永久に解けない魔法をかけて(1)
デイダラのヒナタとの出会いは、七年前――彼が暁に入る少し前――に遡る。
禁術に手を染め抜け忍となり、里の外れにある廃院で仏像を眺めながら充実した日々を送っていたデイダラ。起爆粘土を夢中でこねくり回していたある夜のこと、その存在は突然現れた。
「……あなたが、“デイダラ”?」
何の前触れもなく彼の後ろから聞こえてきたのは、微塵も飾らない、ありのままの女の声。幼い頃からその容姿により異性からもてはやされていたデイダラにとって、媚びていない女の声を聞いたのは久しぶりだった。
人の気配をまるで感じていなかったデイダラは身を強張らせ、咄嗟に振り返る。その澄んだ声の持ち主をいち早く知りたかったのと、突然の来訪者に向かって警戒心を剥き出しにしたのと――多分、両方だ。
「初めまして」
にこりともせずにその場に佇んでいたのは、デイダラより少し年下に思われる少女。切り揃えられた黒髪が風を受けて宙を舞い、繊細な色合いが見え隠れする白い瞳がデイダラを見つめる。腰に差した細い刀が月光を跳ね返し、彼女の恐ろしく整った顔立ちを照らしていた。
その刹那、デイダラは言葉を失った。持っていた粘土が床に落ちる。両手の舌も、だらしなく伸び切った。自分がそうしていることにすら気づかないデイダラは、背後から眩いほどの月光を受ける少女の姿から、ただ目を逸らさないでいる。
確かに自分の姿を見ているのにウンともスンとも返事をしないデイダラを訝しがり、ヒナタは少し眉をひそめて、再度問うた。
「もう一度訊く。あなたが“デイダラ”?」
彼女の薄桃色の唇から紡ぎ出された己の名に、デイダラの心臓が大きく脈打つ。
「……ああ、そうだ。アンタは?」
「雪兎」
「せつと……芸術的な響きだな。どんな字を書くんだ?」
「雪に兎」
あまり口を動かしたくないのだろうか、彼女の返答は的確すぎてすぐに終わってしまう。問いかけるデイダラの方は、それが口惜しくて仕方なかった。もっとその声を、言葉を、聞いていたいのに。
「ユキウサギ、か……アンタにはちょっと可愛すぎるな、うん」
「そんなのとっくに自覚済み。上に勝手に決められた」
「おっと勘違いするなよ、アンタが可愛くないって言ってんじゃねェ。アンタの魅力はそんな単純な言葉で表せるほど幼稚なもんじゃねェんだ。美しくて、儚くて、芸術的ってことだ」
「……? とりあえず、ありがとうと言っておく」
「特に今のアンタは最高だ! 色白なアンタには、暗闇や月光がよく映える。その綺麗な黒い髪もな、うん。突然すぎる登場の仕方も芸術的で良かったぜ。正直、今のアンタは此処にあるどの芸術作品を以てしても遠く及ばないような存在だ。芸術家としては恨めしいぐらいだが……そりゃアンタが生まれつき持ってる芸術性だ、恨んだって仕方ねェ」
早口でまくし立てるように、何度も何度も“芸術”と繰り返す。恍惚とした表情で持論を展開し続けるデイダラに対して、ヒナタは先程から少しも表情を変えず、冷え切った声で言い放った。
「あなた、もしかして変態?」
「……お、おっ……オイラ、マゾの気はないが、アンタにそう言われるのは悪い気しねェよ」
「……あぁ、そう」
流石のヒナタもどこかうんざりしたように溜息混じりに呟く。呆れられていることなど微塵も気にせず、デイダラは殊更ヒナタに魅入るように体を前に乗り出し、左目を隠すように垂れていた前髪をどけて両の眼で彼女の姿をしかと目蓋に焼き付けた。
「それでアンタ、何の用があって此処に来たんだ? オイラを探してたみたいだが」
「……あ、いけない、忘れてた。岩隠れの里上層部から言い渡された私の任務は、あなたの抹殺」
「抹殺ぅ?」
ヒナタもデイダラも、その単語の意味はこれ以上ないくらい解っているくせに、お互いまったくと言っていいほど戦闘体勢に入ろうとはしなかった。
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