main | ナノ


-----main-----



最後の嘘は優しい嘘でした(2)

 待ち焦がれた、七年来の再会。
 神々しささえも感じられるその立ち姿に、デイダラはただ見惚れる。次いで、呼吸を忘れる。体は慌てて酸素を欲するが、心はヒナタという存在の全身での享受を欲してやまない。故に呼吸活動が行えなくて、数十秒間ヒナタを崇めるように見つめていたデイダラは、やがてひどく咳き込みだした。

「……風邪? にしては、ひどい咳」
「ごほっ……あ、だ、大丈夫だ……げほ、ぐ、ぅっ……!!」
「お水、要る?」

 尋常でない咳き込み方のデイダラに対し、彼女は思わずそう言った。それはヒナタにとっては人として当然のことでも、デイダラにとっては人生におけるまたとない至福。日向ヒナタが自分の体を気遣ってくれている。その事実にただ打ち震えるばかりで、余計咳き込みがひどくなる。だけど、苦しくない。それどころか、もっともっと、心配して欲しい。

「……ねえ、もしかしてわざと?」
「っ!」

 どこか厳しい声音で言われて、反射的にデイダラの息が詰まった。誓って故意の咳という訳ではなかったのだが、この最悪のタイミングで止まってしまった以上、もうどんな言い訳も通用しないと思っていいだろう。

「……心配して損した」

 呆れた、という感情を微塵も包み隠さずにきつい目線でデイダラを突き刺すヒナタ。だがそれすらも至上の快感にしか思えなくなって、いよいよデイダラは自らがいかにこの生きた芸術的美少女の虜であるかを知ることになる。

「……なあ、ヒナタ」
「ん」

 デイダラに差し出すために持ってきたコップの水を自身で飲みながら、ヒナタは声というより喉から生じる音で返事をした。

「本当に、ほんっっっとうに、暁に入ってくれる気は無いのか?」
「無いよ」
「あそこまで刺激的な集団は他には無い。断言する」
「うん。10人もS級犯罪者が集まってるんだから、そうだろうね」
「世界の全てを手に入れられるんだぞ? お前の嫌いな奴らを、一人残らず殺すことだって出来る。難なら殺さずに一生奴隷として生かしておくことだって出来る。拷問を受け続けても死なない体にすることだって、――」
「何を言われても、木ノ葉を裏切るつもりは無い」

 空になったコップをカツンとテーブルに置くと同時に、ヒナタはデイダラの言葉を振り切ってそう告げた。明るい室内で堂々と現れた彼女の凛々しい表情に、デイダラは釘付けになる。
 どうして、この人はこんなにも美しいのか。どうしてこんなにも美しいのに、己の手中に落ちてはくれないのか。

「あなた達の仲間になるつもりが無い、のではないの。木ノ葉を裏切るつもりが無いの。あなたがその組織に類稀なる芸術性を感じ、様々なインスピレーションを受けたこと、それ自体を否定する気なんてない」
「“暁”に魅力を感じない、のが理由じゃねーってことか?」
「そう、それ以前の問題ということ。だから私ほど誘い甲斐のない人間なんて、そうそう居ないよ。ペインさんもあなたも、本当に物好き」
「……物好きと言われようが、知ったことじゃねーよ。オイラはただ……」

 そう言いながら、デイダラは“しゅん”という音が聞こえてくるかのようなオーバーな仕草で、頭を垂れた。しかしそれが決して演技でないことはこれまでのデイダラの熱意によって既に十分に解っているから、流石の彼女であっても、それを見て感じるところが無い訳ではない。

「……ごめんなさい」

 正直な心情が、沈んだ声で打ち明けられた。彼女が心から他人に謝罪しているところなんて、“獣”の面々が見たら仰天必至である。
 デイダラはヒナタとの付き合いが決して長い訳ではないが、それが彼女にとってどれだけの意味を含んだものかを察することぐらいはできた。だからこそ――けじめを、付けた。

「……もーいい、止めだ。芸術家としちゃ恥ずかしいけどな、オイラ、これ以上の売り文句は持ってねー。アンタの勧誘からはもう手を引く。アホリーダーにもそう伝えといてやるよ」
「……、ありがとう」
「だーかーらー、そんな顔すんな! アンタを諦めたオイラの方が、根性なしみてーじゃねーか」
「……そうだね。それについての否定を、私自身もちゃんと態度で表さなければいけない」

 ヒナタは一瞬俯いたかと思うと、またいつもの厳しい無表情に戻って顔を上げた。デイダラはそれを見て満足げに微笑むと、静かに印を結んで、お馴染みの巨大な鳥の像を呼び出した。

「素敵な鳥。あなたの作品?」
「当然だろ! 自信作だ、うん」
「もう行くの?」
「ああ。……、元気でな、ヒナタ」
「あなたも」

 ヒナタの言葉にしっかりと頷いた主人を確認して、デイダラを乗せた鳥は音も無く飛び去っていった。

 ヒナタの暁入りを諦めた本当の理由を、デイダラは決して言わなかった。
 “自分には木ノ葉を裏切れない”、そう告げたときの彼女の表情が、これまでで一番、気高く美しかったから。日向ヒナタが最も芸術的価値において高くいられる場所は、ほかでもない木ノ葉の里なのだと、そのとき気づいたのだ。
 彼女がそこで最高の芸術性を抱いてくれているのなら、デイダラにとっても、それが一番幸せだ。自分にとって彼女こそが世界一の女だと、胸を張って全人類に宣言できる。その事実だけで、不思議と心が満たされた。

 鳥に飛び乗り、深い森を猛スピードで抜けていく。この風当たりならきっと、流した涙もすぐに乾いてくれる。そう信じて、デイダラはただひたすら、ヒナタのことを想った。



読んでくださってありがとうございました♪
最後のデイダラはちょっと男前過ぎる。キャラ崩壊です。断言。
まあでも、私の書くデイダラは基本お馬鹿すぎるので、これで少しは釣り合いがとれたかもしれません(笑)


←前の作品 | →次の作品


トップ : (忍者) | (稲妻) | (スレ) | (自転車) | (その他) | (夢)

いろは唄トップ
×
- ナノ -