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無自覚は時として罪になる

「音無さん、はいこれ。いつも頑張ってくれてるキミに、ボクからプレゼントだよ」

 一日の練習が終わりタオルを片付けている春奈を呼び止めたかと思うと、何の脈絡もなく、赤いリボンつきのラッピング袋を手渡したのは、吹雪。

「へ? あ、ありがとう……ございます?」
「さっ、開けてみてよ」

 突然のことにぽかんと口を開けたままでいる春奈に、吹雪は念を押すように微笑んだ。白い指先で促されて、ようやく我に返ったように春奈は何度も頷く。そして、おずおずとリボンを解き始める。

「……わあ、向日葵のネックレス……!」

 中から現れたのは、小ぶりなネックレスだった。アクセントになっているのは大輪の向日葵。色合いや質感が実に絶妙で、その贈り物はいとも容易く彼女の心を射止めた。

「キミに似合うと思ったんだ。気に入ってもらえたかな?」
「も、ももも勿論です!! こんなに素敵なもの頂けるなんて、私本当に幸せですっ!!」
「そんなに喜んでもらえて、ボクも嬉しいよ」

 優しく微笑む吹雪の目線の先には、予想外の素敵な贈り物に興奮しまくっている春奈の姿。そんな彼女の反応を一通り楽しんだ後、吹雪は優しく問いかけた。

「ねえ、音無さん。向日葵の花言葉って知ってる?」
「……っ!!」

 頭の中を完璧に見透かされたかのような台詞に、春奈の動きが止まった。知ってるも何も、その実、春奈は今そのことが頭を離れなくて仕方なかったのだ。柔和で穏やかな吹雪の笑顔は、かなり欲目も入っているとは思うが、正直言って、確信犯のようにも見受けられる。これは……ひょっとすれば、ひょっとするのではないか。初心な少女の心は、瞬く間に淡い期待で埋め尽くされた。

「し、知ってます。……あ、“愛慕”と、“貴方を見つめる”……ですよね……」

 震える声でうろ覚えの花言葉を何とか搾り出した春奈は、すぐに吹雪の表情を伺うように見上げる。そこにあったのは、先程と変わらぬ美少年の爽やかな笑み。期待が確信に変わり始め、耳まで真っ赤になる春奈に、吹雪はさらりと言った。

「へえ、そうなんだ。詳しいんだね」

 ピシャリ。春奈の中で、暫し時間が止まった。

「……はい?」
「いやー、ボクそういうの全然知らないからさぁ」

 曇りなき表情と、悪意なき台詞。幾秒たった後、会話の流れをようやく理解した春奈は、あまりの恥ずかしさに火を噴きそうなほど顔を赤くした。先程と同じ赤色だが、その内訳はまるで異なる。

「っ!!! そ、それってつまり、花言葉のこと知らないで、私に向日葵を選んだってことですか!?」
「あはは、じゃあまあ、知ってて選んだってことにしといてよ」
「し、信じられない……っ!!」
「ええ、何で怒るのさ?」
「怒ってません!!」
「どう見ても怒ってるよ?」

 女の子って難しいなあ、と呑気に独りごちている吹雪をよそに、春奈は頭を抱えてその場にへたり込んだ。ジャージの裾がグラウンドの砂に触れたが、今はそれどころではない。
 イケメンの言葉一つ一つにこんなに一喜一憂する自分なんて、あまりに情けなさすぎる。吹雪に八つ当たりしながらも、それが一番許されない行為だということは嫌というほど解っていた。彼は何も悪いことなどしていないどころか、こんなにセンスの良いプレゼントをくれたというのに。それなのに自分は勝手に妙な期待をして、それを裏切られたからといって、よりによって本人に当たるなんて。春奈は、すすり泣いているような、唸っているような、声とも呼べない声を上げ続けていた。その様子を物珍しそうに見る吹雪の表情は、膝に顔を埋めている春奈からは幸いにも見えない位置関係にある。

「……なんで、私にくれたんですか」
やがて、自己嫌悪の渦から這い出るように、春奈はゆっくりと立ち上がって、低い声で吹雪に問うた。

「うん?」
「向日葵は夏の花です、吹雪さんだってそれぐらいは知ってるでしょう」
「知ってるも何も、日本国民共通の常識じゃないか」
「ならどうして、夏未さんじゃなくて、私に……」
「当然、この可愛い向日葵が似合うのは、一番可愛い音無さんだと思ったからだよ」
「……えっ?」

 うんざりするほど単純な思考回路に心底呆れているもう一人の自分の存在をはっきりと感じながらも、春奈の心には今再び、甘い気持ちが蘇った。高鳴る鼓動に身を任せ、春奈は吹雪をじっと見据えている。その形の良い唇が動き、新たな母音を形作っていく。そして、少女の前に再び姿を現した、光輝く希望は――

「一番綺麗で女性らしい夏未さんには、イメージぴったりの赤いハイビスカスのネックレスをさっき渡してきたんだ」

 どんな異性をも魅了する美しい笑顔に、滑稽なまでに打ち砕かれた。

「―――吹雪さんの馬鹿あああああああ!!!!」

 春奈は、運んでいたタオルを全て吹雪に投げつけた。そして、疾風ダッシュでその場から逃げていく。その手の中には、向日葵のネックレスを千切れんばかりに強く握り締めて。



読んでくださりありがとうございます!
吹春は私の中ではお花ちゃんコンビです。ほわほわしてる二人が可愛いです。


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