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その存在には敵わない

 戦国時代から帰ってきてからというもの、貴方はそれまでより明らかに、上の空でいることが多くなりました。それは、いつも観察している私だけではなく、貴方のことなら人一倍鋭い霧野君だけでもなく、天馬君や信助君も気づかずにいられないほどの変わりようでした。タイムジャンプに行かなかった三国先輩たちも、勿論不思議がってはいたけれど、貴方本人にそれを問い詰めるようなことはしませんでした。先輩たちなりに、只事でないと感じ取り、気遣ってくれているのでしょう。
 常に品行方正で、僅かな気の緩みも他人に見せることのなかった貴方。そんな貴方が、場所を問わず、人の目を気にする余裕もなく、物思いに耽るようになった理由。一緒に戦国時代へタイムジャンプした私には、解るのです。これ以上ないぐらい認めたくないけれど、それでも、解ってしまうのです。
 貴方があの子に見せる笑顔は、嘘みたいに素直だったから。貴方があの子に聞かせた声は、嘘みたいに優しかったから。
 それまで私がずっと見つめてきた貴方だって、既にこれ以上ないぐらいに凛々しくて親切で素敵な殿方でした。ですが、あの子の隣にいるときの貴方は、もっともっと――それこそ、私が今まで見てきた貴方が本物だったのか疑わしくなるぐらいに、更に魅力的になられていました。そんな貴方を見ていると、悲しくて、切なくて、喉の奥の方が詰まるみたいに、痛くて堪らなかったのも事実です。それでもなお、私の心は、更なる力を纏った貴方の御姿に、どこまでも惹かれ続けました。他の女性に惹かれる貴方を見て惚れ直すだなんて、なんて愚かな女でしょうね。

 現在に帰ってきてから、貴方お手製のお弁当には、小さなお豆腐が毎日入るようになりました。それはきっと貴方なりの、あの子への愛情表現なのでしょう。どこまでも真面目で誠実で、本当に貴方らしいことです。真っ白な柔らかいお豆腐を食べる前、いつも泣きそうな顔で囁くように“いただきます”と言っていること。お団子頭の女の子を見つけると、今にも消え入りそうな表情でいつまでもその後姿を見つめていること。あの子からもらった重箱の包み布に、ときどき慈しむように手を触れていること。私は、ぜんぶ見ています。ぜんぶ知っているのです。

 放課後、誰も居ない教室の片隅で、ぼうっと窓の外を見やる貴方の姿を見つけました。あの子のことを想うその表情は、あまりに儚く、美しく、一瞬声をかけることを躊躇う程でした。それでも、その戸惑いを振り切るようにして、私は貴方の元へ歩み寄りました。そうして、なるべく驚かせないように、声を抑えて貴方に呼びかけます。

「……。神サマ」

 はっと顔を上げて此方を向いた貴方の表情の中に、あの子に注いでおられたのと同じ慈しみはありません。

「! 山菜……」

 呼んでくださる私の名前の中にも、あの子に向けられていたのと同じ情熱はありません。

「そろそろ、部活の時間です」
「……ああ、そうだな。探しに来てくれたのか」
「はい。居なかった、から」
「そうか。すまない、ありがとう」

 ゆっくり椅子から立ち上がり、私を目で促すようにして、一緒にサッカー棟に行こうと誘ってくださる貴方。喜んで、と言わんばかりに私は貴方の隣を陣取りました。堂々と駄々を捏ねられない子どもが仕方なく鬱憤を晴らすべく行う、悪あがきのようなものです。
 
 今こうして貴方の隣を歩けて、これからも何度だって貴方に名前を呼んでもらえる私と。二度とその姿を目にすることはできずとも、貴方の心の中で永遠に消えない存在になれたあの子と。いったい、どちらが、幸せなのでしょう。



読んでくださりありがとうございます♪
拓勝も拓茜も好きなんです、えへへ。茜ちゃんはこういう独白モノ似合いますね!


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