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陽だまりのような貴方を想って

 甘木先輩は、整ったルックスと、その抜群のスタイルで、学校中に知らない人はいないぐらい、(主に女子の)注目を集めていた。私たち一年生からしてみたら、部活に入っていない甘木先輩とは、接点なんて全くといっていいほどないはずなのに、その目立つ外見は本人の意思とは関係なく、皆の視線を否応なく惹きつける。私のクラスで特に色めきだった女子たちのグループは、わざわざ休み時間に甘木先輩の教室まで見に行ったりするほどだ。

 私はそういう表だった行動はしていないが、ごく普通の女子生徒として、学校で一番かっこいい異性の先輩に、密かに憧れる気持ちはあった。窓際の席で、何気なく外を眺めたら、校庭で甘木先輩のクラスが体育をやっていたときは、そのささやかな偶然に嬉しくなって、つい授業そっちのけで甘木先輩を目で追いかけていた。甘木先輩は、不特定多数の女子から寄せられる熱い興味を知ってか知らずか、クラスメイトとはしゃぎながら、校庭を駆け回って楽しんでいるようだった。ちなみに、意外というべきか、どちらかというと運動自体はそれほど得意ではなさそうで、ちょっと可愛いな、なんて思ってしまう。

 ある晴れた休日のお昼頃だった。私は、大量の本が入った袋を両手に持ち、ぜいぜいと息を切らしながら帰宅していた。日差しがジリジリと強いのもダメージを倍増させる。
 好きな漫画の最新刊を買いに行っただけだったのに、気づけば、小説、雑誌、写真集……ありとあらゆるコーナーを練り歩いてしまった。大型本屋に行くと、いくら時間とお金があっても足りないことを痛感したのは、これで何度目だろう。今日も、たくさん悩んだ末に、お小遣いの中で買える品数を厳選したら、結果的にコスパ重視で、厚くて重い本ばかりを優先的に買ってしまった。しかし持って帰るのにこれだけ苦労していたら、かえって損だったような気がする。

 その上、情けないことに、最後の曲がり角にさしかかって、家に着くまであと少し……と安堵したばかりに、私は足下への注意をおろそかにした。要は、コンクリートの小さな段差につまずいたのである。

「!! わっ!!?」

と間抜けな声を上げたときにはもう遅く、体が大きく前に傾き、勢いよくすっ転んだ。
 当然、両手に抱えていた本も私の手を離れ、2つの紙袋から元気よく飛び出して、ほぼ全て前方に派手に散らばる。

「……ううっ、痛い……最悪……」

 何とか手をついて体を起こすと、右の膝がズキンと痛んだ。見れば、地べたにすり剥いてがっつり出血している。小学生の頃はこれぐらいの怪我なんて日常茶飯事だったけれど、高校生にもなって膝小僧に擦り傷を作るとは思いもせず、その分、当時より、身体的にも精神的にもダメージが大きいように感じた。誰にも見られていなかったのが不幸中の幸いだ。

 この辺りはほとんど車も人も通らないが、いつまでも公道に本をばらまいたままではいられない、と意を決して立ち上がる。歩く度に膝がずきずき痛むせいで、ゆっくりとしか歩けず、ひとまず近場に落ちている本から拾い始めた。半径1メートル以内ぐらいの分を拾って袋に戻し終えると、膝から流れる血がお気に入りの靴下につきそうだったので、一旦しゃがみこんでハンカチでぽんぽんと拭った。

 ブオォォ……。

 すると、後ろからエンジン音が聞こえてきた。残りを拾うのはこれが通り過ぎてからにしようと、途中まで回収していた本を手に持ち、一旦白線の外側に出る。

 案の定すぐに、エンジン音とともに1台の原付バイクがやってきた。つい最近オートバイとの違いを知ったのだが、原付のほうが早い年齢から免許を取れるらしい。この辺りは住宅街なので制限速度が厳しいが、その人はルールをしっかり守っているようで、ゆっくり走っていた。

 遠方に散らばった私の本の一部は、よく見たら車道に少しはみ出している。その人の視界にも当然入っているだろう。わざと踏んでいくようなことはしないだろうが、その人の進路を妨害しているようで、何だか申し訳ない気持ちになった。

 原付の男性は私の横を通り、てっきりそのまま走り去るかと思っていたが、その先でぴたりと止まった。そして、俯きがちに振り返り、ちらりと私の方を見る。ヘルメットの影が落ちて、その顔は私からはっきりと見えない。

(何だろう? 私には、原付に乗ってる知り合いなんて、いなかったはずだけど……)

 彼の不思議な行動を疑問に思っていたら、やはり聞き覚えのない声で、尋ねられる。

「……あそこの本、君の?」
「? あ、はい……」
「分かった。ちょっと待ってて」
「え!?」

 唐突な台詞に驚いていると、その人はあっという間に原付を降りて、人よりスラリと長い足で颯爽と歩いて行き、散らばっている私の本を、これまた長い腕で素早く拾い始めた。

「そ、そんな、大丈夫ですっ! 自分で拾いま、……いたた、っ」

 見ず知らずの人からの親切心をありがたく思う以上に、とにかく申し訳なさすぎて、たまらず声を上げる。急いで駆け寄ろうとしたが、膝の傷のせいで足がもつれ、亀にも追いつけないようなスピードしか出ない。
 一人でわたわたしていると、すぐに彼が戻ってきて、両手に抱えた本を渡してくれた。私が持っていたときは大きく重く感じたのに、長身の彼が持つとずいぶん小さなものに見える。

「はい、どーぞ。これで全部か?」
「あ、あの……! すみません!! 本当、なんて言ったらいいか……」
「いいって、大したことじゃないから」

 本を私に返して両手が空くと、彼は軽く息をつきながら、目深に被っていたヘルメットを脱いだ。そして大きな手のひらで額の汗を拭い、その端正な顔をパタパタと扇ぐ。

「ふぅ、今日暑いなー」
「……っ!! あ、」

 思わず私は口をあんぐり開けて固まった。知らない人だとばかり思っていたその親切な男性は、ほかでもない、我が校随一の人気者、甘木先輩だったから。青い空にギラギラ輝く太陽の下、ヘルメットを片手に汗を拭う姿が、あまりにも絵になるので、困ってしまう。予想外過ぎる展開に、まともに言葉を紡げなくなってしまった。

「それじゃ、怪我お大事に」

 甘木先輩は、そんな私の間抜けなリアクションなど意にも介していないようで、痛々しい膝の傷に少し目をやると、爽やかに微笑んだ。こんなに優しくて綺麗な男の人の笑顔なんて見慣れていない私は、半分パニックになってしまって、ちゃんとお礼を言いたくても、口をパクパクさせることしかできない。
 そうしているうちに甘木先輩はヘルメットを被って原付にまたがり、あっという間に見えなくなってしまった。

 何とか家に辿り着いた私は、膝の擦り傷の消毒をしながら、熱に浮かされた頭で、ぼうっと物思いに耽った。
 考えれば考えるほど、嬉しいやら恥ずかしいやら、そして何よりちゃんとお礼を言えなかった自分が腹立たしいやら、色んな感情がぐるぐるとループして止まらない。
 まさか、いつも遠目で見ていただけの甘木先輩が、突然目の前に現れて、困っていた私を助けてくれるなんて。こんな漫画みたいな展開、夢にも思わなかった。さらに、甘木先輩が私を知っているはずはないから、同じ学校の生徒だとは知らずに、道端で出会っただけの私を、その海より広い純粋な親切心で助けてくれたということになる。それも、今日みたいに暑い日に、乗っていた原付をわざわざ降りてまで。しかも、怪我の心配までしてくれて……。

 このまま終わって、いいわけがない。ちゃんとお礼を言いに行こう。はやる心臓を押さえながら、何度も甘木先輩の教室に行くイメージトレーニングを繰り返した。



「行ってきます」
「行ってらっしゃい。それ、しっかり先輩に渡してくるのよ」
「うん!」

 その次の月曜日は、いつになく緊張しながら家を出た。お母さんにも相談して、私の誠意が伝わるよう、ささやかなお礼の品(甘さ控えめなミミズク型のクッキー)も用意してある。

 お昼休みに入るや否や、友達には先にお昼を食べてもらうよう伝え、私はクッキーの缶を持ち、甘木先輩の教室へ赴いた。上級生の教室なんて行ったことないし、色々な意味で落ち着かないが、時間が経てば経つほど、要らない緊張が高まるのは分かっていた。

 ほどなくして甘木先輩を発見する。先輩は、教室前の廊下で、どちらかというとあまりガラがよくなさそうな男友達数人と話していた。どうしよう、あの一件があったからか、何となく眺めていた今までよりも、遙かに眩しくかっこよく見える。この距離から見ているだけでも、やけどしそうなほどだ。

 やがて甘木先輩は友達と離れ、一人でこちらに歩いてきた。急にやってきた、絶好のチャンス! 深呼吸をして、やっとの思いで先輩に声をかける。

「す、すみません! 甘木、先輩!」
「……え、何!? オレ?」

 突然知らない女から思い切り裏返った声で呼び止められたら、誰だって驚くだろう。目をぱちくりさせて立ち止まる甘木先輩を前に、恥ずかしくてすぐに逃げ出したくなったが、それでは意味がないと、ぐっと堪える。

「せ、先日は、道路で私の本を拾ってくださって、本当にありがとうございました。あのときは、ちゃんとお礼も言えなくて、すみませんでした。よかったら、これ……」

 何度も脳内シミュレーションを重ねたとおりに言葉を一気に吐き出す。最後は語尾をうにゃうにゃさせながらも、深く頭を下げて、クッキーの缶を両手で勢いよく差し出した。

「……! ああ、この間の子か。そっか、学校一緒だったんだ」

 思い出した、という甘木先輩の声が上から聞こえる。おずおずと頭を上げると、少しだけ微笑んでいた。そして、私の手から、そっとクッキーを受け取る。甘木先輩の手は大きくて、クッキーの缶も片手に簡単に収まってしまった。

「その、わざわざありがとう。ここまでしてもらって申し訳ないけど、せっかくの気持ちだし、ありがたく貰っておくな」

 甘木先輩がクッキーを握りしめて照れくさそうに笑ったので、心臓がうるさいぐらいに高鳴る。それでも、ちゃんとお礼を言えて、クッキーを受け取ってもらえたことに、ひとまず何より安心した。

「そういえば、膝の怪我は平気?」
「あっ、は、はい! もう何ともありません。ありがとうございます」
「そっか、良かった」
「……、えっと。じゃ、じゃあ、私は……」

 もっと甘木先輩と長く話していたい気持ちもあったけれど、用件は済ませてしまったし、周りの目線もだんだん気になってくる。ここでもし私が類稀なる行動力を持ち合わせた勇者だったなら、自分のクラスと名前を伝えて、あわよくば連絡先の交換まで申し込むところかもしれないけど、残念ながらそんな心意気はない。

「これで、し、失礼します」
「そっか。ありがとな。気をつけて」

 そそくさと甘木先輩から離れ、背を向けて歩き出す。百万分の一ぐらい、何かミラクルがあって後ろから引き留めてくれたりしないかな、なんて期待していたが、そんなことは全くなく。

 それでも、自分の教室に着くまでの間、着いてからもしばらくは、ずっと顔が火照って仕方なかった。ほんの一瞬だったけど、憧れの先輩との夢のようなひとときは、きっと忘れられない記憶になるだろう。クッキーを渡したときに甘木先輩と少しだけ触れた指先を、穴が空くほど見つめながら、私は甘やかな恥じらいに浸った。

 そのほんの数週間後、甘木先輩は突然退学した。その衝撃的なニュースは、瞬く間に学校中に広がり、うちのクラスでも話題に上がった。クラスの賑やかな女子たちは口々にショックだと嘆き悲しんでいたが、数日後にはもうその話をしなくなった。切り替えが早いのは羨ましいし、賢いとも思う。

 私は、そのニュースが意味するところを理解することにさえ、ずいぶんと時間がかかった。そして、理解できてからは、行き所のない嘆きばかりが、心に浮かんでは消えていった。
 会話なんてできなくていい。私のことなんてすぐに忘れられたっていい。ただ、ときどき体育の授業ではしゃぐ姿を見かけたり、廊下ですれ違ったりする度に、密かに一人で浮かれるぐらいは、許されると思っていた。卒業まで、きっとまだまだそのチャンスはあると思い込んでいた。それなのに、もう二度と、甘木先輩に会えなくなるなんて。

−−それから1年半ほど経ち、私は高校2年生の冬を迎えていた。勉強や部活に追われる日々の中、新たに気になる異性ができた訳ではなかったが、何かにつけて甘木先輩を思い出したり、悲しんだりすることは、徐々になくなっていった。

 そんなある日の帰り道。学校の最寄り駅の改札前で、私と同じ学校の制服を着た女子生徒が数名、きゃあきゃあと色めき立ちながら、小さく一箇所に集まっているのを見つけた。知り合いは居なさそうだったが、何となく気になったので、少し離れたところから様子を見守ることにした。

「……っ、!!」

 その輪の中心で眩しい笑顔をふりまく長身の男性の姿を見たとき、私は思わず、立ち止まって声を上げそうになり、慌てて口元を手で覆った。

「甘木先輩、ホントお久しぶりです〜!」
「学校やめてからずっと、何されてたんですかぁ??」
「あーん、相変わらずかっこいい〜!」

 そこにいたのは、ほかでもない甘木先輩だった。私の記憶にある姿より少し髪が伸びて、纏う雰囲気が何だか柔らかくなったように感じる。当時、オレンジのTシャツに学ランを羽織っていたのも似合っていたけど、今日は私服なのか、グレーのインナーの上に黒いジャケットを着て、何だかすごく大人っぽい。その逞しい腕の中には、チラシのようなものを何枚も抱えているのが見えた。

 思いもよらない再会に驚き、私はその場で立ちすくみ、とりあえず人を待っている振りをしながら、甘木先輩の様子を伺うことにした。何を話しているのかまでは聞こえてこないが、甘木先輩が微笑んで何か言うたびに、周りの女子たちが歓声を上げているようだ。甘木先輩に話しかけることはおろか、華やかな女子たちの輪に飛び込んでいくことさえできない、臆病な自分が悔しくて仕方なかった。

「それじゃ、甘木先輩、頑張ってくださいね! 失礼します〜!」
「当日、楽しみにしてますね〜っ」
「ああ! 気をつけて。時間くれてありがとう!」

 ものの十分もしないうちに、甘木先輩を取り巻いていた女子グループは、楽しそうに手を振りながら帰っていった。そして、甘木先輩はというと……、先程彼女たちに配っていたチラシを手に、今度は別の女子生徒に声をかけ始めた。どうやらこの女子生徒は知り合いだったらしく、2人で楽しそうに談笑しているのが見える。

 手当たり次第……というと言葉が悪いけれど、うちの学校の女子生徒を対象に、何かのチラシ配りをしているような感じだ。何とかしてそのチラシの内容を見たいな、と少し近づいたところ、件の女子生徒と話し終えたらしい甘木先輩がちょうどこちらに振り返り、一瞬目が合った。その瞬間、心拍数がそれまでの2倍、3倍にもなり、足は根を張ったように全く動かなくなった。甘木先輩は、私の制服を目に留めたようで、ゆっくりとこちらに近づいてくる。どうしよう、どうしよう。距離が狭まる度、顔が熱くなっていくのが分かる。

「……あの、学校帰りのところごめん。オレ、少し前までそこの高校に通ってた、甘木っていいます。今、少しだけ時間いいかな?」

 これまで何回脳内で繰り返し再生したか分からない、優しい声音で話しかけられた。相変わらず、綺麗な顔立ちの男性から突然笑顔を向けられると、本当に心臓に悪く、たちまちフリーズしそうになる。もう二度と会えないと思っていた憧れの人の顔を、直視していられなかったので、何とか俯きがちに目をそらし、こくこくと頷いた。

「……、は、はい……」
「良かった、ありがとう! 実はオレ、少し前からアイドル活動を始めてさ。今年のクリスマスイブに、原宿にあるハリウッド東京っていう劇場で、ついに初めてのライブをやることになって、その宣伝をしてるところなんだ」
「!! アイドル、……」

 驚きのあまり、思わず繰り返してしまった。甘木先輩が、学校を去ってからよもやアイドルになっていたなんて、全く知らなかったし、想像もしていなかった。
 でも、その選択の正しさにはすぐに納得できた。類い希なるルックスと、困っている人に迷わず手を差し伸べられる陽だまりのような強さと優しさを持った彼ならば、どんなに華やかなステージの、どんなに眩しいスポットライトにも、負けずに光り輝くに違いない。そして、そんな甘木先輩の姿を、見てみたいと心から思った。

「そうなんだ、自分でもびっくりだよ。それで、もしアイドルとかに興味があれば、なんだけど……」
「あ、あの!! ライブのチケット、私にも1枚買わせてください!」
「えっ、本当に!? ありがとう、すげー嬉しい。それじゃ、この紙に名前を書いてもらえるかな?」
「分かりました。……ここ、ですか?」

 手渡された紙とペンを持って、甘木先輩の顔をそっと覗き込む。さっきから恥ずかしくてまともに目を合わせていなかったが、こちらから質問しているときにまで、下を向く訳にはない。少し目線を上げるだけで、甘木先輩の長い睫毛までしっかり見える近距離に、緊張がさらに高まった。

「うん、そこに書いてもらえば……って、君、もしかしてあのときの子!?」
「!?」

 甘木先輩は、突然嬉しそうに大きな声を上げた。驚いた私は、思わずペンを落としそうになってしまう。

「あぁ、やっぱりそうだ。髪が伸びてたから、一瞬気づかなかったよ。去年は、美味しいクッキーをありがとう!」

 満面の笑みを浮かべて、とんでもないことを言われたので、今度こそ私はペンを地面に落としてしまった。甘木先輩に再び会えて、こんなに長いこと話せただけでも十分過ぎるぐらいだというのに、さらにそれを超える衝撃で目まいがしそうだった。

「……、えっ、私のこと、お、覚えて、……」
「もちろん覚えてるって。いや〜、会えて良かったよ」

 甘木先輩は、少しだけ早口になりながら、楽しそうに続ける。そして、さりげなく私が落としたペンを拾って、さっと手渡してくれた。本当に、息をするように他人への気遣いができる人なんだと改めて実感し、話の腰を折らないよう、小さな声で丁重にお礼を言って受け取った。

「ずっとお礼を言いたくてさ。実は、あのとき君がくれたクッキーがミミズクの形だったことが、オレが今の劇場でアイドルを始める一つのきっかけになったんだ」
「へ? ……ミミズクが、ですか?」
「そうそう、不思議な縁があったんだよ。今オレがいる劇場、ハリウッド東京っていうんだけど、そこの守り神がキャットっていう名前のミミズクなんだ。あ、守り神っていっても、ちゃんと実在するミミズクで、…………いや。この話はちょっと長くなりそうだから、また今度でもいいかな? あんまり君を引き留めてもいけないし」
「……は、はい、いつでも! 甘木先輩も、まだチラシ配りされますよね。お時間、ありがとうございました」

 思わず一礼しながら、「また今度」という言葉が持つ魅惑の響きに、弾けてしまいそうな思いを馳せる。またこうして甘木先輩と話せる機会があることを、期待してもいいということだろうか。そのときは、甘木先輩と私の縁をつないでくれた、守り神の話の続きを、是非聞かせてほしい。

「! いやいや、それはこっちの台詞だって。こちらこそ時間を割いてくれてありがとう。ライブのチラシ渡しておくから、後で読んでみて。当日は、劇場の受付で名前言ってもらえば大丈夫だから」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃ、劇場で待ってるからな! ありがとう!」

 ひらひらと手を振りながら、笑顔で去って行く甘木先輩。

 もう二度と会えないと思っていたあの甘木先輩に、今日突然会えただけでもすごいサプライズだ。それなのに、目の前で私に向かって笑いかけてくれて、話しかけてくれて。そうしている間じゅう、ずっと心臓が鳴り止まなかった。さらに、去年ほんの少しだけ言葉を交わしただけの私のことをちゃんと覚えていてくれたと知ったときは、さらに鼓動が早まって、このまま死んでしまうんじゃないかと思った。いや、訂正しよう、今、甘木先輩が私の前を去り、他の女子生徒に声をかけ始めてからも、いっこうに治まる気配がない。

 私は足早にその場を立ち去り、改札を抜けて、電車に飛び乗った。早まった呼吸を整えながら、ゆっくりと気持ちを落ち着かせるべく、先程渡されたチラシを早速読んでみる。真ん中に大きく書かれた「仏恥義理ライブ」……これはぶっちぎり、でいいのかな。私の知っているアイドルとは何か方向性が違う気もするが、何だか凄いことが巻き起こりそうな、不思議な高揚感を覚えさせてくれる言葉だと感じた。

 来るクリスマスイブの夜、憧れの甘木先輩は、アイドルとして初めてステージに立つ。そんな凄い瞬間に自分も立ち会えると思うと、今からどうしようもなくドキドキしてたまらない。きっと、世界中に向けて、その陽だまりのような輝きを思う存分、放ってくれることだろう。その日は、甘木先輩の1ファンとして恥ずかしくないよう、精一杯のおめかしをしていこう、と心に強く誓った。


読んでくださり、誠にありがとうございます!
マッキーは見た目も中身も本当に魅力的なので、無自覚のうちに色んな人を虜にしてきた(いく)んだろうな〜と勝手に思っています。

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