23



肉や料理を調達し、肉を焼きながら、隙を見て自分の食事も進める――

私はこの短時間で、自分でも笑ってしまうほどの手際の良さを身につけていた。

理由は簡単。
バクラ達に肉を催促されるからという理由もあるが、何より、彼らが面白がって私を餌付けしようとちょっかいをかけてくるからだ。

そうさせないために、もう十分食べてるから大丈夫です、というていを演出するために、必然と私の手は最適を探して動くのだ。


何故、野生動物を餌付けするような戯れがいけないのか。

これも理由は簡単だ。
一言で言えば、私が正気を保てないからだ。

あーんをしてもらって嬉しいなどという温くて甘い情緒を超越し、2倍の視線と2倍の嗜虐心に晒されて、私の体と心の容量がたやすく限界を突破しそうになるからだ。

突破したらどうなるか――言うまでも無い。

ここが公共の場ということも忘れ、何もかもがわからなくなり、バクラに溺れた私は社会的に終わる。
多分そうなる。きっとそうなる。

だから、せめて外では、己を律することに神経を注がなければならないのだ。



「…………」

盗賊王が、ミートソースのかかったパスタを訝しむようにじっと見つめている。

「それはパスタ。小麦粉をあれこれして細く茹でたものだよ!
かかっているのは野菜と肉のソース。おいしいよ!」

説明もだいぶ大雑把になってきたと思うが、そこは仕方ない。
さっき白いバクラが一瞬だけ肉を焼いてくれたが、あれは単にしびれを切らしただけのようで、以来彼がトングを持つ事は無かった。

むしゃむしゃとパスタを頬張った盗賊王が、満足だというように小さくコクコク頷いているところが目に入り、思わず目を逸らして平静を保とうとする私。

「そっちはカレーだよ。普通はちょっと辛いけどここのお店のは辛くない。
白いごはんといっしょに食べる。おいしいよ……はい、お肉焼けた」

語彙がどんどん失われていく気がするが、頭が回らないから仕方ない。


「……ああ、それは酢豚だよ……! 酸っぱいけど腐ってるわけじゃないから!」

「そのスープは……モツ鍋って書いてあった。モツは牛か豚の内臓。火が通ってるから安全」

「そっちは餃子。中身は肉と野菜」
「たこ焼きは……たこが入ってる。小麦粉っぽい」
「ウインナー。お肉の加工食品」
「エビフライ。エビのフライ」

………………

…………

……



あらかたお肉と料理を食べつくし、さすがの盗賊王も満足だというように一息ついていた。

千年リングに宿るバクラも同じ。
彼も何だかんだでだいぶ肉をお腹に入れていた。獏良君の体、大丈夫だろうか……

「デザート食べる? 果物とかアイスとかケーキあるよ」

「……」

私の言葉に、無言で盗賊バクラが立ち上がり、通路側に座る現代のバクラに目配せをした。

「……、」

盗賊王の真意を察したのか、ボーダーシャツをまとったバクラがため息を一つつくとその身を避け、彼を通してやる。

バクラの目は、妙な真似すんなよと語っていた。
私はコクリと頷くと、盗賊バクラを連れて席を立ったのだった。



「…………」

私たちの目の前に広がる食料の海。

初めてバイキングコーナーに来た盗賊バクラは、所狭しと並べられた食べ物を見ながら黙って辺りを周回していた。

彼は今何を考えているのだろうか。

物言わぬその横顔は、相変わらず人を寄せ付けない険があり、同時に感嘆と、どこか寂しそうな雰囲気を湛えていた。

盗賊王が生きていた時代には、庶民の身でこれほど様々な食べ物をお腹いっぱい食べることなどは出来なかっただろう。

不慮の事故や事件はあれど、基本的に命を脅かされることもなく、安らげる家もあって。
それが実現できているのは、いま私たちがいるこの国が平和だからだ。


平和――そうだ。

獏良君の体を持つバクラが私に語った事がある。

かつてのファラオ――千年アイテムを作ろうとした王族は、争いの絶えないその国に平和をもたらすために、千年の繁栄を願って、血塗られた千年アイテムの製造に手を染めたのだと。

それはつまり、当時の国が平和だったなら、千年アイテムを生み出す必要はなかったということだ。

ファラオが生きていた国が平和だったなら、千年アイテムも生まれなかった。
千年アイテムが生まれなければ、盗賊王バクラが苦しむこともなかったのだ。

そして――千年アイテムがなかったら、遊戯君はもう一人の遊戯君と絆を結ぶことも無かった。

千年アイテムがなかったら、私とバクラは出会っていないのだ。

もちろん、それは私の短絡的な推測で、実際は大邪神の思惑だの運命だの何だの、一筋縄ではいかないのだろうけど……それはともかく。


――たとえそれが王族側の論理だろうと、クル・エルナの人々を犠牲にしてまでも平和を欲したから千年アイテムが生み出されたのだ、という事実は、私の心をちくりと刺して痛みを生んだ。

でも先述のように、それが無かったら、盗賊王たちは苦しまなかったかわりに、遊戯君も私も、一番出会えてよかったと思える人と出会ってはいないのだ。

何かを犠牲にしたかわりに、何かを得たと言うのなら。
それが、運命だと言うのなら。

あまりにも美しくて、あまりにも哀しい。

私はそんなことを考えずにいられなかった。


「何ボーッと突っ立ってんだ。
……この白いヤツは何だ。上に乗ってるのは果物か?」

不意にかけられた声に、我に返る私。

声の主は盗賊バクラだった。

「またろくでもねえこと考えてんのか?
……ったく、何が詰まってんだココにはよ」

彼の手が私の頭を掴んで軽く揺らし、まるで撫でるようなその手つきに一瞬で思考が分散した私は、ぽかんと口を開けて固まってしまう。

「あ、うん……! それは生クリームのショートケーキだよ!
生クリームっていうのは、牛の乳をあれこれ加工したやつで……甘い。
すごく甘くてふわふわする。
あっ、ふわふわって言えばあっちにわたあめ製造機あるよ!
わたあめはもっとふわふわ!」

遅れて顔に集まってくる熱は、ケーキのように甘く、わたあめのようにふわふわとした感覚を私に与えたのだった。

「これは……『アイス』か」

ガラスケースで密閉された色とりどりのアイスを見た盗賊バクラが、そんなことを口にする。
そういえば彼は、昨晩お風呂上りにアイスを食べたんだっけ。

「うん。アイスも食べる?
……他にも、ゼリーとかプリン……あぁ、甘いお豆腐みたいな感じのデザートとか、果物だと……あ、ブドウあるよ!」

矢継ぎ早にまくし立てた私は、彼に意見を聞き、数種類のデザートや果物を皿に乗せて席へと戻ったのだった。



「……これがブドウだと……!?」

ブドウの粒を一つ皮ごと口に入れた盗賊王は、これは自分の知っているブドウと違う、と言いたげな様子で変な顔をしてもぐもぐと口を動かしていた。

「あー……3000年も経ってるからね。多分品種改良とか……美味しくなかった?」

「放っとけよ。マズかったら残すだろ」

盗賊王を気遣った私の言葉は即座に現代のバクラに否定され、実際盗賊王は二つめのブドウを食べ始めていた。
それが何よりの答えということだろう。

千年リングをボーダーシャツの下に隠しているバクラは、さもそうすることに慣れているというように私が持ってきたシュークリームに手を伸ばしている。

そういえば、彼の宿主である獏良君はシュークリームが好物だったっけ……
獏良君と体を共有するうち、バクラの方も意外と獏良君の食の好みに影響されているのかもしれない。

盗賊バクラはアイスを満足そうに飲み込み、ぺろりと唇を舐めている。
それからショートケーキにフォークを刺し、口に押し込むと例のごとく動きを止めていた。

「バクラさん割となんでも食べるんだね」

「ケッ……こんな調子じゃ、向こうへ帰ったら物足りなくて死んじまうんじゃねえか?」

呆れたように漏らす白いバクラ。
その、向こうへ帰ったら――という単語に、私はハッと思い出す。

そうだ、あの『声』のことを言わなきゃ――

だが、今はまだ。

「っ……!?」

がぶ、と『それ』かじりついた盗賊バクラが、変な顔をして声なき声を上げていた。
それ……白くてふわふわとしたもの。わたあめだ。

「……」

「ガキかよ……」

呆れたように漏らした現代のバクラの隣で、まふまふとわたあめを食べ進める盗賊王の姿に、私はまた悶絶しそうになって思い切り視線を逸らしたのだった――





利害の存在しない、いや正確には一旦留保したというべき夕食の時間も終わりを告げ、私たちは店を出た。

私は彼らと別れ、一人家に戻ることにする。
また明日、二人の元へ戻ればいい。

そう考えていた、のだが……


「荷物を取ったら戻って来い」

千年リングに宿るバクラから発せられたのは意外な一言だった。

それってつまり、私に獏良君ちに泊まれと――
でも、何故……

「フン……理由なら薄々分かってんだろ?」

多くを語らないまま、ボーダーシャツをまとったバクラは私に背を向け歩き出す。
後に残された盗賊バクラも、クククと薄く嗤い、私を一瞥してから去って行った。


――理由。

家路につきながら、それを考える。

私が601号室に戻った方が良い理由。
それは、小難しいことを考えるより、私の居なくなった二人の様子を想像した方が早かった。

二人のバクラだけが居るマンション。

そこで一夜を過ごす、獏良君の体を持つバクラと盗賊王バクラ――

ベッドは一つしかない。
獏良君のベッドは普通のシングルよりも大きいが、それでも――

ベッドに並んで寝るバクラ二人。
――ありえなかった。

思わずその光景を想像してしまい、一人笑ってしまう私。

では、持ち主であるバクラ(本来の持ち主は獏良君だけど)がベッドに寝て、盗賊王はソファで……?
でもそう上手く行くだろうか……?

そもそも、あの二人が、互いに内心警戒したままで、無防備に眠りにつくだろうか……?
それに、未だ完璧ではない現代での生活習慣を、あのバクラが盗賊王に懇切丁寧に教えるだろうか……?

疑問だらけだった。

そして私の頭は、それらの疑問をいとも簡単に否定していた。

恐らく、『無い』。

バクラ達は互いに牽制しながら、下手をすれば一睡もせずに夜を明かすんじゃ――


私はあはは、と乾いた笑いをこぼし、自宅のドアを開けた。

焼肉の匂いがついた服を洗濯機に放り込み、素早くシャワーを浴びて着替え、荷物をまとめる。
友達の家に泊まると親に告げ、店に寄り、足早に買い物を済ませ、再び601号室に向かった。

歩きながら考える。

闇の中のおぞましい『声』。

それが語った事が真実かどうかは、私には分からない。

――であれば、あそこで聞いたことを全て二人に伝えた上で、そこで下される判断は、当事者であるバクラ達に委ねるべきだ。

話した結果、二人がそんなものは信じられないと突っぱねるなら、それでいい。


そう――明日になったら。

明日になったら全て話そう。

朝、ご飯を食べたら。
さっきスーパーで買ったこの食材を使って、二人に私の拙い朝食を振舞って。

そしたら。

――だから、あと少しだけ。

マンションのエントランスをくぐり、エレベーターのボタンを押す。

6階に着き、共用廊下に足を踏み出して。

――もう少し、だけ。
この他愛ない時間が、続きますように……

そう、願って。

私は601号室のドアを開けたのだった。



「ケッ、だからあのままでイイつってんだろうよ……!
てめえのセンスには付いて行けねぇんだよ!!」

「ふざけんな……!
油くせぇ服のままどこに寝転ぶ気だ!!」

「知らねえよ……!
だからこうして『風呂』にも入ってやったんだろ!
で、なんだ? この服は……ふざけてんのか??」

「うるせえ!」


…………あれ。


私が獏良君ちに戻った時、聞こえてきたのはバクラ同士の怒号だった。

リビングから聞こえてくるそれを確かめるために、買い物袋を抱えたまま部屋へ踏み入る私。


そこで、見たものは。


「…………」

私は息を呑み、しばし硬直した。

それから俯いて唇を噛み、無言で買い物袋を持ってキッチンへと足を向ける。

そして――
彼らから死角になったその場所で、思い切り笑いを噛み殺しながら、冷蔵庫を開け買ってきた食材をしまいこんだのだった。

ふふふと必死に声を殺し、肩を震わせる私――

え。だってあれ。え???

――が、そんな私の様子に気付かないバクラ達ではない。

「おい」

背後で発せられた声に、ビクリと飛び上がって振り向けば、『それ』が目の前に立っていた。


褐色の肌と白銀の髪を持つ、盗賊王バクラ。

その髪はしっとりと濡れていて、優しく漂ってくるシャンプー類の香りと湿気は、彼がお風呂あがりだということを示していた。

問題は――その格好だ。

まず下半身。
惜しげもなく晒された脚と、腰から膝の上までを覆っているバスタオル。

恐らく昨晩のように、下半身にバスタオルを巻いたのだろう。

それだけでも私にとっては刺激的だが、問題はそこではない。

問題は――その上半身。

盗賊バクラは、シャツを着ていた。

だが私が貸したシャツではなく、あろうことか――

ここの家主の持ち物だと思われる、ボーダー柄のシャツを…………


「くっ、…………」

「何笑ってやがる」

白い肌に細身の獏良君やバクラが着ると似合うのに、どうしてここまで可笑しいんだろう。

青と白のボーダーシャツを着た盗賊バクラは、一言で言えば『違和感』、という感じだった。

似合わないとは言わないが、やっぱり変というか……

褐色肌と青と白のボーダーという色の組み合わせが、不思議と彼を年相応の少年らしく見せているような。

また、その幼さと爽やかさが、どことなくマリンぽさを醸し出しているというか、海辺の住人を彷彿とさせるような――
妙な感覚だった。

もっとひどい言い方をすれば、なまじ目元や髪色が似ている分、あっちのバクラとの差異が余計に気になるというか、まるで雑なコラ画像のような――


「ごめん、馬鹿にするとかじゃなくて、ちょっと……ビックリしちゃって、」

咳払いをして笑いを打ち消し、必死に取り繕う私。

「…………」

ふてくされたような表情を浮かべた盗賊王に、そういえば、とあることを思い出す。

私は足早にキッチンから出て、荷物に手を伸ばした。

「バクラさん、これ……!
服、適当に買ってきたの。良かったら着て。
そのかわり、貸してた親の服は持って帰らせてもらうから。
あとバクラさんが元々着てた服は洗濯終わって家にあるから、靴や赤い上着と一緒に明日持ってくるね」

べらべらとまくし立てれば、彼がほっとしたような、少しだけ明るい表情を浮かべたのを私は見逃さなかった。

少し離れた場所では、夕食の時とは違う模様のボーダーシャツを着た白いバクラが、面白くなさそうな表情で私を出迎える。


ふと。
それは、悪魔の囁きに似ていた。

先程の二人のやり取りを耳にしていた私は、少しだけ二人をからかいたくなって――
怒られるとわかっている軽口を叩いてみることにした。

即ち。

「……もしかして、二人一緒にお風呂入ったの?」

「死ぬか?」
「殺されてえか?」

同時に返ってきた『バクラ』達の声は、私の全身にたちまち染み渡ったのだった――




違和感の塊と化していたボーダーシャツを脱ぎ捨てた盗賊王。

私が買ってきた、白いシャツに赤いパーカーと暗い色のジャージ……と下着。
一応色合いだけは元着てた服に合わせてみたのだが……

正直もうちょっと良いものを着せてあげたいところだが、服を売っているお店が閉まるギリギリの時間だったので仕方ない。
ジーンズなどは詳細なサイズが分からないと買えないし、何より……お金がない。

ただでさえ私は外套のクリーニング代、コンビニでの買い物代、フライドチキンのデリバリー代、食べ放題の料金と、明日の朝食用の買い物代……を全部払ったのだ。

これは、ほとんどバイトもしてない高校生にとっては痛手だ。

でも、たとえお小遣いで貯めた貯金が底をついてしまったとしても――
バクラ達の生活には変えられない。

だから我慢しよう、と考えていた時。


「なぁ……オマエらより年上の大人は皆、オマエより金を持ってんだよなぁ?」

タイムリーな話題が盗賊バクラの口から発せられ、私は何事かと彼の顔を見た。

「まぁ……大人で働いてる人は、少なくとも私よりはお金持ってると思うよ」

答えてから、少しばかり嫌な予感に襲われる。

案の定。

「クク……この国の人間てのは警戒心が薄い奴ばっかみてぇだからな……
道や店ん中を歩いててよぉく分かったぜ。
金に困ったらオレ様に言いな、ゆめ」

「…………」

盗賊王はいかにも盗賊らしい、不吉なことを言った。

これ以上は聞かない方がいい気がする……

「教えてやろうか?
『財布』ってやつをどこに仕舞ってるかよく観察すりゃあ――」

「おい……! 一つ忠告しといてやる。
爪先を浸けただけでこの世界を知った気になってると、いつか痛い目を見るぜ。
こっちの『保険』頼りで好き勝手されてもウゼェんだよ……!」

「なんだよ、未来のオレ様は随分とお行儀がイイんだなぁ?
欲しいモン持ってる奴を脅して、強引に奪うくらいの事はしてるかと思ったぜ……!」

「……っ、」

あー……。

心なしか頭が痛くなってきた私は、小さなため息をつくと、二人を放置して自分の荷物をほどき、洗面所で室内着に着替えたのだった。


盗賊王バクラが現れてから、まだ2日目だ。

でも何だか、実際に過ごした時間以上の重みがあるというか、濃厚な出来事ばかりがぎゅっと凝縮されているというか――

そんな気がするのだ。

たとえるなら、週末だけの小旅行。
限られた時間で、やりたいことをめいいっぱいやって、好きなことをして、お腹いっぱい食べて、思い出を作る。

そんな、旅行――


そうだ。

これは、盗賊王バクラという時間の旅行者と行動を共にした、私達の旅行みたいなものだ。

いつか終わる旅。

いいや、そもそも――
千年リングに宿ったバクラによる3000年を超えた旅だって、きっとこの時代で終わるのだ。

終わり、が何を指してるかは分からないけど。

でも少なくとも、こうやって呑気にお泊まりを満喫するようなほの甘い日々は、遊戯君とバクラの『決着』がついた後には、二度と訪れないはずだ。

確信はないけど――何となく、そう思う。

だから私は、『今』を精一杯楽しみたい。

最期まで。

いつか、闇に還るまで。

そう、思ったのだった――


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