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気づいて、気づいて、気づかれて(4)

「あの事件が起こった後……円堂や皆は、あれは本心じゃない、お前は洗脳されてたんだ、って言ってオレを懸命に励ましてくれた。悪いのはあいつなんだ、お前のせいじゃない。そう言って許してくれた。……確かに、オレたちが研崎の手で洗脳されていたのは紛れもない事実だ。それは理解してる。けど、それでもまだ、オレは……どうしてもあのときの自分を許せないままでいるんだ」

 直接手を下したのは別の者であっても、意思を奪われ、最も憎むべき敵の手中に落ちるような心の隙間を作ってしまったのは、紛れもなく自分自身。その自分に責任が問われないはずは無く、ましてや、そのせいでほかでもない仲間たちに刃を向けた行為が、許されていい筈ないのだと、風丸は深長に告げた。冬花は、音を立てずに黙って聞いている。

「けど、円堂たちが心からオレを許してくれていて、オレの行いを咎めるつもりがこれっぽっちもないってことも、痛いぐらいに解ってた。そんな風に許してくれてる奴らの前で、これ見よがしに申し訳なさそうな顔するのも、子供じみてて情けないだろ。だから、何事もないように……それこそ、そんなこと忘れちまったよって笑いながら言ってのけるぐらいに能天気な仲間を、ずっと演じてたんだ」

 仲間たちがどれだけ許してくれていたとしても、それを自分自身が許せなければどうしようもない。風丸は人知れず自責の念に苛まれながらも、それを周りに悟らせまいと必死で振る舞いながら、円堂たちの傍に居続けた。冬花の目に映った寂しそうな表情は、彼のそういった後ろ暗い感情に端を発するものだったに違いない。だからこそ、その負い目を感じない冬花に対しては、心から笑いかけることが出来たのである。冬花は、解らなかった空白の部分に、一つ一つピースが嵌められていくのを感じた。

「風丸、君……」
「誰にもバレてないって思ってた。……けど、久遠には全部お見通しだったって訳だ」

 視線を前に据えたまま話していた風丸は、そこでようやく、冬花に向かって眉を潜めながら微笑んだ。対する冬花は、風丸の話を全て聞き終えたあたりから、どこか落ち着かなさそうに膝の上で手を交差させていた。

「……そこまでして隠していたこと、だったんだね。わ、私、そんなこと何も考えずに、ごめんなさ……」
「頼むよ、謝らないでくれ。オレは……むしろ感謝してるんだ。感謝してるからこそ、オレからも本当の気持ちを、ちゃんと言葉にして久遠に伝えたいって思った」
「感謝……?」
「ああ」

 ぽかんとして状況を掴みかねている冬花と、しっかりと彼女を見据ながら力強く頷く風丸。話者が代わったのもあるだろうが、いつの間にか、形勢が逆転している。

「きっと、今日元気なさそうだったけどどうかしたの?って訊かれただけだったら、オレはただ自分の不届きにショックを受けるだけだった。多分、肯定も否定もせずに、ただプライドを守ることに必死になっていたと思う。けど久遠は違う、力になりたいと言ってくれた。……本当に嬉しかったんだ。気づいてくれただけじゃなくて、更にオレを助けようとしてくれた。そんな久遠になら、全部話してもいいって思えたんだ」

 強い語調で続ける風丸の瞳は、夜の闇の中でも爛々と輝きを増しているのが解った。それに乗じて、冬花も全身が熱くなるような思いがした。感情が高ぶり、言葉をかけたい気持ちは山々だったが、何を言えばいいのか解らない。そうこうしているうちに、風丸が大きく見開いていた双眸を地面に逸らした。

「……このことは、死ぬまで誰にも話さないつもりだった。事情が事情だからそうするしかないし、それに異存もなかった。……でも……だけど……、たった一人理解者が出来たってだけで、こんなに気持ちが楽になるんだなぁ……」

 目線を逸らしたと同時に、急に声のトーンを落としたかと思うと、風丸はそう言うなり眉根に皺を寄せ、拳を握り締めた。小刻みに揺れる両肩、微かに聞こえ始めた嗚咽。冬花がはっとして風丸の顔を覗き込むと、その頬に一筋の雫が光っている。慌てふためきながら、彼女は思わず声を上ずらせた。

「か、風丸君、大丈夫っ……?」
「……っああ、大丈夫だ。心配かけてごめんな……何ていうか、ああオレは一人じゃないんだなって思ったら、肩の力が抜けたっていうか」

 冬花とは対照的に落ち着いた声音で答えると、綺麗に伸びた長い人差し指で涙を拭った。その様子を見て、冬花もほっと一息つく。そして、理解者が出来た喜びを今一度噛み締めている風丸に対し、どこか遠慮がちに告げた。

「風丸君、あの……誰にも言わずに抱えていた思いを、私に教えてくれてありがとう。……その難しい悩みは、きっと私一人の力では解決できないし、風丸君がそのときの自分を許せるようになるまで、消えることはないのかもしれない。……でも、いつか風丸君が心からマモル君たちと笑顔で向き合える日が来るって、私……信じてるよ」

 思いをありのままに伝えようとする冬花の表情は、誰の目から見ても愛らしいことこの上ない。そんな冬花の言葉を受けて、風丸はまた涙腺が緩むのを感じた。

「……ああ、ありがとう……って今日何回目だろうな、久遠に礼言うの」
「ふふ。そうだね」
「でも、本当に何回言っても足りないぐらいだ。……こんなに晴れやかな気分は久しぶりだよ。久遠、本当にありがとう」

 僅かな涙を浮かべたままで、風丸はこれ以上ないぐらいに、清々しく、輝かしい笑顔を見せた。それは冬花がこれまで見てきた、誰のどんな表情よりも彼女の心に強く焼きついた。また、だからこそ、一刻も早く円堂たちの隣で、風丸がこんな風に笑えますようにと心の底から願わずにはいられない。
 痛いほどそう願っている最中、冬花はふと、先刻の秋の言葉を思い出した。

『もしかして、冬花さんは風丸君のことが好きなのかしら?』

 好き、かどうか。先程言われたときは咄嗟に否定してしまったものの、今一度改めて自分に問いかけてみる――するとどうだろう、みるみるうちに冬花の心は大きく波打つではないか。そして、その波を更にうねらせるような展開がこの先に待っていることを、彼女はすぐに知ることになる。

「久遠、その……こんなときに言うのも難だけど」
「えっ……?」
「勘違いかもしれないんだが、オレも、久遠について気づいたことがあるんだ」
「……?」
「……久遠。今から本当のことしか言わないって、誓ってくれるか?」

 今度は、紅潮した頬を指で掻く風丸の方が、冬花の隠された本心に迫る番――といったところだろうか。



こべにちゃんお誕生日おめでとう!
だいぶ遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
風冬は今回初書きでしたが、二人ともイナズマ屈指の律儀な性格をしているので、お互いにしか解らないことも多そうだなあ萌え!とか考えてたらこんな感じになりました。


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