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 耳を澄まさないでいると、余計な音は無い。

 とん、とん、と規則正しく弾かれた球体が、轟々と止めどない流れの中へと吸い込まれていくだけだ。もう何度か、もう何日かこの通りだった。一つ息を吐いて手を伸ばすと、帰ってきたずぶ濡れのそれからも同じ数だけ滴が落ちた。


「…………」


 つまりこれではいけないので、彼はそれを日向へ並べて新しい一個を取り出し、またふりだしに戻る。

 呼吸を整えた後には余計な音も再び消え去った。ボールが弾む。滝から水が落ちる。そして、




ガラン、




 そこで彼は目をみはった。全く聞きなれない音が突然増えたことと、それが意外と近くでしたことによってだ。次はゴロンと鳴る。恐らくあの入り口にある大きな岩に当たったのだろう、そんな位置だった。

 おまけに出どころを推測できない、足音にしては重すぎる。もしそうならまるで、鉄下駄でも履いた仙人か何かではないか。百歩譲って人間だとしても、こんな距離に近づくまで気付かないほど周りへ気を配していなかったのなら失態だ、きっと自分の鍛錬は足りない。とりあえず、岩より硬い何かの音がするのだ。今振り返るべきか、否か。


とん――、とん、


 ところがその音が、続いて来ない。遠ざかるでもなくそこで消えた。彼の手は依然リズムを乱されてはいなかったから、残った軽快な音を頼りにして今度は逆の手を、しっかりと握る。

 要するに増えたのは、気配だけだ。


「……むん!」


 乱すにはそれで十分だったのだ。彼の放った軌道は初めて滝を逸れ、水へ沈まずに岩を穿った。音も消えることなくとうとう、ズドンと地を震わせてしまった。下部の地層はこの威力に、耐えられない。

 ぱらぱらと落ちる欠片を眺めながら一つ息を吐いて、手を合わせた。これには普段の礼に加え、謝意が含まれていた。予想はしていたけれど、申し訳はないことをしたからだ。球は戻ってくるはずもない。




「ゴツかねぇ。ばってん、単調ばい」




 代わりに背中から届いたのが、声だった。この彼とて言いたいことが山の如くできたばかりなのに、残念ながら更にもらった。

 けれど、返すのは直後から可能だ。まずは『仙人は方言を使うのか?』でどうだろう。大丈夫だ、辛うじて日本語には聞こえた―ただし憶測によるとさっきは、どうやらけなされた―から会話出来る。あとは、今の打球を見た後でも襲ってくるほどの、硬い金属製の何かを持った暴漢なら手に負えないはずだ。そう考えて振り返った彼の耳にまた一つ、ガランという音も聞こえた。


「何か、用……、ですかな」


 声の主が若いことはわかっていた。だから仙人の線は一番薄い、と踏んだせいで彼は少なからず驚いた。学内で一二を争う長身より、幾分も大きい。上から下まで眺めてみても硬いものは持っていない、なんとまさかの鉄下駄装備だったりしたものだから、思わず語尾も繕ってみたわけだ。

 突然いろいろありすぎている彼、の目の前に居る彼の方は何故だか上機嫌のようだった。ジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま薄笑いを浮かべて、困惑真っ最中の彼まで置き去りに辺りの景色を満喫している。


「へぇ。ここで特訓ばしとっとや」
「え、ああ」


 次は『ここで特訓』以外を聞き流しても意味がだいたい把握できた。早口だったけれど、さりとて彼の周りも皆そうなのだ。日頃の努力は実を結んだといっていい。しかしそれを実感するより、彼は重い鉄下駄の音を聞く方を選んでいた。

 ガラン、ゴロンと大きく鳴るのは岩を踏んだ時らしい。


「……それは」
「ああこれ? 俺も」


 足腰強化、と笑いながら軽く片足を内側に曲げた。それからやじろべぇのように腕を伸ばし、バランスをとってから元に戻る。その姿を見て彼の推定年齢はいよいよ低くなった。ひょっとすると、同年代かもしれない。

 推理をされている方も、彼の素性を考えているのか。それとも、すでに何らかで知られているのか。彼の並べていたボールの所へとたどり着いた少年―だ、と思いたい彼を尊重する―は端の一個をだいぶかがんでから手に取った。


「あ、ぬしゃん名前は?」
「?」

「はは、名前ば聞いたとたい」


 それからまるで今思いついたような一言。大外れだ、名前を聞かれたなら初対面だ。尋ねるなら先に教えるべきだ、なんて咄嗟には思いつかなかったから条件反射で短く答えた。彼の名字は『石田』だった。


「石田?」


 けれど彼の瞳と語尾が、更に訊く。


「……石田、銀や」
「銀さん。硬式テニス部」


 どの部分が気に入ったのだろう、彼は銀に向かってまた笑んだ。果たしてその理由は、その前に彼の名は。


「お主は――、」


 それだけに止まらない。勝手に思いついてしまったせいだとしても、まず人間であるかどうかから尋ねたいと銀は思った。楽しげに視線を向けていた滝に、今度は背を見せ下駄まで脱いでどっかりと腰を下ろすのだ。尻に腕を伸ばしたと思えば、普通の下駄も一足現れた。

 なんとも妙な雰囲気だ。非常に馴れ馴れしいのに、彼についてのヒントをまだあまり見出せない。けれど、気味悪がるどころか受け入れてしまうようなのだ、不思議と。じわりじわり、彼の作り出した空間を侵食する。




「千歳」




 ボールは急な弧を描いて、ゆっくり銀の手に落ちた。ぺしゃりと鳴って、掌もひんやりする。滝水が未だ冷たいことを思い出すのと同時に、ようやく彼の名を聞いた。

 それは好い、なんて感じるくらいには馴染む響きだった。


「そうか」


 隣に立って、向き合うでもなく滝の方にあぐらをかいたら、千歳もそれに合わせてくるりと直った。その時、岸の小さな水の音が、轟音に紛れていることに気付いた。

 しばらく脇に挟んであったラケットのストリングに指をかませて、どこに置こうかと考え始める時分には流石の銀も気付いていた。グリップエンドを二人の片方ずつの膝頭からそっと差し入れ、間へ落ち着けた瞬間に重ねられた手で更に飛び上がった、自分の心音にだ。


「俺も左。一緒」


 築こうとした穴だらけのバリケードのおかげで、更に侵入を許した。理解できたのは彼もテニスプレイヤーかつ人間であるだろうことと、たった今も笑っていることだ。




「千歳、こないなことは……段階が」
「段階? さっきの球にも?」

「いやそれは今――、何やて?」




 そのうちにラケットはさらわれた。グリップを確かめるように、小指から静かに握られる千歳の左手を見ながら聞いたのが、風の音だった。ざあ、と大きくなり瞬く間に居なくなる。銀はここが学校の裏山であることまで思い出した。


「単調ち始めに言うたたい」

「……せやったな」
「ばってん、ゴツか。銀さんも」


 ぷん、と優しく弾かれたガットの音に乗って最後がほめ言葉に聞こえた。もちろんそこは、疑いたくない。




***




 帰り際やけに軽かった、下駄の音も心地よかった。そういえば用事の途中だったのだ、と嘘か真かのわからない理由で直後に突然去った―最終的には両手両足に下駄装備だった―千歳が、銀に『じゃあまた』と言い残したからだ。

 ならば明日も必ず、部活が終わった昼下がりには向かいたいと思った。春休みが終わるまでには、連絡先ぐらい教えてもらえるかもしれない。単調でなくなるためにはきっと彼が必要だ。そんな気分の銀に、戻ったばかりの寮門はひと際騒がしかった。まだ休暇中で、そんなに人も居ないはずだから。


「どないしたんや」
「あ、おかえり」


 なんや三年の転校生今日寮入んねんて――。そんな声より、背後からの音が先に聞こえる。軽快に、カランと。ああ春が、来たのだ。銀はふいにそう思った。

 耳を澄ませて、世界を感じる季節を連れた彼に出会った。


「よろしく。銀さん」

「……知り合いなんか?」
「ああ、千歳や」


 『千歳』が名字であることはその後すぐに知った。




end
PostscRipt#


侵食-sound of new coloR-


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