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気づいて、気づいて、気づかれて(2)

「……知ってるんですか、アキさん」
「え、ええ。だけど、もう終わったことだから、関係ないとは思うんだけど……。今ここでは話せないから、宿舎に戻ってからでもいいかな?」
「……はい。お願いします」

 どうやら、秋の顔色と声音から察するに、ずいぶん深刻な事情のようである。たとえそれが今の風丸の寂しげな瞳の直接の原因ではなかったとしても、彼という人間を知るために必要な事柄であるならば、冬花にとって重要なことに変わりはない。秋もそれが解っているからこそ、凛とした面持ちで力強く頷いた。

「必ず話す。約束するわ。……それじゃ、そろそろ休憩に入る時間だから、冬花さんは円堂君チームの皆にタオルを渡してあげて。私は綱海君チームの方に行くわね」
「あ、はいっ」

 秋は、白いスポーツタオルの山を手早く半数ずつに分けた後、冬花の配る分を彼女に手渡して、自分の持ち場へと向かった。賢い彼女のことだから、こうして心配している冬花が当の風丸にタオルを渡せるようにと、気を遣ってくれたに違いない。後でちゃんとお礼を言おうと強く意思を固めながら、冬花もまた目標の人物に向かって、歩を進めていった。

「か、風丸君。タオル、です」
「ああ。ありがとな久遠」

 普段と同じように振る舞うことを意識しても、先程の件のせいで、話し方が何やらぎこちなくなってしまう。不器用過ぎる自分を冬花は激しく自省したが、風丸はそんなこと何ら気にしていない様子で、笑顔でタオルを受け取った。

(……、あれ……?)

 タオルを受け取り、冬花に感謝の意を述べる風丸。今現在目の前で彼が浮かべている笑顔の中に、先程冬花が強烈な違和感を感じずにいられなかった暗がりは、どこにも見当たらなかった。
 どういうこと、だろう……?

「? オレの顔がどうかしたのか?」
「えっ!? あ……ううん、何でも」
「そうか? ならいいけど」
「うん……。じゃあ、これでっ」

 これ以上風丸の前にいるとボロを出しそうであり、限られた時間の間に他の選手たちにもタオルを配って回らなければならない訳で、冬花は慌てて風丸の元を去った。

「久遠……?」



 宿舎に戻り、二人は冬花の部屋に向かった。秋は約束通り、風丸についての“大切なこと”を、冬花に話してくれた。
 エイリア学園と名乗るあまりにも強い敵と戦わざるをえない中、己に力が足りないと感じるようになった風丸一郎太は、やがてチームを抜けることになった。そして、強さを必死で求めたあまり、研崎という黒幕にそこをつけこまれ、紛い物の強さを与えられた後、ダークエンペラーズのキャプテンとして円堂たちに決闘を挑んだのだという。そのときのプレイングの凄惨さ、かつての仲間である円堂たちに対する信じられない物言い。秋は、時折思い出しては苦しそうな顔をしながらも、包み隠さず冬花に全て打ち明けてくれた。

「……そんな、ことが……」
「ええ。……そのときは、私も皆も本当にショックだった。風丸君以外のメンバーも、雷門中サッカー部の仲間だったり、FFで知り合った人たちばかりだったの」
「なんてこと……。それで、その試合は」
「円堂君たちが勝ったわ。だから、風丸君たちは今も一緒にサッカーが出来ているのよ」
「そうだったんですか……」

 眉を潜めて、厳しい表情で床を見つめる冬花。膝の上に置かれた白い両手を、ぎゅっと握り締めている。

「……ごめんなさい。本当は、もっと早くから知っておいてもらうべきことだったわね。私、冬花さんにちゃんと話しておくべきだった」
「アキさん……そんなことないです」

 ううん、と秋は息をつきながら首を横に振った。そして、冬花に向かって微笑んだ。

「その試合の中でね。ダークエンペラーズの皆は、円堂君の魂の叫びで、サッカーを好きだっていう純粋な気持ちを思い出してくれたの」
「気持ちを、思い出す……」
「ええ。あのときから今まで、そのことが原因でチームが揉めたことなんて一度もないわ。だからきっと、風丸君もそのことを今もまだ気にしているってことは、無いと思うんだけど……」
「……それが直接の原因なのかどうかは、まだ解りません。でも、その出来事を知らないで、風丸君の力になることは出来なかったと思います。だから……話してくれて、ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ」

 決意に満ちた表情で冬花が深々と頭を下げると、秋もまた小さくお辞儀した。やがてお互いに顔を上げて笑い合うと、秋は帰り支度を整えながらころんと小首を傾げた。

「もしかして、冬花さんは風丸君のことが好きなのかしら?」
「えっ……? そ、それは違いますっ」
「うふふ、そうなの? じゃあ、失礼するわね」

 くすくすと口元を軽く押さえながら、秋は静かに部屋を後にする。自分だけが残された部屋の中で、その言葉がやけに長く冬花の心に響いていた。


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