新たな彩りを添えて
「ええええええっっ!? 茜さんって神童先輩のことが好きだったの!?」
始業前の教室に入るや否や、女子特有の高く大きな声が剣城の両耳を突き刺した。話に聞く二日酔いのように、頭がガンガンと痛む。これまで、剣城の周りにここまでの破壊力を伴う声の持ち主は居なかった。時空間移動の最中で唐突に登場した、この謎めいた少女を除いては。
「……っっ」
今なお後遺症のように痛む頭を押さえて目をやれば、人望厚いキャプテン天馬の周りには、信助、狩屋、影山、葵、そして黄名子。要するに、クラス関係なくサッカー部の剣城以外の一年生部員が、本来は天馬一人分の席である机の周りに全員集合しているという訳だ。朝からご苦労なことである。というか、どう考えても狭いだろ。
「え、黄名子知らなかったの!?」
「茜さん、いつもシン様シン様って言いながらカメラ向けてるわよ」
天馬と葵が、ぴったりのタイミングで黄名子に次々と続ける。流石は幼馴染だ。
「それぐらいは知ってるやんね! でも、そのシン様が神童先輩だってこと、何で皆解ったの? うちはてっきり、信助のことだと……」
「ぶっは!!!」
黄名子が大真面目な顔をして告げた内容に堪えきれず爆笑したのは狩屋である。それにつられて、皆が一斉に笑い出した。五人分の爆笑だ。言うまでもなく五月蝿い。
「なっ、何で笑うやんね!? 茜さんが信助を好きにならないって保証はどこにも無いでしょ! どっちもシンだし!」
「い、いくら何でもそれは無いって……!」
「かーりーやっ!! そんなの、信助に失礼……って、何で信助も笑ってるやんね!?」
「だって想像したら、おかしくってさあ……っ!」
教室の入り口で立ち止まっている剣城のところにまで会話が鮮明に聞こえてくるボリューム。あんな迷惑な連中に関わりたくないのは山々だが、あいにく剣城の席は天馬の真ん前だった。あの中の誰にも見つからずに、席に荷物だけそっと置いてすぐに立ち去るのは、人間の身体能力ではいささか難しすぎる所業といえる。
「あーっ、剣城! おはようやんね!」
そんなことを考えているうちに、呆気なく見つかってしまった。黄名子以外のメンバーもこちらに顔を向け、口々に挨拶してくる。はー、と溜め息をつきながら剣城は渋々その輪に加わった。すると隣に居た影山が嬉々として話しかけてきた。
「ねえ剣城君聞いてよ、黄名子ちゃんってさ、茜さんが……」
「全部聞こえてた」
「あ、そうなの?」
なーんだ、とでも言いたそうに影山は元から大きい瞳を更に大きく丸くした。
「剣城ってば、盗み聞き? 人が悪いやんね〜」
「聴いていたんじゃない、聞こえたんだ。漢字が違う」
楽しそうに肘を小突いてくる黄名子に、剣城は眉を潜めながらはっきりと答える。
「それにしても、茜さんが神童先輩のこと好きだってことを知らないサッカー部員が居るとは思わなかったよ」
「剣城も当然知ってたでしょ?」
天馬が言い、信助が続ける。本当に、中学生というものはどうしてどいつもこいつも色恋沙汰の話が好きなのだろうか。勝手に好きなだけなら構わないが、興味のない人間にまでそれを要求するのは勘弁願いたいものだ。だが、黄名子が横からあまりに真剣な顔で見つめてくるものだから、剣城もつい、意地悪してやりたくなった。
「知らない方がどうかしてるだろ。何せ本人に隠す気がまるでない」
そう言うと、黄名子はぷくうと頬を膨らませ、それ以外のメンバーはこれ見よがしにうんうんと頷く。いつのまにか、黄名子は雷門中サッカー部において、こんな感じの立ち位置が確定していた。
「もーっ! 剣城までそんな言い方して!」
黄名子が掴みかかってくるが、剣城はさらりとかわす。まるで体を張った漫才のような二人のやり取りはもはや日常茶飯事で、それを見て一年生たちはまた爆笑した。
「きいー!悔しいやんねー!!」
「あ、もうチャイム鳴るよ。黄名子ちゃん、帰ろう」
隣のクラスである黄名子と影山はあっという間に帰っていった。そうは言っても、どうせ次の休み時間になったら、すぐやってくるのだが。騒がしいのが居なくなったことでようやく自席に着けた剣城は、ほっと息をついたのも束の間、残りのメンバーがニヤニヤしながらこちらを見ていることに気がついた。
「……何だよ」
「それにしても黄名子って本当に鈍いよね」
「前途多難ってやつかなぁ」
「先が思いやられるわね」
「な、剣城君?」
絶妙のテンポで、それぞれ天馬、信助、葵、狩屋が続ける。明らかにわざと核心を避けている彼らの台詞は、何を言わんとしているのかさっぱり解らない。ただその言い方から、からかわれていることだけは確かだ。
「でもオレたち応援してるよ!」
「ボクも剣城に頑張ってほしいな」
「男の子たちだけじゃ頼りないでしょ?」
「ま、あのちびっ子なら競争率はそこまでじゃないだろ」
「――――っっ!!」
解った。解ってしまった。言葉の意味も、彼らがさっきから面白おかしく剣城をからかう理由も、全て。どうしてバレた、どうして気づかれた、どうしてどうしてどうして―――
「……剣城、顔真っ赤だよ」
天馬に言われて、ようやく我に返る。物珍しそうな四人の視線とかち合って、居ても立ってもいられなくてすぐに体を前に向け、机に突っ伏した。ああ、何てことだ。いくら何でも格好悪すぎる。
「あれでバレないと思ってたなら、剣城君も大概だな」
「黄名子ちゃんと一緒にいるときだけ明らかに表情が違うんだもの、すぐ解っちゃうわよ」
「この二人、何だかんだで似てるんだね」
「うんうん、ますます応援したくなるよ。まずはデートだね、授業終わったら剣城に早速提案してみよう」
今なお背中に四人分の好奇に満ち溢れた視線とヒソヒソ声を感じながら、剣城は50分後の情景を思い浮かべ、ぞっとした。
読んでくださってありがとうございました♪
私の中の基本的なイナゴ一年組及び京→黄の設定みたいなものです。
それまでいじられキャラとは程遠かった剣城が、黄名子の登場によって瞬く間に格好のネタキャラにされてたら幸せ。私が。
こいつらなんでこんな可愛いの……。
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