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夏の日差しに溶けた恋

 せっかく沖縄という絶好の場所に来てるんだし、たまには気晴らしに海水浴も悪くないよね。言い出しっぺは解らないが、イナズマキャラバンの中でそんな話が持ち上がった。世界の命運を賭けて戦っているとはいえ、彼らは紛れもなく中学生。東京では滅多に見られない綺麗な海を眺めているだけでは飽き足らず、泳ぎたい衝動に駆られるのは当たり前のことだった。幸い瞳子の了承も得ることができ、泳ぎたい者は泳ぎに行ってもいいことになった。
 その決定に特に沸いたのは一年生グループで、その中でも春奈の喜びようと言ったらもはや異常だった。底抜けに明るい性格の彼女のことだから、近頃の重々しい空気には嫌気がさして仕方なかったのだろう。しかし海水浴当日、彼女はキラキラ輝く太陽から自らの体を頑なに隠すように、岩陰で一人ぽつんと体育座りしていた。

「はーあ……」

 どうしてよりによって今日なのか。せめてあと一日遅く来てくれればよかったのに、と己の身体を恨まずにはいられない。昨日のぶっ飛んだハシャぎようと今日の沈みようを見る限り今は一人にしておいた方が良さそうだ、と秋と夏未はあえて彼女の視界に入らないところで泳ぐことにした。なお、鋭いリカも疎い塔子を引っ張って秋たちに続いた。

「いいなぁ、みんな……」

 楽しそうに水を掛け合う木暮や壁山を見ているとますます気分が落ち込むが、目はおのずとそちらに吸い寄せられていく。


「おう、居ないと思ったら、こんなところに居やがったのか」

 突如かけられた声に顔を上げれば、つい今しがた円堂たちと一緒にサーフィンをやっていたはずの綱海が立っている。ゴーグルを外して額に押し上げ、呆けた春奈の顔を再度確認すると、綱海は白い歯を見せて笑った。

「せっかくすぐそこに海があるってのに、こんな暗いとこで一人寂しく過ごすなんて勿体ねーぞ?」
「……綱海さんには、解らないですよ」

 ふてくされたようにぷいっと顔を背ける春奈。誰のせいでもないのだから、春奈のイライラは誰かにぶつけることで解消するそれとは性質がまるで異なる。だから放っておいてくれるのが一番いいのに。綱海の世話焼きな性格には極めて好意を持っていた春奈だったが、こういうときはつくづく嫌になる。すると今度は綱海の親切心を素直に受け止められない自分が、また嫌になる。ネガティブなループの完成。

「海水浴だけが海の魅力じゃねーんだぞ? 綺麗な貝殻を集めるだとか、波を静かに見つめるだとか……そうそう、目を瞑って波の音だけ聴くってのも良いんだよなー」
「放っといてください」

 勝手に海の魅力を語り始めて上機嫌になる綱海に、春奈は小さく、だがはっきりと言い放った。きょとんと目を丸くした綱海。怒った風は少しも無く、やがて何かを思いついたように、春奈の顔を覗き込んだ。

「なぁ、音無」
「……はい」
「お前、体がどっか痛かったり、調子悪かったりするか?」

 それはつまり遠まわしに生理痛のことを訊いているのだろう。あの綱海がそこまで気の回る男であるという事実に驚いたが、よくよく考えれば彼は自分より2つも年上なのだ。久々に実感した。黙って首を横に振る春奈。生理痛に関しては、これという重い症状が出たことは今までに一度もない。

「じゃ、どこ連れてっても平気だな」

 よし!と綱海は春奈の腕を掴んでぐいっと引っ張った。

「えっ、綱海さ……」
「来いよ」

 それまでより少しだけ低い声で呟かれたその3文字は、繰り返し春奈の耳に木霊した。吸い寄せられるように見上げた綱海の表情は太陽の光を受けて、髪から滴る水滴の反射に照らされて、その全てが見事に調和していて。綱海が海を愛するのと同じぐらい、海もまた綱海を愛している――そう確信せずにはいられなかった。
 これらは綱海条介という人間を作り出す上で必要不可欠なものなんだ。だからこそ、その全てが揃ったとき、こんなにもこの人は輝いて見えるんだ。そんな瞬間に出会ったのは生まれて初めてで、時が止まったかのような状態のままで居続ける春奈に、綱海は不思議そうな顔をして尋ねる。

「どーした、音無」
「へ? あ、な、何でもないです」
「今日はとことん付き合ってやるぜ。泳がなくても海はじゅーぶん楽しい場所だってこと、お前に教えてやるよ!」

 春奈が綱海の腕を引いて立ち上がると、そのまま彼は春奈ごと勢いよく岩陰を飛び出し、熱い日差しの下にその全身を晒した。いきなりの眩しさに半分も開かない目。それでも、目の前の“海の男”の笑顔を焼き付けるには、充分だった。



読んでくださってありがとうございます♪
立向居新技練習回を久々に見返してたら、春奈受け好きには色々とたまらん回だったなー、と。
お兄ちゃんっ子の春奈がみんなの兄貴分に惹かれていく展開おいしいよ。


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