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気づいて、気づいて、気づかれて(3)

 その日の夜。冬花は風丸の部屋の前で、心の準備を整えるべく深呼吸をしていた。次の息を吐き終えたらノックしよう、と試みてはみるものの、どうしてもドアに手を伸ばすことを躊躇ってしまい、その一連の動作をかれこれ複数回繰り返していると――

「誰かいるのか?」

 冬花が勇気を出すよりも先に、人影に気づいた風丸が、先に扉を開けてしまった。

「あ、っ……」
「……久遠?」

 予想外の人物の登場に、風丸は目を丸くしている。一方の冬花はまだ心の準備が出来ていなかったため、完全に思考が停止し、風丸の方を見たまま固まってしまっている。

「……こ、こんばんは」

 愛らしくぽかんと開いたままの口から出てきたのは、当たり障りのない夜時間の挨拶だった。

「あ、ああ。こんばんは」

 とりあえず風丸も鸚鵡返しをする。

「ええと、どうしたんだ? 久遠がオレの部屋に来るなんて初めてじゃないか?」
「あの……。ど、どうしてもお話したいことがあるの……!」

 若干まだ慌ててはいるが、風丸の瞳から目を逸らさずに言う冬花の姿を見つめ、風丸は少々の沈黙の後、後ろ手で扉を閉めた。

「外に出てもいいか? 部屋だと、誰かに聞かれるかもしれない」

 風丸なりに冬花の真摯な気持ちを汲んだ結果の申し出なのだろうと、冬花にはすぐに解った。彼女は真剣な面持ちで、こくりと頷いた。

 宿舎の向かい側にあるグラウンドは、イナズマジャパンの練習用に設置されたものであるから、選手たちが就寝を始める時間帯になると、人の気配は全くなくなる。そのグラウンドの隅のベンチに、二人はどちらからともなく腰掛けた。

「ごめんなさい……わざわざ出てきてくれてありがとう」
「構わないさ。久遠の顔見たら、大事な話だってすぐ解ったからな」

 そう言いながら、風丸はジャージのポケットから手早くゴムを取り出し、冬花とそう変わらない長さの青い髪を、練習時のようにポニーテールに結わえた。それが彼の気合を入れる仕草であることはイナズマジャパンの共通認識であり、風丸が真剣になってくれている証である。

「よし、話してくれ」

 こくり、と冬花は頷く。そして、最初に核心について切り出したのであった。

「……あのね。最初に約束してほしいことがあるの。今から、色々と訊くんだけれど、隠さずに本当のことを言ってほしい」
「……本当のこと?」
「私に本当の気持ちを隠さないって、誓ってくれる?」

 胸元で手を握り締め、彼女は大切な確認を取った。力強いようでありながらも、その一方で儚げにも見える冬花の薄紫色の瞳に見据えられ、風丸は思わず息を呑む。そして、小さく息をついた後に、同じぐらい真っ直ぐな瞳で答えた。

「ああ、解った。誓おう」
「……ありがとう。それじゃあ、話すね。……今日の午後の練習の時間、風丸君を見ていたら、あることに気づいたの。それは――」

 冬花は、はやる心を抑えながら、順を追って丁寧に説明した。円堂の隣にいるときの彼が、哀しげな表情を浮かべているように見えてならなかったこと。チームメイトに励まされるときのその笑顔に、陰があったこと。一方、タオルを受け取ったときの彼の自分に対しての笑顔には、仄暗い感情はどこにも見当たらなかったこと。秋にその心当たりを尋ねてみたところ、かつて風丸がダークエンペラーズのキャプテンとして円堂たちに反旗を翻した事件があったということ。

 冬花が話を進めていくにつれ、徐々にくぐもってゆく風丸の相槌の声の中に、彼女は更なる焦燥感と、自分の直感の正しさを確信した。風丸がいよいよ返事に詰まり始めたところで、冬花は、ついに本題を切り出した。

「あんなに気の利くアキさんが気づいていないなら、他の誰も知るはずないって思った。気づいたのは私だけなんだと思ったら、居ても立ってもいられなくて……」
「……」
「わ、私じゃ頼りないかもしれない。でも、私は風丸君の苦しみに気づいたから、気づいた唯一の人間だったから、どうにかして力になりたいと思ったの……!」

 無意識のうちに、冬花はベンチから立ち上がっていた。その状態のまま風丸に向かい、その心に響かせようと、訴えかけた。柄にもなく矢継ぎ早に続けたので、その後少し息苦しさを感じた。それでも冬花は瞳を逸らさず、俯いたままでいる風丸の姿を真っ直ぐに見つめている。やがて、風丸はゆっくりと顔を上げ、小さく応えた。

「……ありがとう、久遠」

 長い前髪の下で浮かべていたのは、紛れもなくこの場には似つかわしくない微笑だった。円堂の隣で浮かべていた陰のあるそれとも、冬花に向けてくれた爽快なそれとも違う。吹っ切れているような、苦笑しているような。泣きそうでもあり、吹き出しそうにも見える。そんな複雑な思いを秘めて微笑む少年を、冬花は生まれて初めて見た。

「しかし、凄いな。まさか原因まで的確に当てられるとは思わなかったよ」
「えっ? じゃあ、やっぱり……」
「ああ、ドンピシャだ。オレは、あのとき円堂たちを裏切ってしまったことを、今もまだ悔やんでいる」
「……風丸君」
「……なあ久遠、オレの話も少し聞いてくれるか?」

 髪に隠れていない片方の瞳だけを向けて、風丸は冬花に囁くようにして尋ねる。不安げなその声色に、どこか痛いような感覚を憶えながら、冬花は静かに風丸の隣に腰を下ろした。風丸は、おそらく他の誰にも言ったことのない自分の本心について、偽ることなく、ゆっくりと話し始めた。


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