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終わりを告げるプライド

「いいよ。彼氏の一人でいいなら」

お前のことが好きだ、付き合ってほしい――不動の決死の思いの告白に対し、ミルク味のアイスバーを舐めながら、別段驚きもせずに、小鳥遊はあっさりそう言い放った。最初の三文字を聞いて舞い上がっていた気持ちが、ゆっくりゆっくり沈下していったのが、不動自身、解った。

「おい、一人ってどういうことだ?」
「複数いる男の中の一人って意味。どーせ、そういうとこはプライド高いでしょ、アンタ。後で文句言われても困るし、予め言っとく」
「……オレ以外の奴とも、付き合うってことか?」
「っていうか、現在進行形で付き合ってんの。そいつらの中にアンタが入るかどうかって話よ。あたしは別にどっちでもいいから」

アイスを頬張る口は休むことなく、不動の精神を揺るがす言葉を投げかけ続ける。やはり食べるときには邪魔なのだろうか、鬱陶しそうに顔に垂れる髪を乱暴に横に避けた。

「……オレがそいつらの中で一番になったら、他の奴らと付き合わないっつーのは……」
「却下。何でアンタの方が条件出すのよ。付き合ってくださいって頭下げてるのはそっちでしょ」

心底不機嫌そうに眉を潜めて、不動のことを見つめる小鳥遊。ああ、こんな風に見られるのは嫌だ。彼女に嫌われたくない。自分でもびっくりするほど保守的かつ消極的な考えに、不動は失笑する。結局、妥協してしまった。

不動と小鳥遊が名目上の“恋人”になってから初めての、デート。その言葉は、恋人たちが一切の邪魔を許さないで二人だけで仲睦まじく過ごす大切な時間及びイベントを示す単語であり、思春期の少年少女にとっては魅惑の響きを持つ。やっとの思いでここまでこぎ付けたのに、やはり不動は素直に喜ぶことはできなかった。当然といえば当然だ。小鳥遊が自分と同じぐらいか、あるいはそれ以上に親密にしている男が何人もいると知った上で成り立っている、不安定きわまりない関係なのだから。

「食べないの?」

運ばれてきたばかりのパスタをくるくるとフォークに巻きつけながら、小鳥遊は不動の注文したハンバーグステーキを顎で示した。中学生の金銭感覚においては、昼食をファミレスで済ませるのもなかなかに辛いものがある。が、腹を決めて奮発した。

「うるせーな。今そういう気分じゃねーんだよ」

不動は文句を垂れながら、窓の外を眺めやった。目に付くカップルは腹立たしいぐらいに、誰も彼もが幸せそうに手を繋ぎ、談笑している。何もあそこまで小鳥遊とベタベタしたかった訳ではないが、やはりこの関係は不動が求めたそれよりは遥かにギクシャクしていた。念願のデートをしているというのに、冷水すら気持ちよく喉を通ってくれないなんて。

「それってファミレスに来といて言う台詞なの? まあいいけど、食べないなら、あたしが食べるから置いといて」
「……よく食う女だな。好きにしろ」
「えらく機嫌悪いね。何かあった?」
「お前が言うな、お前がっ」

不動は大人気なく歯をいーっと剥き出して、そのまま鼻息を荒くし、そっぽを向いた。一瞬呆気に取られていた小鳥遊だったが、やがてその一連の動作にプッと吹き出す。

「あはは、そんな顔もするんだ」
「……ケッ、一人だけ気分良さそうに笑いやがって」
「アンタがガキなのは知ってたけどさ、結構露骨なコトもやるのねー」

何だか訳もなく恥ずかしくなって、憎まれ口を叩いてやろうかと思ったときに、テーブルの上で小鳥遊の携帯が鳴った。ディスプレイに表示された名に自然と目が行ったが、不動が文字を視認するより早く小鳥遊がそれを開き、耳に当てた。不動に断りを入れることは勿論、一切の遠慮も見せないで小鳥遊は “誰か”からの電話に出た。

「何なの、いきなり電話しないでって言ったでしょ? ……映画? 行く訳ないじゃない、行ったとしてもあたし寝るだけだから」

不動はすぐに理解した。電話の相手は、恐らく小鳥遊にとって、自分と同じような立ち位置の男であることを。だが彼女が露骨に嫌そうな顔をしているあたり、不動よりもいくらか低い立場の男なのだろう。

「あー……悪いけど今忙しいの。うん」

そこで、小鳥遊は初めて不動に目を向ける。不動は意味もなく、心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。もしかしたら、これが修羅場というやつなのだろうか。修羅場というやつは、大した理由もないくせに、こんなに緊張していなければならないものなのか。

「……解った、後で掛け直す」

何食わぬ顔でそう言い放った小鳥遊は、乱暴な動作で通話を終えた。不動がかける言葉に迷っている最中、彼女は自分のジュースを掴んで、ストローが音を立て始めるまで強く吸い上げた。

「……あー、ムカつく。しつこいったらありゃしない、あの男。アンタはその辺、ストーカーじみた電話とかはして来なさそうだから安心できるわ」
「何でそんなのと付き合ってやがる? さっさと別れりゃ、電話も来ねーだろうが」
「勿論そのつもり。今日のうちにでもハッキリ話つけてくる」
「おーおー、頼もしいこった。オレもいつ言われることかねえ」

ふう、とわざとらしく溜息をついて不動は言った。余裕なしがバレバレなその態度に気づいたのか否か、小鳥遊は自然な流れに乗せて言葉を放った。

「ま、しばらくは心配ないんじゃない? アンタと一緒に居るのは別に嫌じゃないし。……あぁ、これ本音」

小鳥遊が軽やかに言い放ったその言葉に、不動は一人、電流の如き衝撃を感じた。居ても立ってもいられず、気がついたら、彼女の肩を強く引き寄せていた。

「っ、さっきからふざけたことばっか言いやがって、この女っ……! ……っ、後悔しても、知らねーぞ」
「ちょっ、どうし……んっ……」

強引とも呼べるような、むしろそうとしか呼べないようなキス。幸いその時間ファミレスにほとんど客はおらず、音もなく起こった二人の間の出来事に気づいた者は誰も居なかった。小鳥遊の唇は、想像していたものよりもずっと柔らかかった。好きな少女とこうすることができたのはとても嬉しいことではあったが、小鳥遊がそれについてどう思っているのか、あるいは他の男とのキスと比べて冷静に品定めしているのではないか、一旦そう考え始めると、怖いような気さえした。乱暴に唇を離す不動。初めての口づけは、複雑な味だった。動揺が悟られないよう不動は口元に手を当て、そっぽを向く。

「……不動……」
「文句なら聞かねェからな」
「……そうじゃ、なくて」

小鳥遊は不動に自分の方を向いて欲しいと、彼の袖を引っ張ってアピールした。不動は自ずとそちらに目をやる。そこには、まるで見たことのない小鳥遊忍がいた。赤らんだ頬。潤みを帯びた瞳。どこか照れ隠しのように、ピンク色の髪をいじる細い指。不動の方を見ないように、わざとずらした目線がやけに色っぽい。何と、いじらしい姿であることか。不動はごくりと息を呑み込んだ。これだ。こういう顔を見せて欲しかった。不動はまさしく、彼女とこういう関係になりたかったのだ。

「なんていうか、その……こんな気持ちになったの、……初めて」

不動の淡い期待は、小鳥遊の意味深な言葉によりいっそう煽られていった。そう呟く小鳥遊のそれが今まで散々男と遊んできた彼女の演技なのか、あるいはその本心から来たものなのか。それを判断できるほど不動は冷静ではなかったし、たとえ冷静であったとしても――経験があまりに乏しかった。



読んでくださりありがとうございますー!
中途半端な終わりになってしまいましたが、こんな感じのふどたかを愛しています。
ヘタレ不動とデレる小鳥遊がひたすら好きです。


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