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その瞬間、巡る予感

 自宅で黙々と学習に勤しんでいたところ、無機質なバイブ音が鞄の中で響き始めた。取り出し、ディスプレイを確認してみれば、想像もしなかった人物の名前。お互い番号を知っていたことが意外に思えてならず、いつ交換したのかも、まったくもって記憶がない。かといって無視する理由は何もないので、どことなくぎこちない手つきで、オレは携帯を耳に当てた。

「……もしもし、瀬戸?」
「おう、霧野か!」

 紛れもなく瀬戸の声だ。電話でも変わらずよく響きすぎる声に、本人に悟られぬようそっと通話口を耳から引き離す。

「オレに電話なんて珍しいな、どうしたんだ?」
「今、神童は?」
「神童? 今は一緒に居ないが」
「良かった! ちょっと話があるんだけど、時間あるか?」
「ああ、いいよ。神童には聞かれたくないことなのか?」
「へへっ、まあな」

 声の調子から察するに、随分と楽しそうだ。瀬戸がわざわざオレに電話をかけてきてまで伝えたい用件とは、一体何なのだろう。彼女の上機嫌さも相まって、皆目、見当がつかない。
 早速尋ねようとしたところ、一瞬早く瀬戸が口を開いた。その内容は、事前に予測ができないどころか、聞いた後もなお信じられないものだった。

「し……神童と茜が、デートっ!?」

 オレの反応がまさに予想通りだったらしく、先程から絶え間なく聞こえていた瀬戸の笑い声が、一際高くなった気がした。

「そうそうそうそう! そうなんだよっ!」
「あいつ、そんなこと一言も……」
「ん、なんだ、親友の霧野にも言ってなかったのか? あいつも変なトコで女々しい奴だよなぁ」
「その話、本当なのか?」
「当然! なんたって、神童を焚き付けて茜をデートに誘わせたのは、他でもないあたしだからな!」

 何から何まで、仰天することばかりだ。確かに神童がここ最近茜のことを徐々に気にし始めていることは知っていた。しかし、あいつは話が恋愛になると途端に臆病になるし、茜は茜で、マネージャーという美味しい立場から「神サマ」をフィルムに収める現状に割と満足しているようだったから、二人の接近はまだまだ先のことのように思っていたのだが。

「あの膠着状態を破ったのか……凄いな……心からそう思う」
「ふふん、あたしが本気出せばこれぐらい余裕だっての! 今回は神童の方にも結構その気があったから、比較的やりやすいパターンだったしな」
「そう、なのか」

 男女の関係の仲立ちにおける難易度の違いなど、おそろしいまでに自分には縁遠い話なので、そんなつまらない反応しか出来なかった。ただ、瀬戸水鳥という人間の格がオレの中で大幅に上がったことは事実だ。あの奥手な神童にそこまでさせることが出来るなんて、尊敬に値する。

「まあ、あたしの輝かしい功績の話はひとまず置いといて。とにかく二人は、今週の日曜、11時に稲妻駅南口で待ち合わせてるらしい! あとは解るな?」
「……いや、全く」
「ったく、鈍い男はこれだから! 尾行だよ、尾行!」

 これまたオレには予想もつかないことを平然と言い出す瀬戸は、オレとはまるでタイプの違う人間なのだろう。同じタイプだと思ったことは一度もなかったが、今回の件で改めて、完全に、そう確信した。

「……二人の後を尾けるっていうのか? 悪いがオレは反対だ、そんなところ他人には見られたくないに決まってる」
「おいおい、どんだけ真面目ちゃんなんだよ。正論過ぎて面白くも何ともねーな」
「こんなときに面白さを期待するな」
「霧野もさ、もーちょっと自分に正直になった方が人生楽しいぞ? 神童と茜がどんなデートするのか、雷門サッカー部の人間なら興味ない筈ないだろ?」

 痛いところを突かれ、咄嗟に反論の言葉が思い浮かばなかった。流石は瀬戸水鳥、神童をその気にさせただけのことはあるようだ。オレ如きの心情なんて、きっと簡単にお見通しなのだろう。

「ちなみに言っておくが、この尾行の一番の目的は、あくまでも神童と茜のデートを円滑に進めることだからな。何かトラブルが起こったとき、あいつらだけじゃ多分何も出来 ない」
「ああ、そこは全面的に同意する」

 思わず即答してしまった。きっと神童は茜との慣れない二人きりの状況というだけで頭がいっぱいになるし、茜は常日頃から周囲に花を散らすあんな調子だ。そんな二人が初めてのデート中に乗り越えられる咄嗟のトラブルがあるなら、それこそ教えてもらいたい。

「もし何かあってデートが駄目になっちまったら、あたしが頑張った意味がなくなるし、何より茜が可哀相だからな」

 そう言う瀬戸の声のトーンは至って真剣で、瀬戸がいかに親友である茜のことを大切に思っているかが伝わってきた。

「そうか……オレはてっきり、お前は二人の様子が面白そうだからやるものだと誤解していた。勘違いして悪かった、瀬戸」
「解ってくれたんならいいって。それでだ、霧野は今週の日曜空いてるか? というよりまぁ、空けろ」

 友達思いだと見直したばかりだというのに、なんて口の聞き方だ。しかしオレが文句を言ったところで相手はどうせ聞き耳を持たないだろう。それに、空いてるか空いていないかと問われれば、空いているという事実は動かない。

「まあ、空いてないことはないが……」
「それじゃ決まりな! あたし達は念のため少し早めに行くぞ。そうだな……10時半に駅前にしとくか」
「本当にオレをその頭数に数えるのか? そういうのは、オレより空野の方が向いてると思うぞ」
「んー、それなんだが、葵はどうしても外せない用事があるらしくてな。……まあ、たとえ葵がいてもお前のことは誘ってたよ」
「そうなのか?」
「当たり前だろ! あたしとしても、神童のことよく知ってる霧野が来てくれれば、色々と頼もしいしな! つー訳で宜しく! 頼りにしてるぞ」

 ブツッ、ツー、ツー……。ひとしきり喋りたいことだけ喋って、瀬戸は此方に僅かな隙も与えることなく電話を切った。もっとも、今更何かの反論をする気もなかったし、取り立てて話しておきたいことも特になかったから、問題ないと言えばそうなのだが。

「にしても、頼りにしてる、か」

 女番長と名高い人物からまさかそんな言葉を投げ掛けられる日が来るとは、思いもしなかった。正直、悪い気がしないのは否定できない。

「……というか、これって、オレ達も……」

 導き出した結論を、最後まで口に出すことは何だか憚られた。意識した途端、急に落ち着かなくなってしまう。神童、茜、すまない。当日、とてもお前達二人のことにまで頭が回る気がしなくなってきた。
 今週の日曜、10時半。残された時間はあと僅か。それまでに出来ることといえば、瀬戸が気に入ってくれそうなメンズ・ファッションの下調べぐらいだろうか。



読んでくださって、ありがとうございます♪
拓茜がくっつけば、誰かしら雷門の男子と女子が意識しあうきっかけが増えると信じてやみません。
ところで、霧野の茜呼びは公式なんですが、どうしてなんでしょうね?書いていてどうにも違和感が否めなかった。

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