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蝶はこの手を擦り抜けて

 火影直々に極秘任務の命を受けたヒナタは、指示通り大名の屋敷へ侵入し、指示通り指定された巻物を奪い、指示通りそれを木ノ葉の森の奥深くに封印して、無事任務を終えた。
 流れるような手つき。ミスの不安を微塵も感じさせないような、滲み出る自信。凛とした双眸。
――ああ、やはり、お前が欲しい。

「……人に見つからないよう隠れているのって、楽しい? 私は嫌い」

 暗闇に響く、ヒナタの静かな声。この空間には、彼女しか居ない筈。けれど、一秒と待たずに返事は返ってきた。

「これでも、オレなりには本気で気配を消していたのだが……流石だな。噂通りといったところか」

 ぱち、ぱち、ぱち。尊敬の念を込めた拍手を送りながら、物陰から一人の男が姿を現す。ちっとも驚く素振りも見せず、ヒナタは月光だけを頼りに、うっすらと目を細めていく。

「あなたの顔……何処かで見たことがある。その装束は、暁?」
「その通り。オレはその暁のリーダー、ペインという者だ」

 気づけば、ペインは一瞬のうちにヒナタのすぐ目の前まで迫ってきていた。ヒナタは咄嗟に身構えたが、彼に敵意がないことを第六感で察知し、静かに刀を下ろした。

「リーダーさんが直々、どうしたの? 自首しに来たのなら私ではお門違い。今なら無料で火影様のところまで案内するけど」
「……自首? 面白いことを言う。残念ながら違う用事だ。それに、伝えるべき相手も、火影ではなくお前だ」

 少しだけ口角を吊り上げるペインに、ヒナタはてんで無表情のまま。

「して、その用件とは?」
「うちの組織のメンバーに、お前をえらく気に入っている奴がいてな」
「それはどうも」
「……そいつが誰か、訊かないのか?」
「訊かない。興味がない」
「なら、此方からあえて明かすこともないだろう。……率直に言おう。日向ヒナタ、我々と手を組む気はないか」
「ない」

 聞いた傍から、この返事。誘ったペインの方が逆に清々しくなってしまうほど、少しの迷いもない明瞭な返答だった。そうこなくては張り合いがない、と言わんばかりにペインは満足げに口元を緩める。

「やはり、木ノ葉の敵にはなりたくないということか」
「違う。木ノ葉は大嫌い」

 早口で、吐き捨てるように言うヒナタ。一瞬、彼女の纏う雰囲気が、里に対するものと思われる激しい憎悪で満ち溢れた。が、すぐに戻る。

「ヒナタ。敵の敵は味方、という言葉もある」
「あぁ、あるね。有名な言葉だね。意味も知ってるよ。でも受け入れてはいない」

 彼女の言葉の節々には独特のアクセントがつき、よりいっそう刺々しく聞こえる。刹那、ペインはその強い語調に押され、自分が無意識のうちに半歩ほど後ずさっていることに気づいた。まっすぐ一直線にペインを見つめながら、ひたすらに自分の意志を目で語っているヒナタ。
 ――ああ、やっぱり彼女は、“強い”のだ。

「その目、輪廻眼だっけ。……見るのは初めてだけど、素敵だね」

 不意に、彼女は少しだけ視線の棘を和らげながら、言った。突拍子もない、褒め言葉。他の人物がこのタイミングでこう言えば、どう考えても不自然であり、ペインは不快に思うであろう。だが、彼女の掴みどころのない雰囲気の前では、何故か腹立たしく思えない。

「ああ、ありがとう。オレも割と気に入っている」
「だろうね。だってそれ、何でも見えるんでしょう? 過去からの因縁も、未来への足掛けも。名前通り、不規則な回転を続ける生命のサイクルを、永遠に見続けていられるんだろうね」

 気難しい言葉ばかりを用いる、気難しい少女だというのが、彼女についての専らの評判であった。だがしかし、ペインは彼女の言葉を素直に聞き入れ、結果その真意に辿り着くことができた。彼女は決して難しいことを言っているのではない。ただ、自分が持っていないもので他人が持っているものを、正直に羨んでいるだけなのだ。隣の子の持っている玩具の方がいいと泣き喚く幼児の感情と、根源は同じ。

 男なら誰でも振り返ってしまう程に美しい外見。ミステリアスな雰囲気と言動。それでいて、どこか幼さの残る性格。これだけ魅力的な要素が揃っていれば、男を惹きつけない訳がなかろう。ペインは納得した。

「ヒナタ。ますますお前が欲しくなったよ」
「誰かに欲してもらえること、求めてもらえること。それは決して嫌いではない。疎まれるより、蔑まれるより、捨てられるよりもずっといい。寧ろ――」

 ほとんど全て言っているようなものだが、本当の核心部分は間違っても言わないヒナタ。どうも彼女は素直になれない性格らしい。

「あなたのような人も、一概には言えないけれど、悪だとは思わない。辛かった経験を乗り越え、それを生かして、皆を救おうとする人。やり方はどうあれ、理念自体は……、良いと思う」

 人を褒めることにはあまり慣れていないらしいヒナタは、少し俯きがちに言った。

「でも、あなたは木ノ葉にとっては超が付く程の危険人物。極めて危ない人。何せ、暁のリーダー」
「だがお前は里が嫌いなんだろう?」
「勿論。だけど、嫌いであると同時に、木ノ葉の里はこの上なく守りたいもの。というより、守るべきもの」
「?」

 その発言の明らかな矛盾に戸惑い、ペインは続きを待った。

「里は嫌いだけど、里を守ろうと懸命に努力している彼らは好き。私は彼らの仲間。だから、嫌いな里でも命を懸けて守りたいと願える」

 淡々と喋る彼女の瞳には、いつしか強い光が宿っていた。美しく気高い、希望の輝き。そして彼女はゆっくりと、口元に弧を描いた。その“彼ら”のことを思いやってだろう、くすっと笑ってみせた。凄く、凄く、綺麗な笑顔。

「……やれやれ。流石は、木ノ葉の人間だ。仲間意識の強さが違う」

 ふうっと肩を落として、ペインは言った。

「これ以上勧誘しても、どうやら状況は変わらないらしいな」
「最初から、手を組む気などないと言った筈」
「ああ。……とんだ無駄足だった」

 口ではそう言いつつも、彼は晴れやかな表情を浮かべていた。

「お前が人材として惜しいことに変わりはないが、諦めよう」
「ん。そうした方がいい」

 まるで人事のように、ゆっくりと呟くヒナタ。ペインはそのまま、その場を去ろうとした。

「もし……」
「?」
「もし、私たちの行く道がいつか交わり……あるいはその道の上で衝突することがあったならば」
「……ヒナタ?」
「そのときはお互いの正義を信じて、悔いなく戦おう」

 ペインが振り向いた先にいたヒナタは、紛れもなく立派な一人の戦士の風貌をしていた。いったい彼女は何人の顔を持っているのかと若干苦笑しながらも、ペインはしっかりと頷いた。そしてそのまま、闇に溶けていった。



ペイン×or→ヒナタという訳ではないのですが、暁勧誘ネタは一度書いてみたかったので。
スレヒナのツンデレは本日も健在です。

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