定の虫の特性やその生涯の送り方の違いをはじめ、種々の虫が生息できる木ノ葉の環境の特異性、貴重性……どれもこれも、為になる話だった。あなたと出会わなければ、絶対に知る機会のなかった話ばかりだったよ」

 そう言いながら、ヒナタはシノのそばに屈み、傷ついた脚に手をやった。ヒナタの手元がきらりと光ったかと思うと、みるみるうちに流れる血が止まった。
 呆気にとられる二人をよそに、今度はキバのもとへ向かうヒナタ。同様の手法で、いとも容易くキバの傷を癒した。

「キバ君、あなたはいつも弱い私を見守ってくれていた。懸命に励ましてくれた。それだけじゃない、あなた自身がひたむきに頑張っている姿から、私はいつも力をもらっていたよ。私の周りに、あなたほど向上心に満ちた人はいなかったもの」

 最低限の治療を済ませると、ヒナタはまた立ち上がって、二人に背を向けた。

「こうなってしまった以上、もう一緒にはいられない。とても名残惜しいけれど、さようなら」
「お、おい待てよっ、突然すぎて何が何だか……!」
「オレたちは仲間じゃないのか。ちゃんと説明してくれ」
「必要ないよ」

 無感情に言い放って、ヒナタはぱちんと指を鳴らした。それと同時に、興奮していた二人は一瞬で押し黙り、やがて寝息を立て始める。

「正体がばれてしまったときには、記憶を消す手筈になっているから。次にあなたたちが目覚めたときには、私の顔、名前、私と過ごした日々の一切を忘れている。……ありがとう、さようなら」

 もう何度目かわからない、特定の者に関わる記憶のみを消す禁術の使用。発動と同時に、3人の閉じた瞳から、同じ色の涙が零れた。



読んでくださり、ありがとうございました!
スレを嗜む者なら、一回ぐらいは書いておきたいバレネタ。
前段を省いてしまいましたが、3人が一緒にいるときに、雪兎を狙う他里の忍者の急襲を受けて、やむなくヒナタはキバとシノを守るために本当の力を使わざるをえなかった・・・という展開です。

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