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贈り出した言葉

 放課後の練習も無事に終わり、カバンを提げて風丸たちと一緒に帰ろうとする円堂。その円堂を、どこか緊張している声が引きとめた。

「円堂君、待って……!」
「ん?」

 円堂は振り向く。もう外は暗くて、頼るものは僅かしかない明かりのみだったが、その相手が自分のよく見知った人物であることはすぐに解った。

「アキ? どうしたんだ?」

 特徴的な前髪を揺らしながら、円堂は彼女――木野秋に小走りで近づいていく。

「あっ、あのね円堂君。円堂君がっ、練習で疲れてるのは知ってるの。だから、手短に話すからっ、その……!」

 今までに見たことないぐらい、慌てふためいている秋。いつも穏やかに笑っていることの多い秋であるから、ここまで余裕のない様子の彼女を見るのは初めてで、円堂は思わず吹き出してしまった。

「ははっ、おいおいアキ、何言ってるか全然解んないぞ」
「ふぁ、あ……ごめんねっ、ついっ、あ、あ、焦っちゃって……」

 間近で見れば、秋の顔は真っ赤だった。その優しげな両の瞳は、決して円堂をまっすぐ見ようとはしない。震える手で胸元のリボンに触れながら、秋は目を泳がせている。

「……焦る? 焦るって、どういうことだ?」
「だ、だから、それは……っ」

 その核心を彼に伝えることは、大変な勇気が要る行動。秋にはまだその準備が出来ていない。言おうとすれば言おうとするほど、喉がぎゅうっと締め付けられるようで。

「円堂、何してるんだ?」

 そんなとき、ひょっこりとその場に現れたのは、空色のポニーテールを左右に揺らす風丸一郎太であった。

「あ、風丸。なんかさ、アキが話したいことがあるみたいなんだ。悪いんだけど、先に帰っててくれないか?」
「木野が?」

 風丸はその橙色の瞳を秋に向ける。それに応じて、秋は申し訳なさそうに風丸を見た。

「か、風丸君。ごめんね、本当ごめん……」
「あ、いや、オレは全然いいんだけど。……ん? あぁ、そうか。そういうことかっ」

 何かを察したように、風丸は双眸をきらりと光らせた。

「何が解ったんだ、風丸?」

 円堂は心底不思議そうに風丸にそう言った。解ったも何も、この状況から察せられることはただ一つ。円堂の方が鈍すぎるのだ。ましてや、風丸は円堂や秋とは長い付き合い。彼女の気持ちなど、とうの昔から気づいている。

「ああ、まあな。……おいおい木野、そんな顔するなよ。オレが言う訳ないじゃないか」

 命乞いでもしかねないような必死すぎる秋の眼差しに、風丸は思わず笑ってしまった。

「……何だ、それ。風丸はアキが何を言いたいのか分かるのかよ? オレだけ仲間外れじゃんか。そんなの無しだろー」

 不機嫌そうに低く呟く円堂。塩をかけられた青菜のように、前髪がしょんぼりと元気をなくしている。

「そう言うなよ、円堂。お前もすぐ木野から聞くことになるさ。じゃあ、頑張れよ!」

 サラサラの長髪を華麗になびかせながら、風丸は素早くその場を去っていった。

「もう、風丸君ったら……」

 そう言う秋の頬は少し膨らんでいるが、その表情にはいつもの明るさが戻っている。今なら、言える。秋はそう確信した。

「それでアキ、話って?」

 不思議そうに丸くなる瞳に、確かに自分の姿が映っているのを確認して、彼女はにっこりと笑う。

「円堂君。私……私ね、ずっと、あなたのことが好きだったの」

 秋はあえて、ストレートな言葉を選んだ。どうか、曲がることなく、真っ直ぐに届いて欲しいから。自分が円堂をどう思っているか。どれほど、どれほどまでに、愛しく思っているか。

 それを口に出した瞬間の快さといったら、何だろう。言葉では上手く言い表せないけれど、秋は凄く心地良くなった。甘酸っぱい感情、とはこういうことを言うのだろう。ああ、迷っていたけど、やっぱり素直に伝えてよかった。

 告白において大切なのは、返ってくる言葉じゃなくて、贈ってあげる言葉。

 目の前で目を白黒させている円堂の姿が面白くて、秋は思わずくすくすと笑った。




読んでくださってありがとうございます♪
ここで前編が終わります。風丸は、円堂との付き合いが長い=秋とも付き合いが長いので、このポジションに一番適任だと思いました。


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