18



「遊戯、お友達が来てるわよ」

「えっ……? 誰だろう。今行くよ!」

日が沈み始めた童実野町。

『騒動』から丸一日が経過していたが――
武藤遊戯という少年は、いま同級生達の身に何が起こっているかなど、全く知らないのであった。



「君が一人でボクのうちに来るなんて珍しいね」

「ごめん、お邪魔だったかな……」

「ううん! 大丈夫だよ。ちょうど用事も終わって帰ってきたところだし。
それで…………獏良くん。
ボクに頼みたいことって、何……?」

「うん……」

武藤遊戯の部屋。
千年パズルを肌身離さず身につけているその少年は、疑う素振りも見せずに友人を自室へと通したのだった。

獏良くんと呼ばれた訪問者が、薄く嗤った瞬間。

「ちょっと待て、相棒」

遊戯の胸元で千年パズルが光を発し、もう一人の『彼』が発現した。

凛々しく堂々とした眼差し。
器である少年の肉体を借りているだけなのに、たちまち生まれる王者の風格のようなオーラ。

本来の武藤遊戯に『もう一人のボク』と呼ばれる、古のファラオの魂だった。

「お前……バクラだな!
何をしに来た! また獏良くんの体を乗っ取って、何を考えている!!」

もう一人の遊戯が鋭い視線で詰問する。

「ククク……」

獏良了の肉体を持つ『バクラ』は、警戒心をむき出しにする遊戯たちを嘲笑うように肩を震わせると、ここに来た目的を語り始めた。

「単刀直入に言うぜ。
遊戯……お前の持ってる千年ロッドを、オレ様に貸してくれよ」

「ッ!」

千年ロッドという言葉に、にわかに顔色を変える遊戯。
その表情はたちまち更なる警戒の色に変わり、招かれざる訪問者をぐっと睨みつけていた。

「そう警戒すんなよ……
別に千年ロッドを寄越せと言ってるわけじゃねえ。
ただ少しの間だけ貸して欲しいってだけよ……
勿論タダでとは言わねえぜ。オレ様の持ってるコイツと交換だ」

「っ、それは……!」

バクラが取り出し、遊戯に差し出したもの――
それは、千年眼だった。

千年眼ミレニアム・アイ。かつてペガサスという男が所持していた千年アイテム。
ペガサスが遊戯に敗北した後、バクラは人知れず彼を葬り、千年眼を奪っていたのだが――
それはさておき。

千年眼ミレニアム・アイ……! あの大会の後、ペガサスは行方不明になっていると聞いたが……
何故おまえがこれを!」

「この千年眼を貴様に預けるぜ……
その代わり、今だけ千年ロッドをオレ様に貸してくれよ。
なぁに、別に悪さをしようってんじゃねえ……
もちろん用事が終わったらすぐに返すぜ。
こいつは保険みてえなモンだからな」

遊戯の質問には答えずに、バクラは己の用件だけを淡々と口にした。

だが――

「ふざけるな……!
バクラ……貴様は千年ロッドで何をする気だ!
一体何を企んでいる……!!」

遊戯――ファラオの魂は当然のように反発し、バクラの頼みを聞き入れる事はしなかった。

もちろん想定内であるその反応に、バクラはフ、と息を吐くと千年眼をしまい、かわりに『カード』を切るために携帯電話に手を伸ばした。

「なぁ遊戯……オレにだって事情ってモンがあんだよ……
たとえば、貴様と同じく……守りたいもの、とかな」

「っ、何だと……!?」

守りたいものという単語に、眉をピクリとさせる遊戯。
彼はしばし沈黙し、何かを考えたようだった。

恐らく、器の遊戯と何か相談をしているのだろう。
しかし話を長引かせるつもりもなかったバクラは、携帯電話を操作すると、とある写真を画面に出したままそれを遊戯の眼前へ突きつけた。

「コイツを見ろよ、遊戯」

「ッ!」

写真――とある少女の写真。
ベッドの上で、後ろ手に手錠をかけられている友人の姿を見て、遊戯たちが驚愕しないはずはなかった。

キン、とパズルが揺らめき、器の遊戯が表へ出る。

「これは……ゆめさん……!! どうして……!!」

バクラから受け取った携帯電話の画面を凝視する彼は、どう見ても異常なその写真に声を震わせていた。

「『そいつ』に対抗するためにチカラが必要なんだよ」

最小限の言葉だけで、裏にある事情を都合よく遊戯に解釈させようとするバクラ。

「バクラくん、どうして……!
何故ゆめさんはこんな目に……! それにキミは何故――」

「遊戯! こいつはオレ様の問題だ……!
お前の仲間でもあるゆめを心配する気持ちは分かるが、今は詳しい事情を説明している余裕がねえ……
オレの言いたいことがわかるか? 遊戯よ……!」

嗤いを押し殺し、真剣な口調で訴えかける。
仲間の危機と、それを救うために『力』が必要だと匂わす――
どちらの『遊戯』も、この状況を無視できるはずは無かった。

「キミは……ゆめさんは……どうして……
キミたちは一体、どういう――」

「その辺はご想像にお任せするぜ……!
ただ言えることは、オレ様はゆめを必ず助け出す。
その為に千年ロッドの力が必要だってコトだよ……!

オレ一人で立ち回るには少々骨が折れる相手だからな……
千年ロッドの力がありゃ、力の差は覆せる。
ゆめを助けたらすぐ千年ロッドは返してやるさ……
どうする? 遊戯……!」

滑稽な物言いだとバクラは自嘲する。
だが仲間を引き合いに出して揺さぶれば、遊戯はバクラの無茶な頼みを突っぱねる事はできないだろう。

彼らは絆という、バクラには理解できないモノで繋がっている。
その、仲間を思う心――強い結束の力とやらに、かつてのバクラは敗れたのだ。


遊戯は携帯電話を握り締めたまま、沈黙していた。
また『もう一人のボク』と会話をしているのだろう。

舌打ちをこらえ、駄目押しの文言を紡ぐために、再びバクラは口を開く。
くだらないとは思えども、それが最善だと考えたから。

「なぁ遊戯よ……
オレだって昔は、一人の男だったんだぜ……?
ファラオの魂が現世で仲間との日々を満喫してるように、オレにも気になる女が一人くらい居たっていいだろうよ」

「っ……!」

信じられない言葉を聞いたというように、ポカンと口を開けた遊戯――
その手から、獏良了の携帯電話を回収し、さらにもう一押し。

「ま、信じられねえっつーならこの話はナシだ。
違う方法でどうにかするから別にいいぜ。
出来る限りのことはやってみるからよぉ……」

くるり、と遊戯に背を向けて、ドアの方へと歩き出す。

「邪魔したな」

「待って……!!」

去って行こうとするバクラを慌てて呼び止める遊戯。

バクラは密かに口元を歪ませると、遊戯を振り返らずに言い放った。

「お前にとっちゃ千年アイテムは大事なモンだもんなぁ……?
その力をオレ様なんかが借りようってのが、そもそも間違いだったってこった」

「っ、ゆめさんは一体誰に……!
ボク達も手伝うよ、だから――」

「そういうのはいらねえっつってんだろ……!!
こいつはオレ様の問題なんだよ。
頭数だけ増やしても解決する問題じゃねえんだ……!」

ある意味『仲間思い』なら当然の方向に話がずれそうになり、ばっさりと切り捨てる。

これだから厄介なんだ、とバクラは内心毒づいた。

「心配すんな。
ゆめは助けてやるよ……出来るだけ、な」

最後の一言を吐き出せば、それで勝敗は決したも同然だった。
やがて告げられる一言が、バクラの勝利を確定づける。

「……千年ロッドを渡せば、必ずゆめさんを助けられる……?」

遊戯から顔を背けたまま、バクラは舌なめずりをして薄く嗤った。

「……ああ。約束してやるよ」

振り向いて、言い放つ。
再び取り出した千年眼を手の平に乗せ、遊戯の行動を待った。

彼は鍵つきの引き出しをガサゴソと探って、やがて丁寧にしまわれていた千年ロッドを取り出した。

未だ警戒している様子を窺わせながら、そっと千年ロッドを差し出す遊戯。
その瞳は真剣で、約束を違えたら許さないという強い意志が込められていた。

「ゆめさんを助けたら、必ず返してね」
「ああ」

千年ロッドを受け取り、千年眼を彼に渡す。

千年眼がもっと扱いやすいアイテムだったならば、こんな面倒なことをしなくて済んだのだが、と憎憎しく思う気持ちもあるが、それはさておき。

「ありがとよォ」

バクラはわざとらしく千年ロッドを少しだけ振ると、それを腰のベルトに差した。
かつてバクラを一度は闇へ葬った、とある墓守の闇人格がそうしていたように。

「遊戯、もう一つ頼みなんだがよ――
この事は他の奴らには黙っててくんねえか」

「……、」

黒いコートを翻し、再び遊戯に背を向ける。

「……そのうち『成仏』する魂であるオレ様が、柄にも無く――
実らぬ想いに夢中になっているところを笑いものにしたい、ってんなら話は別だがな」

「……、実らぬ……想い……?」

「邪悪なオレ様が今更あいつにコナをかけたところで、希望は無ェってことだよ。
転校してきたばかりの頃、オレが貴様らに……あいつに何をしたか。
さすがに覚えてんだろ?」

「……、」

「オレは人知れずゆめを助けてやる。もしあいつに気付かれたら獏良了のフリをする。
だが宿主にはその記憶は無い。
そういうコトだからよ……頼むぜ遊戯」

ペラペラと心にも無い台詞をまくしたて、今度こそ遊戯の部屋を後にする。

背後で遊戯が何かを言おうとしていたが、バクラは振り返らず去って行ったのだった。
腹の底から込みあがる嗤いを噛み殺して、夕暮れの街を自宅へと急ぐ。


――そう。

普通なら、遊戯の仲間たちは誰も『バクラ』を信じない。
彼らはかつて闇のゲームに巻き込まれ、消滅の危機に瀕したのだ。

普通なら、二度と『バクラ』に近付こうとは思わないだろう。
彼らは皆、宿主である獏良了を心配し、千年リングに潜む邪悪な『バクラ』を警戒する。

それこそ、今更バクラが人間ぶってその内の一人に想いを寄せたとしても。
彼らは警戒を解かないし、懸想が実る可能性もなかった。

そう、普通なら。
普通ならそういうストーリーなのだ。

だが。

その中に一人、普通じゃない女が混じっていることを、遊戯たちは知らない。

他の誰もが避ける深淵を、自ら覗く愚かな少女がまさか身内に居るなどと、彼らは決して思うまい。

「ククク……、ヒャハハハハ!!!」

人気の少ない路地で、バクラは高嗤う。

結束の固い『仲間』のうちの一人の、身と心を丸ごと盗み――
今回はそれを逆手にとって、この予期せぬ事態に対処する策の一つとして使っているのだから、これを面白いと思わずにいられようか。

邪悪な意思バクラが、ゆめという少女に人知れず想いを寄せる……?

報われなくてもいいから彼女を助ける、だから口外しないで欲しい……?

逆。まるで逆だ!
真逆!!!


千年ロッドは他人の精神と肉体を支配する事が出来る。
墓守の闇人格のように啓示を受けたわけではないが、バクラには千年ロッドをそれなりに使いこなす自信があった。

一番いいのは、この力を盗賊王に使って支配下に置くことだが――
千年リングを持っている彼相手では、そう易々とは行かないだろう。
ただし、チャンスが全く無いわけではない。

それに、バクラの持っている千年リングと合わせてロッドの力を発動させれば、二つの千年アイテムのパワーで盗賊王を制圧することが出来るかもしれない――

さらにもう一つ。

もし、この現代をまだよく知らない盗賊バクラが、巷で衆目を集めるような馬鹿なことをしでかしたら。
居合わせた他人を都合良く操るというのは、非常に都合が良い、と。

バクラはそう考えていたのだった。


そろそろあっちのバクラは目を覚ましただろうか。

盗賊王は千年アイテムと過去にまつわるいきさつについて、内心まだ腑に落ちていない部分があるはずだ。

盗賊王は3000年前に何があったのかを本当のところ知らないし、誤解もしている。
だがそれはゆめだって似たようなものだ。

彼女は3000年前の『バクラ』が、それを取り巻く周りの人々が、どんな軌跡を辿ったのか、詳しくは知らないのだ。

よって盗賊バクラが、鬼の居ぬ間にゆめからさらなる詳細を聞きだそうとしても、大した情報は得られないだろう。

もし彼が、現代のファラオが記憶を失っていることを知ったら――
どんな反応をするだろうか。
想像に難くない、とバクラは思った。

しかし、それだけだ。
盗賊王には行き場所が無いし、重要な手がかりを自ら捨てるほど馬鹿ではない。

だから、今はまだ大丈夫だ。

そう考えて。
バクラは、マンションへ急ぐのだった――

前へ  次へ

←各話一覧に戻る


←バクラメインシリーズへ
←キャラ選択へ

bkm


- ナノ -