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宣戦布告(1)

 ボクの趣味は人間観察である。夕食が終わった後の自由時間は、複数の机やソファが置かれたミーティングルームで、情報収集も兼ねて皆と談笑していることが多い。彼らの得意分野はばらばらだから色々と面白い話も多いし、何より一番気に入っているのは、ボクのこの定位置だった。自分が座っている卓の話だけではなく、隣のテーブルで展開されている会話もよく聞こえる素晴らしい場所なのだ。人間観察の手がかりは多い方がいいから、その人がどんな風に会話するのかはかなり重要な資料になりうる。

 今日はたまたま男女でテーブルが分かれる形になり、ボクの座る卓を囲むのは、真名部君、瞬木君、井吹君、鉄角君、キャプテン。隣のテーブルには、野咲さんと森村さんが座っていた。
 さて、男子のテーブルの方は、比較的当たり障りがないというか、普段からよく話す話題ばかりで、取り立てて新しい情報は今晩のところは得られそうになかった。勿論全くの無利益ということではないし一応しっかり耳には入れ相槌も打っているけれども、隣の女子テーブルではどうやら恋愛話が展開されているらしく、ボクにとってはそちらの方が俄然興味深かったため、主にそちらに聞き耳を立てていた。

「ねえねえ好葉、あれ以来九坂とは何か進展あった?」

 興奮しきった様子で野咲さんが尋ねた。“あれ”というのは九坂君が試合中に森村さんに対して行った愛の告白ことで間違いないだろう。確かにあの一件は、なかなか衝撃的だった。あれはまだ地球上でサッカーをしていたときの話になるが、その後沢山のトンデモ事実が明らかにされてから宇宙に飛び立った今でも、本人たちの居ないところではときどき話題に挙がっている程だ。

「し、進展って……何もないよ」
「えーっ、残念。じゃあ好葉は九坂のこと何とも思ってないって訳? うううっ、あんな告白までしたのに……九坂が可哀想だわ」
「え、ええっ、そんな……何とも思ってない、訳じゃない……けど」

 位置関係的にボクから見えるのは、向こう側に座る野咲さんの顔とこちら側に座る森村さんの背中だった。その震える小さな背中から、森村さんの真っ赤になった表情は安易に想像できる。その反応を見ると、野咲さんは一転、ころっと笑顔になった。

「ってことは、脈ありなのね。なんていうか、あんなに情熱的で真っ直ぐな告白、今時ドラマでもそうそう無いわよ。九坂はそこまでしてくれたんだから、なるべく早めに気持ちを伝えてあげてね」

 野咲さんのこんなに優しい表情は初めて見た。我が子の成長を見守る母親のような微笑み。そんな彼女の新たな一面を、面白いと思う反面、素直に女性として魅力的だとも思う。ボクの知る野咲さくらの情報に、新たなページを追加しておかないと。

「はー、それにしても羨ましいわ。私も一度でいいからあんな告白されてみたいな」
「えっ? 野咲さん、モテそうなのに……」
「まぁね、告白されたことはそれなりにあるわよ。けど、大事なのは回数じゃないの。その告白がどれだけ心に響いたか、そこが一番重要なのよ!」
「……へ、へえ……」

 ぐっと握りこぶしを作って力説する野咲さんに、森村さんは曖昧な返事をして頷いた。同い年の女の子同士であっても、こういう分野の価値観はやはり大きく異なるようだ。確かに野咲さんと森村さんのタイプがまるで違うのは、一目で解るといえばそうなのだけれど。野咲さんは手元のコップから少量の水を飲むと、おもむろに語り出した。

「私がイライラした告白の例その1」
「そ、その1……?」

 唐突に語り出す野咲さんに対し、ボクと森村さんの思うところは同じだったらしい。これから一体いくつの告白体験が飛び出してくるのだろうか。片や此方のテーブルで、真名部君が考案したというディフェンスの戦術について男子一同と声を揃えて賛同する一方で、興味深くアンテナを張り巡らせておく。

「それはね、自分のことを卑下する男。“僕はこんなに駄目な奴で、女の子と付き合ったこともないし、自分に自信もないんだけど、君が好きだから付き合ってほしい”みたいな告白だったんだけど、これっておかしいと思わない? どこの世界に“この商品はどうしようもなく質が悪いんです、でもお願いだから買ってください”なんて宣伝つけるメーカーが居るって言うのよ」
「そ、そういう捕らえ方になる、んだ……?」
「ええ、そうよ。恋愛だって本質は営業と同じ、自分の魅力をいかに相手に解ってもらうかが勝負なの。それなのに、そんな大事な場面でどうして自分の悪いところばっかり言うのか私にはさっぱりだわ。勿論、丁重にお断りしました」

 なんて歯切れの良い体験談だろうか。週刊少年漫画の回想シーンにお馴染みの余計な要素なんてものは、一切排除された簡潔な説明だった。その内容に納得できるかはともかくとして、話を短く解りやすく纏めてくれるのは、騙し騙し盗み聞いているボクの立場からすれば非常に有難い。

「……っ、っ……!! えーと、ですね……それで、パターンCにおいて、はい、相手が攻め込んできたときの……あの、守り方ですが……その話は、今度にします」

 一方、少し気を抜いているうちに、此方のテーブルでは真名部君がいつのまにかすっかり覇気を失っていた。先程まで自信たっぷりに説明をしていたのが嘘のようだ。明らかに一番重要なところで無理矢理に話を終えようとしている彼の態度の急変ぶりには、当然、ボク以外の聞き手たちも不審さを感じ取らずにはいられなかった。

「おっ、おいおい、これからが大事なとこじゃねーか!」

 鉄角君が皆を代表して突っ込みを入れる。瞬木君、井吹君、キャプテンが似たような表情で同時に頷いた。

「い、いいんです、また今度必ず話しますからっ。……とにかく、ボクはもう部屋に戻りますっ」
「ふーん、まぁ止めはしねーけど。にしても、随分早く寝るんだな? ガリ勉は夜更かしには慣れてんじゃねーのかよ?」

 次は、棘のある一言に定評のある瞬木君が言う。いつもなら真名部君が細かいところにまで突っかかり、口喧嘩をするところなのだが――

「べ、別にいいでしょうたまには早く寝たって! ボクは疲れてるんですよ! ああもう、失礼しますっ」

 今の彼は、明らかに取り乱していた。どう見ても変だった。ボク達5人の視線を一手に引き受けながらも、そそくさとミーティングルームを去っていくその後姿は、なんと頼りないことだろう。

「どうしたのかなあ、真名部」
「さあ? 腹でも壊したんじゃねーのか」
「……なあ、あいつの態度……もしかして」
「なんだ、井吹?」
「いや……やっぱり、何でもない」

 いつになく歯切れの悪い井吹君。その様子を瞬木君、鉄角君、キャプテンはあまり深くは気にしていないようだったが、彼の視線が僅かに女子テーブルの方に動いた瞬間をボクは見逃さなかった。そして恐らく、彼の考えはボクの予想と一致しているであろう。
 さて、女子二人は真名部君が部屋から居なくなったことなどまるで気にしていない様子で、野咲さんが相変わらず軽快に話し続けている。今一度会話を再開するキャプテンたちには悟られないようにしながら、ボクはしっかり彼女の次なる体験談に聞き耳を立てた。




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