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別れを飾る青空

「……別れて、欲しい」

 いかにも切り出しづらそうに、しかしそれでも明瞭に、小鳥遊はそう口にした。

 暫くの間、頭がフリーズする。それは電子機器等によく起こる“フリーズ”のことだが、ある意味“凍っている”という原義による解釈も正しいかもしれない。否、そんなことは今現在、果てしなくどうでもいい訳で。

 ちょっと待て。今日は佐久間が待ちに待っていた、小鳥遊とのデートの日だったはずだ。柄にもなくお洒落して、綺麗だと前に彼女が褒めてくれた水色の髪を鏡の前で延々と整えたりもして。ランチの予約もばっちり取ったし、小鳥遊だってちゃんと遅れずに彼女の自宅からはそれなりの距離がある駅前まで時間通りに来てくれた。だからこれからデートを満喫できると、彼女と二人で目一杯楽しい時間を過ごせると、喜んだばかりなのに。

「……え、」
「だから……別れて欲しいの」

 小鳥遊は佐久間の左眼の、更にその奥を見つめた。いよいよ彼女の言っている言葉の意味が一つに絞られる。ぐらり、ぐらり。視界が歪んで、ぐるぐる回る。気持ち悪い。吐き気がしてきた。

 どうして?――心に浮かんだ強い問いかけが顔に出ていたのだろうか、小鳥遊は佐久間の表情を見るなり言った。

「……アンタのこと、嫌いな訳じゃないんだ、ホント。今でも、付き合ってきた男たちの中で、一番良い奴だと思ってる」
「っ、じゃあ……」
「でも、ごめん」

 刹那、ピンク色の髪が上下に動いた。佐久間は目を瞠ると同時に、自分の目を疑う。あれほどまでにプライドの高い小鳥遊忍が、人に向かって頭を下げているのだ。

「……!? 小鳥遊……っ」
「……許してくれるまで謝る。他の男ならまだしも、アンタには、それぐらいしなきゃって思うから」
「ひとまずっ、顔を上げてくれ……! 全く、話が掴めない」
「……ごめん。そうだよね」

 やけに落ち着いた声音で言いながら、小鳥遊は一旦姿勢を戻す。目に入るのは、これ以上ないぐらいに戸惑い、慌てている佐久間。

「……オレが、何かしたのか? お前を怒らせるような……」
「違うの、アンタは何も悪くない。悪いのは全部あたし」
「わ、解りやすく言ってくれ」

佐久間は少しずつ、少しずつ現実を受け入れようと努めていた。背中から大量の汗が噴き出し、冷たい水となって背筋を凍らせていく。その様を暫し見つめていたものの、申し訳なさそうに顔を背ける小鳥遊。

「好きな奴が、出来たの」

 ぽつんと、発する。時が止まった。

「初めて、本気で好きになれた。……だからもう、そいつ以外の男とは、皆……」

 佐久間は途中で切れた小鳥遊の言葉を聞きながら、自分が小鳥遊忍に告白し、それを彼女が承諾したときのことをぼんやり思い出していた。“彼氏の一人でいいなら”、という条件付きで恋人関係が成立した。この時点で、そもそもおかしかったのだ。ひょっとすれば、こうなることは、既に決まっていたのかもしれない。佐久間はそこまで考えが及ばない程愚かな男ではなかったが、小鳥遊への想いが何よりも強かった。

 何度かデートもした。映画にも、遊園地にも、水族館にも行った。一日中、二人きりでサッカーの練習をしたことだってある。それなりのスキンシップはあったし、他の男ならともかく決して欲深な性格でない佐久間にとっては、満足のいく関係だった。

「あー、何ていうのかな……改めて口に出すと、ほんとに最低だ。あたしが男だったら、たぶん殴って無理矢理犯してるところ」
「っ!? お、オレはそんなこと、考えてないぞ……!」

 否定すべきワードの登場に、慌ててその気がないことを告げる佐久間。そんな彼を見て、小鳥遊は申し訳なさそうに笑う。

「優しいからね、アンタは。どうしてアンタに惚れなかったんだろう」
「お前の好きな男は……優しくないのか?」
「もう、ぜんっぜん。おまけにメンタル弱いし、頭も悪くて、その癖プライドばっかり高いのよ。しかも間抜け面! ……アンタみたいに強くて優しい美男子とは、大違い」

 そう言って苦笑する小鳥遊。しかし彼女の瞳の奥には、そんなどうしようもない男を、たまらなく愛しく想う気持ちが十二分に見て取れた。それはきっと、自分が小鳥遊を想うのと同じぐらい、いやそれ以上に、純粋で儚く、切ない恋心。佐久間が小鳥遊以外の女のことなど考えられないのと同様、小鳥遊も彼以外の男と一緒に居ることは最早できないのであろう。

「そいつのこと……好き、なんだな。本当に」
「……あんな奴に惚れるなんて、悔しいけどね」
「オレの知ってる奴か?」
「よくご存知の筈よ」

 となると、源田か。いや、彼はまだ小鳥遊と恋愛するには、いくらか知識や経験が足りないだろう。……ならば成神? 確かにあいつならいかにも年上好みそうだし、何だかんだ言って姉御気質な小鳥遊との相性は良いように見える。

「それって、成神じゃないか?」
「成神? ハハッ、全然違うよ。あいつのどこが間抜け面? まだ一年なのに、頼り甲斐のある良い面構えじゃない」

 高らかに笑う小鳥遊。どうやら、掠ってすらいないらしい。

「アンタや成神なんかとは比べ物にならないぐらい、アホ面のどうしようもない馬鹿よ。間違いなく、チームで一番嫌な奴。一番の嫌われ者。……ここまで言えば、賢いアンタなら解る?」

 そう言いつつ、小鳥遊は切れ長の目をゆっくり細め、艶やかな視線で佐久間を見つめる。彼女のそういった仕草に、いまだ胸の高鳴りを抑えきれないのは紛れもない事実だった。だが、これはもう叶わない恋。良い男とは、愛した女の幸せの為なら――潔く身を引くことも出来なくてはならないのだとか、誰かが言っていた。

「……不動、か」
「ご名答。なんか、はっきり口に出されると……照れるわ」
「今更だな」
「ホントよね」

 ふうっ、と軽く息をついて小鳥遊は空を見上げる。それにつられて、佐久間も顔を上げた。目に入るのは、泣けるぐらいに青一色の空。だが不思議と、今の複雑な自分の気持ちとリンクしている部分も見えた気がした。

「幸せにしてもらえ。絶対、だぞ」
「……ありがとう、佐久間」

 それは、付き合い始める前の頃の呼び名。きっとこれからはもう、彼女が佐久間のことを名前で呼ぶことは無いのだろう。それでも、彼女の頬を伝う雫を見て、佐久間は小鳥遊から今までの自分の好意に対する見返りを貰った気持ちでいた。




読んでくださりありがとうございました♪
佐久間×小鳥遊、なかなか見ないCPですが相性良いと思うんです。真帝国×小鳥遊ちゃんはどれも美味しい。
といっても自分の本命がふどたかなので、結局それ前提のお話になっちゃいましたが…(笑)

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