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4.ウィークエンダー

待ちに待った週末。突然だが私は、おそらく大多数の学生や社会人の例に漏れず、土曜日の朝寝坊をこよなく愛している。平日と同じ時間に鳴るアラームを止め、もう一度眠りに入るあの贅沢感がたまらなく好きなのだ。ナックルとシュートと同じ屋根の下で過ごすたった一度の土曜日であっても、そこだけは譲れなかった。むしろナックルとシュートにも、この日は思う存分寝坊してほしいと念を押したほどである。

結局その日、ベッドから起き上がったのは十時過ぎだった。あくびをしながらリビングへ行くと、二人とも既に起きていて、シュートはソファで読書にふけり、ナックルは食卓に着いてテレビを見ている最中のようだ。

「おはようー二人とも」
「おう。たっぷり寝て元気になったか?」
「おかげさまで」

やはりこの三日間、日々の仕事に加えてナックルとシュートのこともあり、少々オーバーワーク気味だったようだ。昨日寝たのはいつもと変わらない時間だったのに、一度も目を覚まさずにこの時間まで熟睡してしまっていた。あのアラームを止める快感を感じられなかったのは、少々残念だ。

「この時間だと、朝食はどうする? 昼食と一緒になりそうなら、冷蔵庫に入れておくが」
「……! 今日もちゃんと作ってくれたんだ、ありがとう、シュート。せっかくだから少し頂くね。自分で取るからいいよ」
「解った」

こくりと頷くと、シュートはまた手中の本に目を落とした。昨日の夜から彼が読み進めているのは、私の部屋にあるミステリー小説だ。驚きの言語習得能力の高さで、なんともう翻訳なしで読めるようになったらしい。

食卓に着き、シュートお手製の野菜スープを味わいながらゆっくり飲んでいると、隣のナックルが私に言った。

「今日は何か予定があるのか?」
「まだ決めてないけど、午後ちょっと買い物に行こうかなと思ってる」
「そうか。せっかくの休みだし、オレたちのことは気にせず、好きにしろよ」
「ありがとう」

その後ナックルと他愛のない会話をしていると、たまたまテレビに映っていた情報番組で、オカルト展のことが紹介されていた。モンスターやクリーチャーの実物大フィギュアに加え、SF作家の実体験に基づくレポートや、ツチノコや宇宙人などの未確認生物に関する貴重な資料が目白押しらしい。昨日室長にチラシをもらった手前、何となく気になってボリュームを上げてみる。すると、意外なところで反応が感知された。
気づけば、ソファの上のシュートがぱたんと本を閉じて、真剣な眼差しでテレビを見つめていたのだ。

「……、シュート? どうかした?」

不思議に思って、声をかけてみる。

「いや、何でもない」

そう言いながら、本に目線を戻すシュート。オカルト展の紹介が終わると、番組はすぐに次のテーマに移っていった。ナックルが空気を読んで、また元のボリュームに下げてくれた。

飲み終わったスープのお皿の底を見つめながら、先ほどのシュートの様子をもう一度思い出す。未確認生物に関する貴重な資料があるという展覧会に対する、あの真っ直ぐな眼差しが意味するのは、きっと。
意を決して、私は立ち上がる。何事かと、ナックルもシュートも驚いた形相で私を見上げていた。

「ナックル、シュート、明日オカルト展に行こう! いつも家事を頑張ってくれてる二人に、私からのお礼も兼ねて!」

私は二人の訝しげな視線に真っ向から立ち向かうように、高らかに宣言した。

「な、何を言っている?」
「とぼけないで。シュート、今思いっきりテレビを見てたでしょ」
「!」

一瞬のことだったし、まさかばれていたとは思っていなかったらしい。現にナックルは気づいていなかったようで、何の話だと言わんばかりに目をぱちくりしている。

「二人は来週の火曜日には元の世界に帰っちゃうんだから、チャンスは今しかない」
「それは、そうかもしれないが……」
「しかもね、職場の人に無料の招待券をもらったの。こんな偶然、めったにないって。神様が行きなさいって言ってくれてるんだよ、きっと」

私は通勤用のカバンから、A4のチラシと招待券を取り出した。招待券は一枚で一グループに有効となると書いてあるし、これを使わない手はないだろう。私はすっかり興奮してしまっていた。

「おいおい、オレたちが人目に触れちゃまずいって話はどうなったんだ?」
「もちろん忘れてない。細心の注意は払うし、あんまり長居はしないつもりだよ。でも、服装はこっちの世界の服を着ちゃえば関係ないし、顔と髪型さえ誤魔化せば大丈夫だと思う」

ナックルの当然の疑問も鮮やかに打ち返した。
そうだ、今日の買い物のついでに、伊達メガネや帽子などの変装道具を、適当に見繕って買ってくることとしよう。今の私はかつてないほど冴えている。

「……まあ、それならいいか。オレも、久しぶりに太陽の光を浴びたい気もするしな」
「確かに! この三日間、ずっと家の中に居たんだもんね。一日ぐらい外に出た方がいいよ」

ナックルの了解は得ることができた。だが、シュートは未だに明確に答えることを渋っているようだった。最後に一押ししておいた方がいいかもしれない。

「ねえ、シュートはどうしたい?」
「……っ」
「本当のことを教えて」
「…………興味は、あるといえば……ある」

私の勢いに観念したように、きまり悪そうに言うシュート。それは紛れもなく、彼のUMAハンターとしての本心だろう。私はうんうんと頷いた。

「良かった。じゃあ決まりね。明日は朝の十一時に出発して、オカルト展に行きます」
「おう!」
「了解だ」

なんだかんだで、ナックルもシュートも今となっては楽しそうな笑顔を浮かべている。
テレビではちょうど天気予報をやっていて、明日の東京は晴天で過ごしやすい気候だと、女性アナウンサーが朗らかに喋っていた。

***

翌朝、十一時前。玄関に立てかけている姿見鏡を見ながら、私は念入りに二人の服装をチェックしていた。
ナックルは、黒い半袖のポロシャツにルーズなシルエットのベージュのチノパン。眉毛がなるべく隠れるように、グレーのキャップを深めに被っている。シュートは、左肩を覆い隠すようなだぼっとした素材の黒い長袖パーカーを着て、細い銀縁の伊達メガネをかけ、本人の強い要望でマスクをしている。もちろん、最も目立つ紫の髪の毛を後ろでお団子結びにし、黒のハットの中にできる限り押しこんで隠す努力も怠っていない。

「ナックル、キャップがずれてるから、もう少し深くかぶって。シュートはメガネのフレームが編み込みに引っ掛からないように気をつけて」
「「こんな感じか?」」
「完璧!」

服装というよりは、変装の完成度といった方が正しいかもしれない。
コントのようなやり取りを終えて、いざ外に出る。天気予報で言っていたとおり快晴で、空気もからっとしている。

「くーっ、久しぶりの外はやっぱり気持ちいいな。空気がうめェ!」
「え、もしかしてうちの空気、まずい?」
「オレはそんなことはないと思うぞ。あいつは知らないが」
「何自分だけ株上げてんだシュート! オレのフォローもしろよコラ」

相変わらず息の合った二人の会話を気持ちよく聞きながら、足早に歩いていった。空気清浄機を買う必要はなさそうだ。
展示場までの道が解る私を先頭に、二人が後からついてくる形だ。位置関係と体格差だけでいえば、某ブルゾン女史と二人の男性をイメージしてもらってもあながち間違いではないかもしれない。

「何分ぐらい歩くんだ?」
「十分ぐらいかな。すぐだよ」

道中、二人は私にたくさんの質問をした。あちらの世界には存在しない標識やお店が多いのだという。私も二人にたくさんのことを教えた。同時に、この楽しい時間も、着々と終わりが近づいていることを意識せざるをえなかったが、だからこそ今日の三人揃ってのお出かけを心から楽しもうと思った。

***

「思ったより小さいな」
「うん」

到着するなりナックルの正直な感想に、私もためらうことなく頷いた。だが、逆にこれぐらいのスケールの方が効率良く回れるので、いいかもしれない。

入り口で招待券と引き換えにもらったパンフレットを三人で見ていると、シュートの瞳が爛々と輝き始めた。案外、彼は感情が顔に出やすいのかもしれない。あるいは、数日生活をともにしたことによって、私がシュートの数々の表情を見分けられるようになったのかもしれなかった。

「場内の写真撮影は厳禁なんだって。ちょっと残念だけど仕方ないね」
「フラッシュは生物にも資料にも良くない影響があるからな」
「そんなもんか」
「それじゃ、順路どおりに行こうか」

場内に入ると、人はそれほど多くなく、じっくり見て回ることができた。
私たちは時折気になる展示品の前で足を止めては、ああだこうだと意見を交わし、時には専門家のシュートに色々と尋ねたりしていた。シュートは常に目線をきょろきょろさせては、熱心にメモに書き込んでいる。どうやら全力で楽しんでいるようで、安心した。

「あれ? 今、うえ×××じの声しなかった?」
「え、ほんと? あたしファンなの。場内ナレーションとかやってるのかな」
「ううん、普通にお客さんの方から聞こえた気が……」

こんな会話がすぐそばで聞こえ、冷や汗をかきながら二人を引っ張って逃げたシーンもあったが、他には特に問題なく進んでいった。
最後の展示を前に、二人がお手洗いに行っているのをのんびり待っているとき、不意に後ろから肩をぽんと叩かれた。

「あ〜、やっぱり合ってた! お疲れ様!」
「……! 主任。お疲れ様です」

驚いて振り返ると、そこに居たのは職場関係の知り合い、というか上司だった。もっと言うと、職場にいる全職員の中で、私が最も苦手とする相手。隣のラインの主任で、一言で言えばとにかくチャラい。

「私服姿は初めて見たけど、可愛いね」

若い女性であれば誰にでも声を掛け、度を過ぎたスキンシップも日常茶飯事である。何より腹が立つのは、彼がかなりのイケメンであるため、私と同じ立場にある女性職員たちが、彼に好かれることをまんざらでもなく思っているところだ。そのため、本人には反省の色などあるはずもなく、態度はエスカレートしていくばかり。

「君も室長に招待券をもらって来たんだろ?」
「そうです」

私としたことが、重大な点をがっつり見落としていた。室長が無料招待券を配ったのは私だけではないのだから、ここに来れば職場の誰かに鉢合わせする可能性が極めて高いのは当然のことだ。

「そうか、だったら君も誘えばよかったな、失敗失敗。オレ、今日は君の同期のりーちゃんと、しーちゃんと、三人で遊びに来たんだよ。二人は今お手洗いに行っててね」

ましてや、こんな好機をこの男が見落とすはずはない。あらかじめ同期の皆にリサーチしておけば、主任がここに来る時間とのバッティングだけは避けられたかもしれないのに。自分の準備不足を悔やむばかりである。何が楽しくて、この男と仕事以外で顔を会わせなくてはならないのか。

「君、一人? ……な訳ないか。誰と来てるの? 彼氏はいないって聞いてたけど、もしかして男?」
「あ、いや……」
「オレの誘いはいつも断るのに、他の男とだったらこんな展覧会にも律義に来ちゃうんだ? へえー」
「そんなんじゃなくて……」

嘘が苦手な私が上手く答えられないのをいいことに、楽しそうにどんどん話を先に進めていく。ああ、本当にこの人は苦手だ。りーちゃん、しーちゃん。一刻も早く戻ってきて、この男を連れていって。

「じゃあ、どういうことなのかな?」

早口でまくし立てられ、どんどん焦ってしまう。息が苦しくなってきて、いっそこの場から逃げてしまおうかと、ぎゅっと目をつむって、拳を握りしめた。
そのとき。

「てめー、こいつに何しやがった」

気づけば後ろに立っていたナックルが、私の肩をぐっと引っ張り、自分の方に引き寄せた。自然と私は主任から引き離される。

「! な、なんだ君は?」
「この女の連れだ。もっかい聞くぞ。てめー、こいつに何しやがった」

こんなところで目立つ訳にはいかないので、ナックルは当然手を出していないどころか主任の体に触れてさえいないし、大声も出していない。それであっても、ナックルの口から発せられる低く重い声と、その眼光の凄みは尋常じゃなかった。
道ゆく客は何も気づかず私たちの横を通り過ぎているが、当の主任だけは、ナックルから向けられている度を越えた敵意を前に、口をぱくぱくさせることしかできない状態である。私は慌てて、ナックルに小声で言った。

「この人は私の上司なの。何もされてないよ」
「……、本当か?」
「本当だよ。だからもう大丈夫」

ナックルは主任にわざと聞こえるように大きめの舌打ちをして、私を連れて展示の方に歩いていった。その後、主任が大慌てでどこかへ走っていく音が後ろから聞こえた。

「ナックル、助けてくれてありがとう」
「おめェが今まで見たことねェぐらい怯えてたから、驚いたぜ。目立つ行動がダメってのは解ってたんだが、黙って見てられなくてな」
「……ふふ、かっこよかったよ」
「そうか? 普通だろ」

私としては照れくささと引き換えに最高の誉め言葉をかけたのだが、当の本人の心にはあまり響かなかったらしい。ちょっと残念だが、それはそれでナックルらしい気もする。

「あれ、シュートは?」
「そういえば、途中から見当たらねェな。トイレを出たタイミングは同じぐらいだったんだが……」
「もしかして、どこかに隠れてるのかな? ほら、割符バトルのときにゴンとキルアを奇襲するつもりで尾行してたけど、結局できなかったときみたいにさ」
「あぁ、あれな! ちゃっかり漫画にも載ってて笑ったぜ」

くすくす笑いながらそんなことを話していると、じきにシュートもやってきた。何でも、道が暗かったため、トイレを出てすぐ間違った方向に行ってしまい、ここまで引き返すのに時間がかかったらしい。

「待たせてすまなかった」
「ううん、大丈夫だよ。じゃあ、最後の展示品を見に行こっか。世界最大のUMAの模型が展示してあるって」
「それは楽しみだ」

三人揃って歩き出す。楽しいお出かけも、いよいよ大詰めだ。
私たちは、世界最大のUMAの模型の前で、記念写真を撮った。変装状態のナックルとシュートは、元々の姿を知る私からすればやっぱりシュールなもので、とても良い記念になった。写真を見る度に笑いがこぼれてしまいそうだ。
ちなみに、これが終わったら、私の家の近くの美味しい定食屋さんでお昼を食べて、夜は三人みんなで餃子を作る予定だ。
平日は休めないからこそ、今日を全力で遊び尽くさなければならないのである。二人にもそう伝えておいた。

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