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4.月夜の密会

「ねぇシュン……帰り、少しだけ時間ある?」

 帰り道の違う僕からの申し出に、シュンは怪訝な顔をしながらも、応じてくれた。

 いつか5人で緊急の会合をした、劇場から少し離れた公園に向かって歩いていく。その間はひたすら無言。困ったことに、こちらから声をかけたくせして、まだ話したい内容をしっかり整理しきれていなかった。ベンチに着いたら、何から話そうかと考え込んでいたら、やがてシュンが痺れを切らしたのか、言った。

「何か話があるんだろ? お前、家の門限も厳しいんだし、歩きながら始めていいよ」
「う、うん、ありがとう」

 シュンの思いがけない優しさに、少し安心する。本当は、歩きながらだと相手の顔が見えづらくて少し不安なのだが、シュンがせっかく切り出してくれたので、その優しさに乗っかることにした。まずは、一番大事な一言から。

「あのさ、僕、飾利さんのことが好きなんだ。……その、広い普通の意味じゃなくて、1人の女の人として」
「……、ふーん」

 わずかに息を呑んだような音の後に、案の定、てんで興味のなさそうな返事が返ってきた。

「それさ、何でわざわざオレに打ち明けたの? 別に関係ないと思うけど」
「シュンも同じ気持ちなのを、知ってるからだよ。僕だけが知ってるのは、フェアじゃない気がしたから」
「……は? なんだよそれ、オレは……」

 シュンは声を荒げて言ったが、その後、続ける言葉に悩むように、少し間を置いた。

「そんなんじゃねーよ。そりゃ、飾利さんのことは普通にいい人だと思ってるし、色々親切に教えてくれるから感謝してるし……正直、ときどきエロい目で見てるのも認めるけど」
「それは言い訳になってないよ。全部、飾利さんが好きだから、でしょ? まぁ、最後のはともかく」
「違うって。他の奴らも同じこと思ってるだろ」
「最近、僕たち目が合うことが増えたと思わない? それは、いつも同じ人を目で追いかけてるからだよ」
「……そんなこと、ねーし」

 シュンの言葉尻はどんどん勢いをなくして、いつもの自信ありげな皮肉屋の面影はどこへやら、口を尖らせたまま黙り込んでしまった。ここまでくれば、あと一息だろうか。

「じゃあ、例え話だけど、マッキーが飾利さんを独り占めしても、シュンは嫌じゃないんだね?」
「……え?」
「マッキーが飾利さんと恋人どうしになって、プライベートでも一緒に過ごして、手をつないで、原宿をデートして、にこにこ楽しそうにお喋りして……キスもして、それで……その後は……」

 ああ、駄目だ。シュンにちょっとカマをかけるための方便だったのに、言いながら自分の気分もどんどん落ち込んでくる。マッキーは僕たち5人の中で一番背が高くてスタイルも良く、何より年上だから、飾利さんの隣に立ったときには、一番見栄えがよいのだ。最も現実的に想像がつくケースを選んだ甲斐はあったらしく、シュンは僕以上に顔をしかめていた。

「や、やめろよトミー! それマジで嫌だ……!」
「あはは、ほらね? カケルくんでも、キラでも、難なら僕でもいいよ。どう?」
「わかったよ……。ったく、お前ほんとは性格悪いだろ」

 シュンは、そう言ってがしがしと頭をかいた後、一泊置いて、小さな声で言った。

「あぁそうだよ、オレも飾利さんのことが好きだ。初めて会ったときから、綺麗で優しい人だなって、気になってた。劇場でよく会うようになってから、どんどん惹かれていった。ちょっと前に、キラと飾利さんが仲良くしてるの見たら、すげー嫉妬してる自分がいてさ。そっから、恋愛的な意味で好きなんだって自覚した。……お前の気持ちにも、もしかしたらそうかも、ってぐらいだけど、気づいてた」
「……うん。ありがとう、ちゃんと言ってくれて」
「っ、おい! お前から言わせといて、何だよそれ!?」

 シュンの威勢のよいツッコミに、何も言わずに笑顔で応じる。そうしているうちに、僕たちはようやく目的地の広場に着いた。どちらからともなく、花壇の縁にある石段に腰掛ける。背後では、ほとんど元気をなくした噴水が、躊躇いがちに水音を立てている。

「じゃあ僕たち、恋のライバルだね」
「……ま、そーなるか。つっても、あんまり実感わかねーけど」
「普通だったら、ギスギスするところなのかな。でも正直、ちょっと情けないけど、仲間ができたみたいでほっとした感じの方が強いや」
「確かに。オレも一人でずっとモヤモヤしてたからか、なんか心が軽くなった気がする」

 2人で顔を見合わせて、たった今秘密基地を作り上げた子どものように、くくくと笑った。

 せっかく唯一僕と同い年のメンバーが、偶然にも同じ人を好きになったのだ。「推し語り」なんて可愛げのあるものではないけれど、色々聞いてみたいこともある。でも、こうしてお互いの想いを知った今、忘れずに話しておくべき内容は……きっと明るい恋バナなんかでは、ないだろう。

「ねえシュン、僕たち、これから、どうしたらいいと思う?」
「……なにそれ、質問が抽象的すぎ。まずはトミーから言って」
「ごめん、そうだよね……。えっと……」

 もともと呼び出したのは僕だし、シュンの気持ちを半ば強引に聞き出したのも僕だ。シュンが訝しげに発言を促すのも一理あるだろう。落ち着き払って、頭の中でぼんやりしていた感情を整理しながら、ゆっくりと紡ぎ出す。

「僕は、……僕たちは、少年ハリウッドでいる限り、この気持ちを絶対に隠し続けないといけないと思う。ファンの人たちにはもちろん、シャチョウ、テッシー、飾利さん本人にも、気づかれちゃいけない。……メンバーたちには、正直、隠しててもいつかはバレちゃう気がするけど、それでもできるだけ隠し通すつもりでいたい」
「……ああ、オレも同感。それは、オレたちが果たすべき最低限の責任だよな。万一ばれたとして、オレたち2人に罰がある分には自業自得だけど、他のメンバーも連帯でペナルティ負わされたり、シャチョウが飾利さんを担当から外したり、何より飾利さん自身がああいう人だし、責任感じて辞めたりしたら……、そんなの、最悪すぎるよな」

 シュンの言葉に、僕もゆっくりと頷いた。僕たちはあくまで、決してわざとではないとはいえ、ルール違反を犯している立場だという自覚を、絶対に忘れてはいけない。シュンも、おそらく僕と同じぐらい強い覚悟をしているだろうと分かって、安堵する。

「そうだね。それと……飾利さんに自分を受け入れてもらおうだとか、この恋を叶えようだとか、そういうことは思っちゃいけない。飾利さんが僕たちの誰かを好きになるなんてことは、……悲しいけど、ほとんど考えられないから。そこを履き違えないこと、かな」
「……それさ、オレも同じ意見だけど、改めて言葉にするとだいぶキツいな。絶対叶わないってわかってる人をあえて選んで、片想いし続けるとか……オレたち、何でそんな悲しい道歩いてるんだろ。ドMなのか?」

 シュンが、ため息混じりに苦笑しながら、同意を求めるように僕の方を見た。わざとふざけたような言い方だけど、きっとこれはシュンの本音だ。僕よりも長い間、ずっと一人で悩み続けていたのだろう。痛いほどに伝わってきた。だから僕も、真剣に考えた上で答える。

「そこを差し引いても、いつも近くに大好きな人がいて、その人にもっと自分を見てもらいたくて頑張って、その結果、その人や、その人だけじゃなく他の人たちにも、認められて、褒めてもらえたら、天にも昇るぐらい嬉しくって……それだけで、僕は毎日すごく楽しいけどな。もちろん、ルール違反はいけないことだし、僕も罪悪感があって辛いけど、飾利さんを好きになったことを、少しも後悔してないよ」
「トミー……」

 改めて言葉にしたら、何だかすごくキザな台詞になってしまった。照れくさくて、最後にごまかすようにえへへと笑う。同時に、今日の飾利さんの笑顔や、褒められたときの何にも代えがたい喜びが脳裏に浮かんで、心がじんじんと疼くのを感じた。
 シュンは、驚いたように目を丸くしていたが、やがて、どこか遠くを見るように笑って、ぽつりと言った。

「……お前の言うとおりかもな。よし、これからはオレももっと前向きに考えることにする。せっかく素敵な人に出会えて、せっかく好きになったんだから、今のオレにとってそれがプラスに働くように、この気持ちを大事にしたい」

 シュンは、ぐっと拳を握りながら、僕の方を見て、晴れやかな表情でそう言った。シュンの抱えていた悩みに、少しでも解決の道筋を示せたのなら、こんなに嬉しいことはない。

「そうだよ、そうしよう! ねえ、シュンも、ほかでもない飾利さんを好きになったから、新しくできるようになったことが、何かあるんじゃない?」
「あー……。そういう意味では、ライブではまだ披露できてないけど、Pinkish Heart愛の2番の歌詞に、めちゃくちゃ自分の気持ちが乗るようになった。飾利さんと出会う前に比べたら、多分別人みたいに上手く歌えるよ、今のオレ」
「へぇ! 聴いてみたいなあ」
「今歌ってやろうか? いや……、目立つから駄目だな」

 シュンのソロ曲、Pinkish Heart愛。全体的に色っぽく大人びた雰囲気の曲で、ファンからも人気があり、僕も好きだ。2番の歌詞は、1番よりも少し具体的になって、何をどうしたらいいのか分からないままにひたすら憧れと情熱を抱き続ける、もどかしい愛の形を描いている。今の僕たちの置かれている状況と、少し重なる部分があるかもしれない。

「アイドルにとってラブソングは鉄板だし、そのラブソングに感情を込めて歌えるようになったら、大きなステップアップになるよね! 僕、あんまり考えたことなかったから、今度から少し意識してみようかなあ」
「ま、言ったそばから難だけど、ファンの子たちの目の前で、内心別の女の人のことを考えながら歌うってのは、ちょっと裏切りみたいな気もするし……恋愛絡みの歌詞の解釈を深められる、ぐらいに思っとく方が無難かもな」
「あぁ、そっかぁ……。それもそうだよね。でも、そんなこと言い出したら、アイドルがラブソングを歌うってこと自体、何だか矛盾してるような気もしてきたよ」
「……、おい。なんかその話、難しくね?」
「あっはは! シュンってば、その反応マッキーみたい」
「え、心外なんですけど! あーやだやだ。もうこの話終わりな」

 僕が吹き出すと、シュンは心底不満そうに眉を潜めて、いかにも適当な感じで無理矢理に会話を終了させた。その素直すぎる反応が面白くて、いつもついからかってしまいたくなる。最近、メンバー内でのいじられキャラNo.1の座が、こっそりマッキーから受け継がれつつあることを、本人はどこまで自覚しているのだろうか。

「……あ、そういやお前、門限は大丈夫なのか?」
「……うわぁ、ほんとだ! そろそろ行かないと! ありがとうシュン、話に夢中で忘れてたよ」
「トミーってときどき大事なところ抜けてるからな。念のため時計見といて良かったよ」

 そうかと思えば、意外なぐらいにしっかり周りを見ていて、上手くフォローをしてくれる一面もあるのだ。おそらくこちらについては、本人は完全に無自覚だろう。そういうところは、本当に見習いたいなと、つい手放しで褒めてしまう。

「流石シュンだね。真面目に話してる間も、ちゃんと色んなものを見逃さないでいて、凄いや!」
「当然だろ、オレは凄いんだから」

 相変わらず絶対的な自信を隠そうとしないシュンの姿に、僕はいつも以上の頼もしさを覚えて安心した。飾利さんを好きになっても、シュンのかっこよさは決して変わっていない。それどころか、これからきっとますます磨きをかけていくのだろう。恋のライバルとしては焦るけれど、少年ハリウッドのメンバーとしてはとても楽しみに思う。

「シュン、これからもよろしく」
「ああ、トミー。一緒に頑張っていこう」

 どちらからともなく、そっと指切りをした。暗がりの中で月の光に照らされたシュンの不敵な表情はかっこよくて、僕も負けじと笑ってみせる。今夜の秘密の会合を知るのは、僕ら2人と、ずっと見守ってくれていた、お月様だけ。


読んでくださり、ありがとうございました!
新生メンバーの中でこの2人だけが同い年という素晴らしい設定、大事にしていきたい。

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