21



――あれ?

真っ暗だ。どうしてだろう。


気が付くと私は、真っ暗な闇の中に居た。

どちらが上か下か、前か後ろかも分からない空間。


「バクラ……?」

彼の名を呼ぶ。


――そうだ。

今、私の周りに『バクラ』は二人居るのだ。

本来出会うはずのない二人。
3000年を超えた超常現象オカルト、あるいはSF。

そんな二人が――ええと、何だっけ。

計らずも現代に来てしまった盗賊バクラを、元の世界に戻してあげようと頭を捻って……、でも未だ原因も方法も分からなくて、それで……

どういうわけか……というかだいたい私が悪いのだけど、二人と、その……
享楽に耽る、コトになってしまって。

そして――
事後に、何となく、二つの千年リングを触り比べようとして、手を伸ばしたら――


思い出した。

私が二つの千年リングに触った途端、『こうなった』んだ。

何故……?

それに、この闇は一体……


不思議と恐怖は無い。

これが現実ではないことを、私は心のどこかで知っているからだろうか。

さらに、得体の知れない闇というモノ自体が、どこか親近感のあるような……

そう、私が誰より好きなあの人を想起させるからだろうか――


でも、ここは一体何なのだろう。

どうすれば戻れるのか。

わからない……

早く帰らないとバクラ達が心配――はしないだろうけど、彼らに迷惑がかかる。

どうしよう……

私が、そう右往左往した時だった。


ひたり、と忍び寄る気配を背中に感じた。

思わず振り返る。

しかし真っ暗闇の中、何も見えなければ、何の感触も無い。

でも、確実に『それ』は近くに居る。


いいや、近くなんていうもんじゃなく、もっともっと傍に――

まるで、背中に張り付くように。


『声』が、囁いた。


《よく 聞け》

《この世に 二つと 存在するはずの 無い》

《モノ同士を 重ね合わせれば》

《全て 在るべき処へ 還る》


それは、耳元で発せられたものだった。

ごくごく近く。

まるで、ゼロ距離で、息が吹きかかるほどのすぐ傍で。


本能的に粟立つ背筋。

警告音が頭の中で炸裂し、恐怖という深海に一瞬で沈められた私は、たちまち凍りついた。


バクラが孕む闇や邪悪さとは違う。

もっと異質な、理解しがたいモノだった。

人の身では認識できない、してはいけないような、圧倒的上位の――


「、――――!!!!」


声にもならなかった。

違う。違う、違う……!!

この『闇』はバクラのものとは違う。
私なんかが絶対触れてはいけないものだったのだ!

それに気付いた私は、恐怖という恐怖に全身を支配され、何が正気かも分からなくなっていた。


「バクラ……、バクラ、バクラ……!」

反射的に涙が溢れ出て、膝をついた私は――

何とかバクラの名を呼んで、呼んで、呼んで、そして――




「――――ッッ」

思い切り息を吸えば、光が目に飛び込んできた。


何が起きた。

そこに在るのは、手触りの良い……寝具と、温もり、と……


私はしばらく現実を認識できなかった。

ここが他でもないベッドの上で、傍に在るのが誰かの気配だということを視界は捉えているのに、頭が付いて行かない――

そんな印象だった。


「……! おい、生きてるか?」

声。

バクラの……声だ。忘れるはずなどない。

私を覗き込むように顔を寄せる、バクラ――

褐色肌と白銀の髪を持つ、盗賊王のバクラだ。


「…………っ」

腕に力をこめ、のそりと体を起こす。

掛け布団がずり落ち、一糸まとわぬ自分の現状を知る私。

だが、羞恥を覚えている余裕は今の私には残されていなかった。


「状況把握できてるか? ゆめ……」

彼の顔を見つめ返せば、紫がかった双眼が未だ私の様子を窺っていた。

「バ、クラ……」

ベッドに腰掛けて、私を振り返っている盗賊バクラ。
その手には本らしきものが握られている。

私はたった今まで、ベッドで眠っていたのだろう。

傍に居るのは盗賊バクラだけで、千年リングに宿るバクラの姿は見当たらない。


「……私……、千年リングに触れて……それで」

「ああ。触れた途端に意識を失った。
微動だにしねえから死んだかと思いきや、普通に息はある。
何だそりゃ……二つの千年リングにいっぺんに触れたせいか?」

盗賊王から発せられる言葉は、たった今闇の中で感じた恐怖を再び呼び起こさせるスイッチとなった。

「っっ……!!」

ほとんど本能的に抱きつく。

私が貸したシャツやパーカーを着込んでいる盗賊バクラに、思いきり。

ふざけるなと振り払われるだろうか。

しかし今の私には、彼に拒絶される危惧よりも底知れぬ恐怖の方が上位だった。

「オマエ、」

中途半端に振り返った体勢の盗賊バクラに縋りつき、腕を回してぎゅっと服を握り、顔をうずめる私。


カタカタと震える手。粟立つ背中。

――怖い。

闇の中で、得体の知れないものに耳元で囁かれた声が、はっきりと脳裏に焼きついている。

そもそもあれは本当に『声』だったのだろうか。

脳内に直接書き込まれるような、何とも形容しがたい『情報』だった。


バクラも何事かを悟ったのだろう。

彼は私を振り払わずに本を置くと、体勢を整えてから抱きしめ返し、「何があった、」と一言だけ口にした。

溢れる涙。

意思に反して恐怖の感情だけが暴れ回り、勝手に涙や震えを起こさせている――
そんな印象だった。


「闇の、中にいた…………、それで」

バクラにうずめていた口元を少しだけ離して、切れ切れに吐き出す。

脳裏に鮮やかによみがえる、『闇の中』の言葉。

――この世に二つと存在するはずの無いモノ同士を、重ね合わせれば……
全て、在るべき処へ還る――

だがそれを、私が彼に告げる事は無かった。

何となくだが――感情を抑えられないぐちゃぐちゃな状態で今それを口にしない方がいいような気がしたのだ。

もうちょっと冷静になって、きちんと『それ』を咀嚼しなければ……

乱れる心の中で、辛うじて私はそれだけを頭に刻む事が出来たのだった。


それでも、この震える体の説明はしなくてはならないだろう。

だから私は、どうにか理由らしきものを取り繕い、盗賊王に伝える。

「怖い夢……みたいなもの、を見た」

下らないとは思うが、本当にそれ以上今言える事はなかった。

『声』の正体も。意味も。わからないことが多すぎるのだ。


「……体はどうだ」

「大丈夫……。痛いところとかは、ない」

答えれば、バクラの手が緩やかに私の後頭部をひと撫でし、背中に手をやった。

――あたたかい。

目を閉じ、彼の温もりに溺れる。

抱きついても引き剥がされないのは、私がぶるぶると震えているからだろう。

本来バクラは、誰かを優しく抱きとめる類の人間ではない。

だからこれは、震えが止まるまでの執行猶予だ。


凍りついていた心に、温かいものが流れ込んで来る。

恐怖という海の中から、私を引っ張り上げる力強い腕。

合わせた胸の間で存在感を放つ、千年リング――

恐る恐る触れてみたが、今度は何も起こらなかった。
やはり『一つの』リングに触れる分には問題ないのだ。


体の震えが収まり――
彼の方から引き剥がされるのをギリギリまで待っていたい気もしたが、私は我慢して自分からそっと体を離した。

「……私、どのくらい気を失ってた?」

「一時間強……ってとこか」

「……そっか」

思いのほか短かったことに安堵し、ほっと息を吐いた。

それから――ようやくいつもの感覚を取り戻す。

「っっ……!!」

ばっ、と掛け布団を羽織り、白日のもとに晒されていた己の肌を隠した。

遅れてやってくる羞恥心。

ベッドの上で堂々と気絶した私だが、目が覚めた時にはきちんと掛け布団が掛けられていた。

つまり、どちらかのバクラが私の寝相(?)を直し、布団を羽織ってくれたに違いない。

「あ、ありがとう……ごめんなさい」

じっとこちらを見つめてくる盗賊王の視線が恥ずかしくなって、私は彼に背中を向けながらベッドの周辺に落ちている自分の服を探し始めた。


「……何故、『そうなった』か……
もう一度説明出来るか、ゆめ」

背後から掛けられる声に、私は服をかき集めながら「うん、」と答える。

「……あっちのバクラの千年リングを触って……それから、バクラさんの千年リングも触った瞬間に、なんか……
よくわからなくなった」

着替えている間中ずっと彼の視線を背中に感じた気がしたが、深く考えると恥ずかしくなるので今は捨て置く。

バクラは、割と真剣な口調で二の句を継いだ。

「『そうなった』理由には心当たりがあんのか?
おぼろげでもいい……実感として、だ」

何かを探るようなその言葉から推察すると、私が感じた『異変』を、バクラ側も何らかの形で感じ取ったということなのだろう。

だからこそ、その質問には素直に答えた。

「うん……なんか、二人のリングに触れた時、両方のリングから『何か』が伝わってきて……
それで、なんか私の中でパーン! てなって……真っ暗に、なった……
そしたら、なんか怖い夢を見て……目が覚めた」

闇の中で聞こえた声については黙っておく。

何となく……今すぐ盗賊バクラにだけそれを伝えることは、しない方がいいように思えたのだ。

話すなら、声の内容についてきちんと咀嚼して、心の準備を整えてから、二人のバクラの前で言った方がいい――

そう感じたから。


私の発言にある程度は納得したのか、バクラは「そうか、」と言って腰を上げた。

本を部屋の本棚に戻し、私を振り返った彼――

彼はふと、思い出したようにもう一人のバクラについて言及した。

「あっちのバクラ様は、オレ様にお前を預けて放置だぜ。
冷たいと思わねえか?」

その口調はまた、わざと相手に媚びるような、どこかふざけたものだった。

思わず苦笑を漏らす私。

「いつものことだよ。
シャワーでも浴びて、何かを考えてたんじゃないかな……?」

思ったままを口にすれば、盗賊バクラは少しだけ驚いたような表情を浮かべ、それから薄く嗤うと続きを語る。

「……オマエをすぐ目覚めさせる手段が、全く無かったわけじゃないようだぜ。
少なくともヤツはそれを知っていた――
だが、それを使うことはしなかった。

……さすがのオマエでも、思うところはあんだろ」

私が気絶してからの情報を、さりげなく暴露する盗賊王。

その理由は言うまでもない。

どちらかと言えばあっちのバクラに傾いている(と盗賊王は思っている)私の心を、自分になびかせる為だ。


それにしても……

私をあの暗闇から引っ張り上げる手段、とは。
一体何だろう?

でも、結局それをしなかったということは、手間がかかることか、もしくは盗賊バクラの前で軽々しく行使しない方がいい内容なのだと思う。


――千年リングに宿るバクラは、常に頭の中で利害を計算している。

彼は、予期せず気を失った私が自然に目を覚ます可能性と、そのまま目覚めない可能性を考えて――

その上で、『手段』とやらを、盗賊王の前で使うかどうかの判断を天秤にかけた。


――結果、現代のバクラが下したのは、『様子見』。
多分そんなところだろう。

私の気絶が、もっともっと長く続いてたらまた違ったのかもしれないけど……

だから私は、軽く笑って、
「あっちのバクラにもいろいろ都合があるのかもね、」
と盗賊バクラに言った。

ただ、これだとまた現代のバクラにばかり肩入れしているように聞こえるので、盗賊バクラにもお礼を言っておく。

「バクラさん、ありがとね。
心配してくれて嬉しい」

――それは本音だった。
たとえ彼の『気遣い』が、私の心を意のままに操るための策略だったとしても。


私の反応を見た盗賊王は、ケッ、という悪態をついて、
「相変わらずおめでたい頭だぜ」
と吐き捨てた。

……それで終わったなら、私はそのまま平常心を保てたのだろう。

けれども。


あろうことか彼は、やけに穏やかな声で、
「本当に大丈夫か……?」と訊いてきたのだ。

その、普通の人であれば何の変哲もない気遣いに。

私の心は一瞬でざわめいて、心臓がどくりと音を立てる。


――何故なら、その言葉を発したのが『バクラ』だったから。

いくら『まだ』人間であるとは言え、孤高で誰にも迎合しない盗賊バクラが、私を気遣うなんて――

私の中に居る彼のイメージには合わないし、その優しさめいたものにほだされてしまいそうになるではないか!

勿論それは、単純な優しさなどではなく、私の心を繋ぎ止めておくための手段――

もしくは、あっちのバクラに私の見張りを押し付けられた彼が、私の正確な安否を確認するため――なのだろうけども。


でも。

「…………っ」

再び溢れてくる涙が、私の本音から理性を強制的に引き離した。

――嬉しい。嬉しくないはずがない。

たとえ打算100%だったとしても、好きな人に優しくされて。

涙が出るほど、心が温かくなって、嬉しくて。


「……おい」

唇を噛み締めて涙をこらえた私に戸惑ったのか、こちらへ寄って来た盗賊王が私の肩を弱めに掴んだ。

「だ、大丈夫、大丈夫。
ちょっと嬉しかっただけ……バクラさんが優しかったから……あはは、」

無理矢理笑顔を作り、涙を拭う。

盗賊バクラは、感情の読めない瞳で私をじっと見つめている。

そんなふうに見つめられたら、ほら……
また、正気じゃいられなくなるから――!

私がそう、挙動不審になった時。


「見ちゃいらんねえな……!」

いきなり響き渡ったのはバクラの声だった。

もう一人のバクラ。獏良君の体を持つ白い肌のバクラ。

音もなく部屋に忍び入って来た彼は、はっきりとした口調で妙なことを言った。

「貴様にはそいつを扱うのは無理だ。
懐柔したつもりだろうが、いつの間にか逆に憑かれて振り払えなくなるぜ……!
悪霊みたいなモンだ、そいつは」

え――
悪霊……もしかして私のこと!?


しかし盗賊バクラは、今しがたの発言にたじろぐどころか鼻で嗤い、あっさりと言い返す。

「悪霊か……そいつは面白ェ……
オレ様が死霊と共に在ったことを覚えてんだろ……?
悪霊だろうと生霊だろうと、思い通りに操るなんざ簡単なんだよ……!」


――待って。まって。

バクラ達はいつも勝手なことばかり言う。

少しだけ反論したくなった私は、突っ込み覚悟で二人の会話に割り込んだのだった。

「悪霊、悪霊ってひどいよ……!
玩具だったり奴隷だったり……まぁ、それはいいんだけど……

でも悪霊って……! さすがに傷つくよ……
人間だし、簡単に操られたりしないし……!」

言い切れば、沈黙がその場を支配した。


あれ……?
なに、この空気。

ならば、と私はムキになってちょっと不穏な爆弾を投げてみることにする。

「……それこそ、浮遊霊みたいに気まぐれでふらっとどっか行っちゃうことだって、やろうと思えば出来るんだよ……!?」

――吐き出した瞬間、二人の無表情が私に向けられた。


それから白いバクラは「ハッ!!」と大袈裟に嘲笑い、褐色のバクラは可哀想なものを見るような目で私を見下ろしたのだった。

「……ゆめ、オマエはもう二度と嘘をつくんじゃねえ」

そう言った盗賊王の顔には、何とも形容しがたい、哀れみや同情のようなものが浮かんでいて――

思わず後悔を覚えた私はやけになって、
「同情するならハグをして!!」
と叫んで、傍にいた盗賊バクラに抱きついたのだった。

「……っ」

――盗賊バクラの腰がちょっと引けていたのは、笑うところなのだろうか……?

かなしい…………

それを見た白いバクラが、そら見たことかとヒャハハハと大声で嗤い――

ムッとした盗賊王に引き剥がされた私の体は、強引に白いバクラの方に放られ――
彼は私の体を、しっかりと受け止めたのだった。

何が何だかまるでわからない!

だが私は、今のこの時が永遠に続けばいいななどと。

甘いことを、つい考えてしまうのだった――


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