22



「本当にあそこにあるモン全部食っていいんだな……?」

「待ちな……!
貴様は大人しく座ってろ。
ゆめが持って来んのを待ってりゃいいんだよ……!」

「うぅ…………お金がどんどん減っていく……」



あれから。

目を覚ました私は、例の『闇の中での出来事』に悶々とする頭をすっきりさせるために、コップ一杯の水を飲み、考えた。

おぞましい声で囁かれたあの情報を、二人に伝えた方がいいのか――

実は、私はまだ迷っていた。


何故なら。

あの『声』は。

バクラが孕む邪悪な気配なら多少は慣れている私にとって、未知の、何とも形容出来ない人智を超えた存在だったからだ。

『この世に二つと存在しないはずのモノ同士を重ね合わせれば――』

同時に存在しないはず、同士。

それが何なのか、さすがの私にも薄々分かっている。

二人のバクラだ。
本来、対面するはずのないバクラ同士――と、彼らが持つ千年リング。

でも。

少なくとも、私の記憶にあるフィクションSFの中でなら――

同時に存在しちゃいけないもの同士が接触してしまった場合に起きる現象は、どことなく悲劇的なものばかりだったように思える。

――たとえば、タイムスリップをして来た自分がその時代の本来の自分に触れちゃうと、消滅するとか。
姿を見られただけでもダメとか、正体を知られたらダメとか……

そんな具合にだ。


ふと気付く。

そういえば、過去の盗賊王バクラと現代のバクラは、この世界に来てから既に触れ合ったことが無かったっけ……?

ええと、一番怪しい先刻の情事の時は――
どうだったろう。

二人は私の身体を同時に弄び、それから――


「…………おい! 何ぼさっと突っ立ってんだ。
やっぱ意識消失さっきので頭おかしくなっちまったか?」

――唐突に響いた白いバクラの声に、ふと我に帰る私。

「っ! ……あ、えと」

「任せたぜ。とっとと持ってきな」

「……う、うん」


――そうだ。
今はあの狂宴を思い出している場合ではない。

二人のバクラと3ぴ……ううん、とにかく、そんなことをしたと実感してしまえば、私はいつだって正気でいられなくなるのだ。

だからとりあえずアレは、今は忘れる。


――状況を整理しよう。

あのあと、私たち三人はこれからのことを考えなければならなかった。

それは、元の世界に帰る云々と言った方策ではなく、すぐ目の前に直面している問題――

すなわち、今夜をどう過ごすかということ。

私は自宅に帰れば問題ない。
問題は、盗賊バクラの今夜の宿をどうするかだった。

だが、その問題は否応なしにあっさりと解決した。
――他に選択肢が無かったからである。

盗賊王が今夜も私の家に泊まる――親がいるから厳しい。
では、安いカプセルホテルなどを借りる――却下。
現代にまだ順応しきってない彼には到底無理だ。

……となると、答えは決まっているようなものだ。


盗賊バクラは、今夜獏良君の家に泊まる。
それしか、選択肢はないのだ。

たとえ、渦中の二人がどのような心理状態にあったとしても。

何より一番可哀相なのは、この勢いで週末を全部奪われそうな獏良君だったりする……。


さて、そうと決まれば。

あとに残されたのは、夕食をどうするか? という問題だった。

私が昨晩夕食だの夜食だのを出したおかげで、盗賊バクラは、この国では一日三食が一般的であることを悟ってしまったらしい。

じゃあ、買い物に行って簡単なものでも作ろうか――

と私が提案したときに、盗賊王の口から発せられたのは、意外な言葉だった。

『食べ放題』

――彼はたしかにそう言った。

それから、「街で見たぜ。食べ放題……の店、ってヤツがあんだろ」

……そう言ったのだ。

盗賊バクラの突拍子も無い提案に、獏良君の体を持つバクラは眉根をぐっと寄せ、しばし硬直し――

腰に手を当てて堂々と胸を反らす盗賊バクラの姿に、その発言が冗談でないことを悟ったらしい彼は、気まずそうに俯いてぐしゃぐしゃと頭を掻いていた。

現代のバクラはきっと複雑な気分に違いない。

盗賊バクラを罵倒したい気持ちはあれど、頭ごなしに否定したところで、そのやたらと肉食系な男は、自分自身を形作る一部でもあるのだから――


そんなわけで。

学生やファミリー層がメインのとある食べ放題のお店に、行くことになった私達三人。

途中、「お留守番しててもいいんだぜ……? バクラさんよぉ」
などという盗賊王による挑発が発せられたりしたが、それでも現代のバクラもちゃんと付いてきて、彼は獏良君の肉体に多少なりとも食事を取らせる算段らしかった。

そして、お店に付いて食べ放題のシステムについて説明を受け、席に案内された後――
現在に至る、というわけだ。

盗賊バクラは、食べたいものを自分で取りに行くセルフスタイルであるこの店にいたく興味を持ったらしく、ソファ席から遠くに見える料理の陳列コーナーを、今にも飛び付きそうな勢いで食い入るように見つめていた。

それを見た白いバクラが彼を制し、私に料理を取ってこいと命じた――
のが冒頭のやり取りだ。


「とりあえず、はじめは私が持って来るから。
時間はまだたっぷりあるし、ちょっと待っててね」

どことなく不満げな盗賊バクラを宥め、席を離れる私。


このお店のメインは焼肉。
陳列棚にお肉を取りに行って、それぞれの席にある備えつけのグリルで焼く……というスタイルだ。

だがこのお店には、焼肉以外にも沢山の食べ物がある。

寿司。麺類。揚げ物に惣菜。サラダ。デザート。等々……
そして、飲み物はソフトドリンク飲み放題だ。

とりあえず私は、何種類もあるお肉を盛れるだけ皿に盛り、飲み物は適当に注いでお盆に乗せながら席へ戻った。

――それを置いて、また往復。
お惣菜や主食系を適当に。揚げ物も良いが、野菜もちゃんと食べないと……

そうして、テーブルの上を食べ物で埋め尽くした私は、さあ座ろうと思って固まった。

「……」

今私の目の前で、ソファ席に座っている現代のバクラと盗賊のバクラ。

彼らはテーブルを挟んで向かい合うように座り、その隣はそれぞれ一人か二人分座れる隙間がある。

そして私はここに来て、どちらのバクラの隣に座るべきだろうか?
と考えて、停止してしまったのだ。

「……どうした? 早く座れよ」

白いバクラが訝しむように催促する。

「うん、……」

バクラがそう言うのであれば、それでいい。

――と、私がボーダーシャツのバクラの隣に腰を下ろそうとした時。

「ゆめ。ここ座れよ」

向かい側から発せられた声は、盗賊バクラのものだった。

彼は自分の隣をぽんぽんと叩き、私を呼んでいる。

ええと…………
白いバクラは『どこに』とは言ってなかったし、じゃあ私はそっちに座――

「ここに座れ、ゆめ」

向かい側へ移動しようとした私に制止がかけられ、腕がぐいと引っ張られた。


「…………」

沈黙。

(あれ、これ……やばい?)

二人のバクラは、それ以上だらだらと語らなかった。

だが彼らは不穏な気を放ち、互いに互いを睨めつけているだけだ。

まさか――まさか彼らが、こんなことで揉めるなんて……
嘘、だよね……?

頭がくらくらするような錯覚に襲われる私。

そして。


「……あいにくオレ様はまだこの世界に慣れちゃいないんでね……
横について教えを請う、っつーのも悪い選択じゃねえと思うぜ。
目立つことをして衆目を集める危険性ってやつも減るだろ……?」

口火を切ったのは盗賊王だった。

彼はもっともらしい理由を口にし、私が隣に座ることを要求した。

だが、千年リングに宿るバクラは、そんな盗賊王の言い分を鼻で嗤うと、すかさず反論に転じる。

「盗賊王サマが女子高生に生活の教えを請うってか……
なかなか面白ェ光景じゃねえか。

……そういうことなら仕方ねえ。コイツの隣に行ってやれよ、ゆめ。
その服がソースかなんかで汚れてもイイってんならな」

「……っ!」

獏良君の体を持つバクラは、一見寛大な、譲歩したような姿勢を見せた。
しかしその末尾にくっついていたのは、強烈な皮肉だ。

「どういう意味だ」

盗賊王が聞き返す。
だが聡い彼のこと、今しがたの発言が現代のバクラの皮肉であると気付いているだろう。

白いバクラはその上で、あえて真意を明かすように丁寧に説明した。
ふざけたような、相手を茶化したような口調で。

「そのままの意味だぜ。
食事のマナーがなっちゃいない盗賊王サマの横にいたら、いろんなモンが豪快に跳んでくるってコトだよ」

だん、とテーブルに叩きつけられる褐色の拳。

しかしそれは弱く、周りのお客の注意を引くほどではなかったけども。

「なんだ、文句があるならハッキリ言ったらどうだ? 盗賊王サマよぉ……
ここは『現代』なんだよ。暴力に頼っていい世界じゃねえんだ」

すっと細められた現代バクラの眼が、向かいに陣取る紫がかった双眸を挑発するように剣呑な気を放つ。

(暴力よくない、って……それバクラが言うのか……)

内心ツッコミを入れる私の前で、対する盗賊バクラは、今にも相手を射殺いころしそうな眼差しで、口元だけ歪に吊り上げ不敵な笑みを浮かべていた。

一触即発のような、物騒な空気が辺りに漂い――


「ちょ、ちょ、ちょっと!!!
――私に良い提案がある! 下僕からの一生のお願い!!
聞いてくれたらお肉も全部好きな加減で焼いてあげる! だから!!」

そう叫んだ私は、引きつった笑顔で二人の仲裁をしながら自分の希望を通すことに成功したのだった。




「…………」

都合四つの目が、私を見つめている。

火に炙られたお肉の脂のように、溶け出す心。

「あは……あはは……」

ソファに座った私。
その向かい側には。

――獏良君の肉体を持つバクラと、盗賊王のバクラが、並んで座っていた。


「ふざけんな、これのどこが『良い提案』なんだよ……!?」

まるで、突っ込みを入れずにはいられなかったと言うように口を開いたのは、盗賊バクラの方だった。

「……チッ」

白いバクラはその隣で腕を組み、そっぽを向いて舌打ちをこぼしている。

「ど、どっちにしても焼く方と食べる方で分かれるなら、この方が都合いいし……
ほら、腕伸ばしても邪魔にならないし!
あ、私が焼いて、焼きあがったお肉そっちに寄せていくから、どんどん食べてってね!」

言い淀みながら笑顔を浮かべる私は、自分でもかなり怪しいと思う。

しかし、それも無理はなかった――


そう。

ちょっと顔を上げるだけで、視界に二人分のバクラが映るのだ。

これを冷静に受け止めろなんて、私には酷な話だ!!

放っておいたら際限なく崩れそうになる顔をどうにかこらえ、お肉を網に乗せていくことに集中する――

だが。

バクラが二人……バクラが2倍……

頭の中で繰り返し流れるリフレインは、まるで壊れたCDのようだ。
それは永遠に鳴り止まない。

だから私は――先刻までの『闇の中での囁き』の件を、すっかり頭の隅に追いやってしまっていた。

あとで考えればいい。
あとで言えばいい。

バクラが2倍のメロディのバックで、そんなコーラスを挟みながら。

――きっと間違いなく時限付きである『この時』を、精一杯楽しむために。謳歌するために。

あと少しだけ。
もう、少しだけ――

そう、自分に言い聞かせながら。




文字通り時間制限のあるささやかな安寧は続く。

「お肉焼けたよー タレはそっち。
おかずも良かったら食べてね。無くなったら持って来るから」

バクラという二人の主人の前でせかせかと手を動かす私は、まごうことなき奴隷だ。

お金だってきっと全部私持ちだ。
バクラは出そうとするかも知れないが――それは獏良君のお金。彼に迷惑はかけたくない。

でもそれでもいい。

このありえない現象を、限られた時間の中で味わうための代償だというのなら。
いくら払ったって惜しくない。そう思えてくる。


盗賊王は、焼けた肉を言われた通りにタレにつけ、ぱくりと口に運んでいた。

「…………」

ごくりと飲み込んだその顔が、無表情のまま固まる。

――それから彼は、網の上に乗っている食べごろの肉を何枚か一気に箸でかっさらうと、豪快にタレに突っ込み、そのまま口に放り込んだのだった。

もぐもぐもぐ。

「っ、おい!!」

食べごろの肉を全部奪われた形になった白いバクラが、怒りの一声を漏らす。

「ちょっと待って、すぐ焼くから……!」

慌てて新しい肉を焼き進めるも、あることに気付きハッとする私。

バクラは――盗賊バクラは。
いつの間にか、なかなか器用に箸を使いこなしている……!?

これは予想外だった。
でも手先の器用な彼にとって、箸の使い方を覚えるのはそう難しいことではなかったのかもしれない。

感心しながら肉を裏返し、現代のバクラの方に勧めれば、何故か盗賊王が「待て、」と声を漏らし、何事かとそちらに目を向ける。

「何だこいつは……生じゃねえか!!
現代人てヤツは頭がイカレてんのか?」

盗賊王の怒りの原因は寿司だった。

「あー……バクラ、説明お願い」

「ふざけんな! オレ様に振るんじゃねえ!!」

「じゃあ、えーと……
海で取れた生のお魚をすごく早く運ぶか、一旦冷凍するかして、着いたら解凍して、お寿司にして……みたいな?
ほら、うちに冷蔵庫……キッチンに、食料を保存する機械あったでしょ?
あれにもついてた冷凍機能を、もっと強くして冷凍すると寄生虫が死んで――」

「……ゆめ。もう食ってる」

冷静なバクラの突っ込みに我に返ってみれば、盗賊王はとっくに寿司をいくつか頬張って、ガツガツと食べ進めていたのだった。

「寿司ってやつは妙な味だが許してやる。
こっちの『からあげ』は冷めてるぜ。
昨日オマエの家で食ったやつの方がマシだな」

「しょうがないよ、作り置きだし……
っていうかすごい……もう現代の料理に文句を……」

「おい、肉を焼く手を止めてんじゃねえ……!
宿主の体にひもじい思いをさせてえってんなら別にいいけどよ!」

「うわぁ待って、待って……!」


肉の焼ける匂いと、店内のざわめきに、食事をする二人のバクラの姿。

3000年前のバクラと、現代のバクラ――
その二人のしぐさがふとした時に重なったのを見た私は、煙が出ないグリルにも関わらず、呼吸困難に陥るかと思った。

実はごっそり人ではないものに取って代わられてしまった千年リングのバクラの、人格らしきもの――
そして、クセや、嗜好のようなもの。

およそ大邪神などという人ならざるものには無縁な、人外には不要であるだろう『人間として生きるためのスキル』みたいなものの、根源――

それが3000年前の人間、盗賊王バクラに由来する部分なら、なるほどそれは理にかなっているし、何だか微笑ましい。

だって……大邪神なんていう超越的な存在が、食事の方法だの身支度だの……
本当に露骨だとは思うけど、その……女性の抱き方なんて、本来は知らないと思うから!

もっとも――千年リングに宿るバクラは、千年パズルに宿るファラオの魂同様、宿主が持つ現代的知識や所作をそのまま吸収しただけなのかもしれないけど。

あとは、3000年の中でちょっとずつ外部の知識を吸収していった、とか。

――それでもやっぱり、盗賊王と現代のバクラには、声や人格だけでなくどこか似た身のこなしがある。

私は何となく、そう感じずにはいられないのだった。



『人間』らしいお食事は続く。

「…………?」

スプーンで何かを口にした盗賊バクラが、心なしか変な顔をして固まっていた。

「何だ……? これは……味がねえ……!」

「んっ?」

見れば、彼の前には白くて柔らかいものが乗ったお皿――冷奴だ。

「あっ、それお豆腐だよ……!
ごめんね、えっと、お醤油をかけて――」

「遅ェんだよゆめ! オレ様が焼いてやる、そいつを寄越せ!」

手にしていたトングを白いバクラに奪われ、私はこれ幸いと盗賊王の豆腐に醤油をかけてあげたのだった。

「この上に乗ってるネギとかのトッピングと一緒に食べると美味しいよ!
さっきは醤油なしで白いとこだけ食べちゃったから、味が無かったんだと思うよ……!」

「チッ、肉が足りねえ……!」

舌打ちをこぼした白いバクラが、ふてくされたようにトングを置くと席を立ってお肉コーナーの方へと向かっていった。


「……」

私が言った通りに、冷奴をトッピングと一緒にスプーンで掬った盗賊バクラが、ぱくりと口へ運ぶ。

「……ん、」

聞き間違いではないと思いたい。

彼はほんの一声だけ声を漏らすと、口にした冷奴をゆっくりと咀嚼していた。

「……」

それから、もう一口。
肉の時とは違って少しゆっくりなその動作が、何だかとても可愛らしいような、意外な感じに思えて私は笑みを浮かべたのだった。

美味しいか、と聞くのは野暮だろう。
穏やかな表情でもぐもぐと味わうように咀嚼しながら、ややもったいぶったように食べ進めるそれが、嫌いなものを食べる時の反応だとは思えない。

「……ちなみにその白い豆腐、材料は大豆っていう豆だよ」

「……」

冷奴を食べ終わるタイミングでちょっと意地悪くネタばらしをする私。

だが怒られるかと思いきや、盗賊王はふうん、という様子で割とあっさりと聞き流していた。

突っかかるだけ無駄だと思ったのか、それとも思いのほか美味しかったから許すという心境なのか。
勿論、私にはわからない。


ガタン、とテーブルに置かれた皿が視界に滑り込む。

肉の補給から帰還した白いバクラが、山盛りに盛られた肉を早く焼けと私に目で訴えながら席についた。

慌ててトングで肉を網に乗せる私。
このお肉たちもきっと、二人の胃に収まるのだろう。

「私ほとんど食べてないかも……」

網の上に広がったお肉を見つめながら、ぽつりと呟く。

二人を相手に、焼くことやその他のおかずの説明に気を取られてしまえば、当然自分が食べる余裕など失われるのだから仕方が無い。

だが、目の前に腰を下ろした現代のバクラは、私の一言を聞いていたらしかった。

「コレでも食っときな」

薄く嗤いながら、余った唐揚げに伸びた箸。
バクラが掴んだ唐揚げが、私の唇に押し付けられる。

「っ、むぐ……!?」

口を開ければ押し込まれる唐揚げに、私は素直にかぶりついた。

一口では頬張れなかったため、噛み切ってもぐもぐと咀嚼する。


停止する思考。

噛み跡の残ったままの唐揚げは空中で静止していて、バクラが私の嚥下を待ってくれてる、という事実に気付いた途端、唐揚げが気管に入りそうになり、強引に口の中のものを飲み下す私。

「……っ」

がぶ、ともう一度かぶりつけば、無くなった唐揚げと同時に箸が離れて行った。

一連の動作と出来事がたちまち頭の中を旋回し、ピンク一色に塗り潰す。


バクラに……唐揚げを食べさせてもらった……

「どうした? 手が止まってるぜ! さっさと肉を焼きな!!」

飛んで来る叱咤。

命令に従うだけのロボットのように手を動かしながら、ただ恍惚に溺れる私。

バクラが……自分の箸で……唐揚げをあーんと言わんばかりに……あぁ……

死んでもいい…………

「ヒャハハ、面白ェもん見せてもらったぜ……!
オレ様もエサくれてやるよ……ほらよ」

「っ……!!」

す、と褐色の指が動いて、サラダから赤いものを摘み上げた。

音もなく私の口元に差し出される――
ミニトマト。

「……、」

まぐ、と一口で受け取れば、その指先が離れる瞬間、私の唇を軽く押したのだった。

どくりと跳ね上がる心臓。

「ククク……」

肩を震わせた盗賊王の不敵な笑みが、さらに私の心をかき乱して行く。

「嬉しい、けどちょっと恥ずかしい……」

口を勝手について出た言葉は、至って正直な感想だった。

「おい! 肉!!」

隣で発せられる一言に我に返り、慌てて肉を裏返す。

「ちゃあんと焼けよ?
そしたら次は肉を食わせてやるからよぉ」

盗賊王と同じような表情をしてわざとらしく紡がれる白いバクラの台詞に、気を取られては駄目だと自戒しつつも、私の平静さは失われていく一方で。

「…………っ」

じゅうじゅうと肉が焼ける音。
食べ頃になったお肉を二人の方へ寄せてあげれば、二人のバクラが同じような手つきで肉を貪っている。

――正気でいられるわけがない。


千年リングに宿るバクラの箸が焼けた肉を摘み、タレの皿へとダイブさせる。

それをボーッと眺めていたら、
「ほらよ、」という一言とともに肉が私の目の前に差し出された。

「……っ!」

食べろ、ということなのだろう。

え、だってそんなことしたらタレが下にこぼれちゃうし、だってバクラが私に、あ――

ごちゃごちゃとした思考は、箸先の肉を口に含んだ途端霧散した。

これじゃあまるで、バクラに餌付けされてるみたいだ…………

そんな感想さえ脳裏に浮かんで来る。

「……これも食えよ」

間髪入れずに横から差し出される、もう一つの肉。

盗賊バクラが器用に箸で掴んだ肉を、素直に口にする私。

……なんだろう、この異様な光景……

嬉しいけど、恥ずかしくて、むず痒くて、でも好きで、もうよく分からない……!

「面白ェ」

告げた盗賊王は、ヒャハハと嘲笑し――
その隣では、同意だというように白いバクラがニヤリと笑みを浮かべていた。

あれ……なんかこういうの、既視感――


残りの肉を全部網に乗せたところで、私は気付いてしまった。

獏良君の肉体を持つバクラと、盗賊王バクラが私に向ける視線が、よく似ていることに。

つまり――彼らはどちらも、私を玩具だとみなし、弄って面白がっているのだ。

だからか…………

先刻の情事、何故か流れで始まった2対1の享楽は、『これ』が原因だったのか……

つまり、平素は我の強さから対立することもあるバクラ同士だが――
私という哀れな獲物に向ける捕食者の欲望めいたモノは、一致しているのだ。

だから彼らは、私という共通の獲物を嬲って貪るその瞬間だけは、いがみ合わずに緩やかに共闘し合ったのだ。

なんということだろう!

ここに来て私はようやく納得したのだった。


そして、私はさらに気付く。

普段、私はどちらかのバクラに弄ばれることを心底悦んでいる。

であれば。

二人のバクラから同時に目を向けられるということは――
バクラの嗜虐心が2倍になっているということだ。

私という玩具をいたぶる、ギラギラとした2倍の視線。

耐えられるわけがない。
自覚してしまえば、反射的に全身が疼く。

駄目だ、このままじゃ――

しかし。

「なに発情してんだよ。もっと玩具にして欲しいってか……?
本当どうしようもねえ女だな、オマエは」

呆れたように投げつけられた声とともに差し出されたのは、お寿司だった。

白い指で直接寿司を掴んだバクラが、半ば強引に私の口にそれを押し込んで行く。

「ん、ぐ」

「もう一個イケんだろ? 食えよ」

間髪入れずに、盗賊王がもう一つの寿司をぐいぐいと私の唇に押し付ける。

無理、ちょっと待ってまだ飲み込んでな――
焦りと苦しさで涙が浮かぶ。

「……おい、食いモンがもう無ェぜ。
今度はオレ様が取って来てやるよ……何がイイんだ?」

――やばい。

バクラたちは完全に面白がっている。

まるで、地を這って逃げ惑う虫の進路を塞いで、嘲笑うように。

何とかしなければ。

心を強く持てば、半ば悦んでいるために随分と控えめだったが、それでも私の頭の中の警鐘はきちんと鳴ってくれた。

ばっ、と勢いよく席を立った私は、腰を浮かせかけた二人を制止して、逃げるように料理コーナーへと向かったのだった――


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