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Nostalgic Holiday

 チーム・ユニコーンの貴重な休日に、一之瀬は昔よく遊んでいた公園に土門を誘った。一日中家でゴロゴロする予定だった土門だが、久しぶりに思い出に浸ってみるのも悪くないと思い、今に至る。

 快晴の空の下辿り着いた懐かしい公園は、あの頃と少しも変わっていなかった。全ての遊具に沢山の思い出が残っているから、二人の話は途切れることがなかった。次から次へと、温かいセピア色の記憶が蘇る。秋がしょっちゅう引っ掛かって転んでいたアスレチックの紐や、彼女が一番気に入っていた真っ赤なブランコ。次第に一之瀬と土門の口からはその名が出る回数が増え、話題の中心は彼女のことへと切り替わって行った。
 お互い、秋のことをなるべく口に出さないようにしている節はあった。好きな人が同じだから遠慮して、なんて単純な理由ではない。簡単に言ってしまえば、寂しくなるからだ。今は日本でイナズマジャパンを精一杯支えているであろう彼女に、会いたくなるからだ。二人の想いはいつだって本物だった。だからこそ、サッカーの練習を最も優先すべきである現在、彼女のことはなるべく考えないようにしていた。
 けれど今日の一之瀬と土門は不思議と、抵抗なく秋のことを話すことができた。今日だけは寂しがってもいい、恋しがってもいい、会いたいと嘆いてもいい。互いにそれを許し、また自分もそれを許されたかったのかもしれない。


「アキ、今頃どうしてるだろうな。円堂とあれから何か進展あったかな」

 二人が秋の話をするとき、円堂の名が出ることはもはや必然だった。ずっとずっと想い続けてきた少女が、選んだ少年。一之瀬だって土門だって、どれだけその場所に焦がれたことか。

「あの二人のことだから、多分何も変わってないんじゃないかな」

 からからと笑う一之瀬の、アメリカ育ちのディランにも負けない豪快な笑い方。そんな親友の笑い声に安心感を憶えながら、土門は公園近くの草原に横たわった。そして、草原に腰を下ろした状態の一之瀬を見上げるようにして言う。

「練習中とかはそうでもないんだけどさ、お前と二人で居るとやっぱ色々思い出しちまうな。主にアキのことだけど」
「ほんとベタ惚れだなあ、土門は。まあオレもだけど」
「おっと、西垣も忘れんなよ」

 そう言って、二人で笑い合う。昔に戻ったような気になった。

 二人がこうして笑っていたら、毎日のように“何か面白いことあったの?”と、秋が来て。それを秋に教えてやったら秋も輪に入って笑い出して。三人で笑ってたら、今度は西垣が来る。西垣だけちょっと家が遠いから、いつも彼は一足遅れて公園にやって来た。そうして、いつも四人で過ごした。四人で居ることが当たり前だった。幼いながらに幸せな日々だったと、今になっても思う。

「憶えてる? オレが雷門中に初めて行った日」

 一之瀬はどこか遠くを見るように、うっすらと目を細めて言った。土門にとっては忘れようもない日だ。死んだと思っていた一之瀬が生きていると聞かされ秋と空港に行ったものの誰もいなくて、やっぱり嘘だったんだと自分に言い聞かせて雷門中に戻ったら、そこに居た知らない少年がいきなり秋に抱きついて。何事かと憤慨した土門の目に飛び込んできたのは見覚えのある風貌。本当に、色んなことが起こり過ぎた一日だった。

「ったく、忘れようとしたって、忘れられねーよ」
「あはは、そっか。あのとき、土門より先にアキの顔が見えたんだよね。で、見た瞬間アキだって勿論すぐ解ったんだけど――っていうかだから抱きついたんだけど――びっくりした。凄く綺麗になってたから」

 綺麗、という言葉を同い年の女の子に対して中学生の少年が使うのはいささか不自然で気障過ぎるようにも思えるが、一之瀬の言い方はひどくナチュラルだった。だってあのとき一之瀬は本当に、木野秋という少女が世界中の誰よりも綺麗だと思えたのだから。

「多分、世間はアキの容姿に対してそこまでの評価は下さない。でもオレにとっては間違いなくアキが一番綺麗だ。一番可愛い。誰かを好きになるってこういうことなんだって、そのとき改めて感じた。どう転んでもその子が世界一可愛く思えるし、その子の言うことは全部格言に聞こえる。その子がそう思ってるってだけで、どんな物にでも絶対的な正当性が付随する。……そうやってアキは昔も今も、オレに色んなことを教えてくれるんだ」

 そこまで言い切って、一之瀬はようやく土門の顔を見た。どことなく憂いを帯びた、印象的な微笑を浮かべて。

「やっぱりオレ、アキのことが大好きだ。アキが好きなのはオレじゃないけど、それでもアキのこと好きで良かったって心から思える」

 応えるように、土門も眉間に皺を寄せて苦笑を作る。

「……ああ、気持ちは解るよ。でもそこまでカッコつけて言うなよな、聞いてる方が恥ずかしい」
「そうかな? オレはちっとも恥ずかしくないよ」
「そりゃそうだろうよ。オレとお前とじゃ人間の作りが違うんだ」

 土門は寝転んだままふてくされたように顔を逸らし、そのまま何かを求めるような動きで空に向かって手を伸ばす。

「オレもお前みたいに……いやお前ほどじゃなくてもいいから、もっと良い奴に生まれたかったな」
「良い奴?」
「お前がアキを好きなのはオレがアキを好きなのと同じぐらい、つまり今更諦められないほどだってことは知ってんだよ」
「? うん」

 今度は一之瀬が土門の話を聞く番だった。長年の付き合いでそこら辺はよく解っているから、一之瀬は何を尋ねることもなく土門の言葉を待つ。

「だからアキが円堂のこと好きだって知ったときも、多分オレと同じぐらい辛かったと思うんだ」
「勿論だよ。あれから一週間ぐらい、毎晩一人で泣いてたし」
「……マジかよ。じゃあオレより重症だな。オレ五日間」

 二人とも、あまりに爽やかな笑顔で言うから怖い。

「で、それがどうしたの?」
「オレと同じぐらい辛かったはずなのに、一之瀬はそれでもアキのことが好きで良かったって心から思えるんだろ? それが羨ましいんだ。オレはお前みたいに強い人間じゃないから。こんなことになるなら――ずっと昔から一緒に居たのに、突然の新しい登場人物に取られるぐらいなら――初めから好きにならなきゃ良かった、って……そう思う気持ちがうざったいぐらいに強くてさ、そんな自分が嫌になる」
「土門」

 目を丸くして、一之瀬はつぶやくようにして言った。自嘲するような苦笑いを浮かべながら、土門は続ける。

「勿論、円堂のことは良い奴だと思うし、アキがあいつを好きになる気持ちも解るんだ。むしろ、それがせめてもの救いってやつ。……だからこそ、ますます情けねーんだよな」
「……土門は、勘違いしてるよ。オレは土門が思ってるような完璧な人間じゃないし、土門だって自分が思ってるほどダメな奴じゃない」
「一之瀬?」

 不思議そうに一之瀬の方を見やる土門だが、一之瀬は土門の方を見てはいなかった。やっぱり、遠くを見ていた。一之瀬自身どこを見ているのかなんて知らない、そんな儚げな表情で。それだけで彼の言いたいことが何となく理解できたような気がして、土門は口の両端を吊り上げつつ溜息をついた。

「……いいか。すげー不謹慎なこと言うぞ」
「いいよ。何?」
「夏未ちゃん、早いとこ円堂キープしてくれりゃいいのになあ」

 暫しの沈黙があって、一之瀬はにっこり笑った。

「この際、塔子や音無でもいいよ」

 何だ、“秋の幸せを願う”みたいなことを気障に言っていたくせに、結局考えていることは同じじゃないか。土門は夕日に照らされた幼馴染の笑みを見ながら、思わず拍子抜けした。考えてみれば一之瀬と土門は似たような境遇で、同じスポーツを愛して生きてきた者たち同士であり、物の考え方にそこまで明確な違いなんて、今まであったことがない。何より、木野秋という少女へのそれぞれの惚れ込み方が尋常でないことなど、始めから解り切っていることだった。
 
 二人が笑い合っていると突然西方から突風が吹き荒れ、一之瀬と土門はその激しさに思わず目を瞑った。突風はすぐに止んだ。

「……今の、西風だったよね」
「……日本から遥々やってきたアキの怒りってか?」



読んでくださってありがとうございます♪
一之瀬と土門はお互いが最大の理解者だといい。二人とも秋にベタ惚れだともっといい。アメリカ幼馴染組可愛いです。
この話、台詞始まる前の導入部分(?)がなかなか気に入ってます。

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