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無自覚・無意識・無鉄砲

 イナズマジャパンの試合前。各々の緊張感が入り混じるロッカールームの中に、不意にひょっこりと懐かしい顔が現れた。

「みんなーっ! 久しぶりだな!」

 特有の膨らみを持つ紅色の髪に、白縞の入った青い帽子。底抜けに明るい声色と、その男勝りな口調。これだけ揃った特徴を持つ人物なんて、彼女以外には有り得ない。

「塔子!」
「塔子さん!」

 選手たちが、マネージャーが、一斉に驚く。かつての仲間の登場に、それまで強張っていた場の空気が自ずと和らいだ。塔子の周りに集まり口々に声をかける者たちの中で、一際大きな歓声を上げ、皆が一番知りたがっているであろうことを率直に尋ねたのは、春奈だった。

「お久しぶりです、塔子さん! それに、SPフィクサーズの皆さんも! どうされたんですか?」
「元気そうだな、音無! 今日はパパからスタジアム内の警備を任されて来たんだ。皆が試合に集中できるよう、あたし達がしっかり警備しとくからな」
「まあ、そうだったの。すっかりSPフィクサーズのリーダーね、塔子さん」
「アキーっ、久しぶり! アキもすっかり、日本代表のマネージャーって感じだな!」
「頼りにしてるぞ、塔子」
「任せてよ円堂っ! SPフィクサーズの本領発揮だ!」

 塔子がそう言うと、彼女の背後から舞やスミスといった雷門イレブンにとっても幾らか面識のある人物たちが現れ、軽く会釈した。飛鷹、虎丸、冬花など新入りの者たちは、突然の黒スーツ集団の登場、しかもその集団を率いる少女が円堂たちと旧知の仲であるという事実に戸惑いを隠せない。
 そんな騒がしさの中で、イナズマジャパンの中でも頭一つ抜けて背の大きい綱海がひょいと首を出した。

「はー。こりゃー、驚いたな」
「ん? ああそっか、綱海は知らなかったっけ。あたしがSPだってこと」
「一応話は聞いてたけどよ、いまいち実感が湧かなかったんだ。けどいざこの目で見ちまうと、もう認めちまうしかねーなあ」
「へへ、そーだろ?」

 歯を見せて少年のような笑顔を浮かべる塔子は、久々にSPの任務に就くにあたり、黒のスーツを身に纏っていた。綱海にとってスーツ姿の塔子を見るのはこれが初めてである。イナズマキャラバンに乗っていたときは、何も彼女に限った話ではないが、一日中ユニフォームやジャージを着ていることが多かった。それに彼女は私服のときであっても、動きやすさ最優先で着る服を選んでいた印象が強い。その塔子がかっちりとしたスーツを身に着け、またそれが意外にもなかなか似合っていたものだから、綱海は思わず感心し何度も頷いた。その反応に満足したらしい塔子は、誇らしげに胸を張る。

「とにかく今日はあたし達がスタジアムを守るからさ、綱海たちは思いっきり戦って来てよ!」
「おうよ、言われるまでもねえさ。……ん、待てよ。何かおかしくねーか?」

 景気よく返答したかと思えば、綱海は顎に手を当てて何やら考え込み始めた。この男ほど考え込む姿が似合わない者もそうそういない。何だか居心地が悪くなって、塔子は茶化すようにして言った。

「な、何だよ」
「なあ塔子、SPってのはあれだろ。詳しくは解んねーけど、お偉いさん方の護衛集団みたいなモンだよな」
「? うん、そうだけど……」

 SPはセキュリティ・ポリスの略であり、日本語で言えば要人警護官に該当する。そんなことは、本職の塔子にとっては、骨の髄まで沁みついた知識である。

「じゃあよ、その護衛のことは誰が守ってくれるんだ?」
「は?」
「お偉いさんは狙われやすいから護衛がつくんだろ? そしたら今度はその護衛が危なくなる訳だ。もしお前の身に何かあったらどうするんだよ?」
「……そ、そんなの、」

 考えたこともなかった。綱海の中では当然のように浮かんだ疑問であったが、塔子の頭にはそんな発想はまるっきり無かった。自分のことを“守られる側”だと思っている奴がいるなんて、そんなことある訳がない。突然の出来事に、頭がごちゃごちゃになって、塔子は思わず強気で言い返した。

「じっ……自分の身ぐらい自分で守れるよ! あたしは、ほかでもないパパに認めてもらったプロなんだぞ!?」
「そりゃそうかもしんねーけど、でも危ないことに変わりはねーだろ」

 対する綱海はいたって冷静だ。塔子の短気な物言いに怒ることもなく、ただ冷静に、彼女の身を案じているだけだ。それがよりいっそう塔子の琴線に触れて、ますます彼女は後に退けなくなる。

「……っああもう、何なんだよさっきから! 女のあたしがSPなのがそんなに気に食わないって言うのかっ!?」
「誰もそんなこと言ってねーだろうが。むしろ、女だからこそだ。オレがお前のことを心配して、何がいけないんだよ」
「だから、その心配が要らないって言ってるんだ!!」
「んなこと言われたって、心配なもんは心配なんだから仕方ねーだろ」

 歯軋りをしながら綱海を睨みつける塔子。眉を潜めて口を窄める綱海。一歩も退かない両者のやり取りだったが、試合開始時間が迫っているのもあり、先程から塔子の後ろで何やらそわそわしていた不知火舞が、いやに思い切りのいい助け舟を出した。

「それでしたら、綱海様がSPフィクサーズの一員になるというのはいかがですか?」
「! っえ、ちょっと舞姉!?」
「SP……? オレが?」
「はい」

 嬉しそうに頷く舞。金色の髪が黒いスーツに鮮やかに映えるSPフィクサーズきっての美女が出した独断での妙案は、他のメンバーたちにさっそく波紋を呼んでいた。

「お、おい舞! 総理に何の相談もしないで、そんなこと言うもんじゃないぞ」
「あら、彼はイナズマジャパンの優秀なディフェンダーで、塔子様のご友人よ? 財前総理ならきっと歓迎してくださるわ」
「それは、そうかもしれないが……」

 突拍子もない展開に、スミスは戸惑い、言いよどんだ。総理の件に関しては、誠に悔しいが舞の言う通りだろう。結果的には不本意ながらも言いくるめられた形になる。だが彼とてこれぐらいで降参する訳にはいかず、すぐに別の切り口から反論を繰り出した。

「第一、彼には彼の都合が、人生があるだろう! SPの任務には命の危険を伴うことも珍しくない、人に言われてハイそうですかとなるもんじゃ……」
「……なるほど! オレがSPフィクサーズに入れば、直々に塔子を守ってやれるってことか!」

この上なく狼狽しているスミスとは対照的に、澄みきった表情でいるのは綱海である。

「その通りです。そうなれば、今のように塔子お嬢様の身を案じる必要もございません。貴方のような方が居てくだされば、我々としても心強いですし……」
「ちょ、ちょっと待ってよ舞姉! 何でそんな話に……」
「よーし乗った! FFIで優勝したら、オレはすぐにSPフィクサーズに入るぜ!」
「その意気です、綱海様!」

 意気揚々と宣言する綱海に向かって、舞は輝く笑顔で頷いた。ぽかんと口を開けるイナズマジャパンの人々と、めくるめく超次元展開に頭を抱える塔子。

「あああああもう……! 綱海も綱海だ! そんな簡単に就職先決めていいのかよ!? お前一生SPやるって本気で言ってんのかっ!? サッカーはどうすんだよ!?」
「どんな職業に就いたって、サッカーは続けるに決まってるだろ? 現にお前だって立派に両立してるしな。それに、SPフィクサーズの人たちも、結構サッカー上手いって聞いたぜ」
「そ、それは……そうだけど」
「あのなあ塔子、人生いつだってノリだよノリ! お前のこと心配してばっかの一生よりも、お前を傍で守っていく一生の方がずっと気楽じゃねーか」
「あーもうっ……!! 勝手にしろよな!」

 そう言い残すとフンと顔を背けて、塔子はロッカールームを出て行ってしまった。すっかり上機嫌な舞と、はらはらしているスミス、どよめくSPの者たちが続いて退散していく。残されたイナズマジャパンの全員は、時を同じくして同じことを思っていた。

(こいつ……どさくさに紛れてプロポーズしやがった)

 当の本人は、呑気に沖縄民謡のような音程の歌を、実に楽しそうに口ずさんでいた。



読んでくださって、ありがとうございます♪
綱海から塔子への想いはとことん無自覚だといいなあ。焦ったり、やきもきしたりする綱海さんってあんまり想像できないのです。

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