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4.1 チャンス×の真相

オレたちがトイレを出て彼女のところに向かおうとすると、彼女は一人の男に話しかけられているようだった。こちら側からは彼女の顔と男の背中しか見えないが、彼女の焦燥しきった様子から、理由はどうあれ、由々しき事態に陥っていることがすぐ解った。ただのナンパという訳ではなさそうだ。いつも明るい彼女の、あんなに怯えた表情は初めて見る。

「何だ、あの男は……! おいナックル、止めるぞ」

隣のナックルを見れば、こっちもこっちで、相当お怒りのようだった。

「シュート、あそこにはオレ一人で行く。二人で行くと流石に目立つからな」
「だが、」
「万が一あいつと取っ組み合いになったとき、お前の腕のことがバレるとややこしいだろ。忘れんなよ、今日の一番の目的は『目立たない』ことだ」
「……、解った」

ぐうの音も出ない正論だった。ナックルは一度もこちらを振り返ることなく、彼女と男の方にずかずかと進んでいった。
無力なオレは少し離れた場所から成り行きを見守ることにした。もっとも、ナックルなら相手の男を黙らせることなど造作もないだろうし、そういう意味では安心していられるのだが。

「りーちゃん、お待たせ。……ってあれ? あそこにいるの、主任とあの子じゃない?」
「そうなのよう、しーちゃん! さっき二人が何か話してたんだけどね、今急にもう一人別のガタイの良い男の人が乱入してきたところなの」
「、!」

なんということだ、隣でひそひそと話す女性二人は、どうやら彼女やあの男と顔見知りらしい。そういえば彼女はあの招待券を職場でもらったと言っていた。であれば、ここに彼女と同じ職場の人物が鉢合わせる可能性は高いだろう。
そうこうしていると、ナックルがぐっと彼女を引き寄せ、二人の間に割って入る。何を話しているかは当然ここまでは聞こえてこない。だが、見る人が見れば、どういう状況かは容易に推測できるだろう。

「きゃーっ、もしかして、修羅場になってる? あの人、あの子の彼氏なんじゃない?」
「すごいすごい、こんなところで直接対決とか、大ニュースじゃん! こっそり写真撮って、後で広めようよ」

それまで黙って二人の会話を聞いていたが、一人が携帯のカメラを構えた瞬間、オレは二人の前に立ちはだかった。細い腕を掴んで携帯を取り上げる方が確実だが、そんなことをしては人を呼ばれかねないからだ。

「ひゃっ! え、何? てか誰……?」
「場内での撮影は厳禁だ。最初にそう案内されただろう」
「……何、この人……」
「解ったら携帯を下ろせ。さもなくば、君たちがあの場を面白がって撮影しようとしていることを、あそこにいる主任とやらに伝えよう」
「……! 解りました。写真は、撮りません」

二人はさっと顔を青くし、携帯を鞄に入れた。それがあの男に伝わったらどうなるかを想像し、すっかり戦意喪失したようだったので、それ以上余計なことは言わなかった。今日のオレたちの目的は『目立たない』ことだからな。

ようやく事態が収束したところで、オレは、彼女たちの元へ小走りに駆けていった。ずいぶん楽しそうにひそひそと話し合っている二人に、声を掛ける。

「待たせてすまなかった」

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