19



獏良君の私室。

勝手にお邪魔して申し訳ないとは思えども、私はそこで一人床に座って物思いに耽っていた。

一人になった盗賊バクラは何を思っているだろうか。
ファラオの魂が記憶を失くしていることを知り、激昂した彼。

そして、私の写真を撮って、外へと出かけて行ったもう一人のバクラ。
彼は一体何をするつもりなのか。いつ帰って来るのだろうか。

――考えても、わからないことだらけだった。


ふと部屋のドアが開かれ、視界に割り込んできた影。

「……、」

影の正体はバクラだった――褐色肌と白銀の髪を持つ、盗賊のバクラ。

3000年の時を超え、現代にやって来てしまったバクラ。

先程私は、このバクラに失せろと言われ、大人しく彼の傍から離れたのだ。
あれから20分しか経っていない。

盗賊王は無言で部屋に入ってくると、あたりを見回し、それから静かに私の隣に腰を下ろした。

「……」

彼の思惑がわからない私がじっとバクラを見つめてみれば、ふと開かれた口が一言だけ声を発する。

「ヤツはまだ帰らないのか」

その時私は、内心ちょっとだけ首を傾げた。

あっちのバクラがまだ帰ってきてないことなど、見ればすぐに分かることだろう。

それを、まるで会話のきっかけだとでも言うようにいちいち口に出した、彼――
今の盗賊王は、私の記憶の中にいる彼の印象とは少し違うように思えたのだ。

まさか彼に限って、先程の不穏なやり取りに罪悪感を感じたわけではないだろう。

ならば何故。

「うん。まだみたい。連絡もないし」

私は、このマンションにやって来た前後で盗賊王から返してもらって今床に置かれている携帯電話を指さして、現状を伝えた。

それを少しだけ見つめた盗賊バクラは、私の横でさらに距離を詰めて来ると、腫れ物に触るような手で、私の髪の毛をそっと指先で掬ったのだった。

「……」

あれから20分程度しか経ってない。

先程の盗賊王の怒りは本物だった。
彼はむしゃくしゃした思いを暴力に向かわないよう――私にちょっと手荒な真似をしたくらいで――必死にこらえ。

一人になった彼は、感情を静め、自分自身と向き合い、考えをまとめ、そして『必要だから』私の元へ来たのだ。

たったこれだけの時間で、『あれ』を乗り越えたというのか。

己が半生を賭けた根本の一番深いところに触れるだろう、あのドス黒いものを。
強引にねじ伏せて。飲み込んで。

再び、不敵な仮面を張り付けて。

「…………、」

きっと、今までずっとそうして来たのだろう。彼は。

泣き、喚き、感情のままに暴れる日々はとうに過ぎ去ったのだろう。

心を捨て。余計な感情を捨て。
自分が制御出来る分の情動しか残さずに、目的に向かってそれを意のままに乗りこなす。

孤独な戦いを続ける中で、盗賊バクラはそういう処世術を身につけてきたのだと思う。

だからこそ、今。

彼が余計な感情を全部隅へ追いやってまで私の隣に来た、その意味は。

――盗賊バクラは、先程のやり取りで、私との関係が険悪になることを恐れているのだ。

何故なら。

彼はまだ、私から聞き出したい情報があるからだ。
それこそ、あっちのバクラの目を盗んで。

だから、たとえ本意じゃなくても私のご機嫌を取っておきたい。
そう考えているに違いなかった。


私の唇から、思わずふふふ、と笑みがこぼれる。
哀しさと、嬉しさと、悟りのような感情がこもった笑いだった。

やっぱりバクラはバクラなのだ。

飴と鞭。
私を都合よく動かすための手練手管。

でも本当はそんなものなくたって、私の心がバクラから離れることなどないのに。

それが、どちらのバクラであっても。

でも、甘やかしてくれるというならそれはラッキーというものだ。

彼の思惑に乗りつつ、その温もりを謳歌してやろう――
そんな前向きな気持ちさえ湧いてきてしまう。

たとえるなら、5000円くらいだったら売ってもいいかなーと思っている品物に、「1万円しか無いが売ってくれないか!?」と声を掛けられるようなものだ。

断る理由などない。


――けれども。

「なんていうか……、ごめんなさい。
もっと順を追って説明すれば良かった……。

それに、こういうのは慣れっこだから大丈夫だよ。
慰めてくれてもくれなくても、私の気持ちは変わらないし。
だからバクラさんも、私に気を使わないで好きに過ごしていいよ」

盗賊バクラの思いを逆手に取って貪ろうとした私はしかし、気付いた時にはネタばらしをしてしまっていた。

それは、この世界で不自由を強いられている盗賊王を、少しでも自由にしてあげたいという気持ちから来るものだった。

それはたとえば、情報のために出会ったばかりの女の機嫌を取るとか、懐柔するだとか。

昨晩の秘め事のように、『そうしなければならないから』、本来はどうでもいい女とそういうコトをしたり、だとか。

そういう面倒臭くて、嫌なモノから、出来るだけ、彼を遠ざけてあげたいと――


盗賊王は今でもあっちのバクラを警戒している。
それはそうだろう。
あっちのバクラは盗賊王が知らない情報をまだ握っているのだろうから。

でも、私に対してはもう、そういう探り探られみたいなモノは要らないのだ。

私は持てる情報を全部盗賊バクラに吐き出したし、ご機嫌取りなんかされなくても私はずっと彼のことが好きだし、だからそれでいいのだ。

だからこそ私は、二の句を紡いだ。
それをこのバクラに報せるために。

思惑のためのご機嫌取りだと分かっているから、もう構ってくれなくていいよと伝えるために。

――でないと、勘違いをしてしまいそうになるから。

「私は、どっちのバクラも好きだから……
だから『これ以上』は無いし、『これ以下』も無いし。
正直、私の知ってることはもう全部バクラさんに言っちゃったし。

……だからもう、優しくしてくれなくていいよ。
そりゃあ、触れられると嬉しいけど……でも、バクラさんにとってはもう意味ないから。
だから――」

「ふざけんな」

寸断された会話。

何事かと口をつぐめば、バクラが「ケッ」と面白く無さそうに悪態をつき、私のうなじを撫で始めた。

ぞくりと背中が震える――恐怖ではなく、期待に。

「何を考えてんのか知らねえが――
勝手にオレ様の腹ん中を推し量ってんじゃねえ」

「……っ」

「さっき教えてやった言葉を忘れちまったのか?
オマエだから、オレ様はヤツとの3000年を超えた繋がりを信じた部分もあるんだぜ。

……好みの女じゃなかったら、ここまで回りくどいことしてねえよ」

息が止まった。


遅れて気付く。

やばい。やばい……!

バクラは私のネタばらしを聞いて、さらに上から被せて来たのだ。

まるで、詐欺だと知らずに儲け話に乗った人が、周りの人にそれは詐欺だよと忠告されて――
不安になってそれを馬鹿正直にも騙した人に問い詰めた結果、さらに上手い論理ロジックに言いくるめられて、やっぱり騙されてなかった! と間違った方向に自信をつけてしまうような、そんな――

馬鹿正直にも私は、自分の考えていることを――バクラがご機嫌取りをしようとしていることに気付いてると――わざわざ彼に言ってしまい。

彼は、それが当たっていてもいなくても、とにかく更なる爆弾を投げ込んで、手早く私を言いくるめることにしたのだ。

私の馬鹿。

何も考えずに、与えられる熱をこれ幸いと貪っておけば、それで良かったのに。

「……っ」

――でも。

我が物顔で現代に暗躍するあっちのバクラならともかく。

右も左も分からないこのバクラの、必死の足掻きを――
その思惑に気付きつつも自分の快楽のために利用するなんて、あまりにも卑怯じゃないのかと。

そう、思ってしまったから。

それに、いくら盗賊王が私を懐柔しても、私はあっちのバクラから離れることは出来ない。

もちろんあのバクラの為にこのバクラを捨てることなど出来ないが、その逆もまたしかりなのだ。

だから、盗賊バクラがどれだけ私に労力を割いて、自分だけに靡くよう仕向けたところで、それは徒労なのだと、彼に分かってもらいたい。

彼の思惑に気付きつつもそれに乗るのは――
やっぱり私には、出来な――

「わっ……!」

いきなり割り込んできた衝撃に、思考を打ち砕かれた。

盗賊バクラの褐色の手――
その手が、私の胸を服の上から鷲掴み、不敵に嗤っていた。

「あ、ちょっとバクラさん、だから、こんなの意味な――
っ、や、ぁ……、揉んじゃ、だめ……!」

まずい。まずい。

バクラから『そういう』刺激を与えられたら、私は何も考えられなくなってしまう。

必死の思いでバクラの手を引き剥がし、背中を丸めて彼に背を向けた。

心臓がばくばくと高鳴っている。
火照る頬――否、顔だけじゃなく身体全体が。

「ククク……なんだよ。
『全部喋っちまってその必要がない』から……
『優しくする意味がない』から、もう触れさせてもくんねえってか」

「っ……!?」

バクラの物言い――気付く。

これは私が言ったことだ。

違う。違う、そうじゃない!
それは逆の意味で――!

「違うよ……!
意味がない、のはバクラさんの方でしょ……?
私はずっとバクラさんのことが……好き、だよ、だから――」

「ならそれでイイじゃねえか。
こちとら、オマエに惚れられて悪い気なんざしてねえぜ?」

「っ……」

殺し文句が脳髄を揺さぶる。

バクラの力強い腕が背中を丸めた私の後ろから迫り、シャツの裾から忍び入った手に防御をこじ開けられた。

「や、ぁ……」

背後から抱きすくめられ、お腹を撫でられる。
ブラの下から強引に割り込まれる手には既視感しかない。

膨らみをじかに揉まれ、突起を弾かれれば自然と甘い声が漏れた。

「さっきは乱暴にして悪かったな。
体痛ェだろ? オマエの体、折れそうになってたもんな」

いい、いい。謝らなくていい。

そんな似合わないこと言わなくていい。
そんな優しくされなくたって、私は……!

「ホント、に……っ、ぁ……
私は、あのバクラを、裏切らない、よ……!
バクラさんのことも大切。だから……、
こんなことしても、意味ないし、ホントに、情報だってもう無いし――」

必死に言葉を紡ぐ。
だが、彼にはもはや何を言っても無駄なのだった。

「意味がねぇとか勝手に決めつけてんじゃねえよ……!
オマエはオレ様に入れ込んでる。
オレにとってもこの行為は意味がある。
それでイイだろうが……ゆめ」

頭が回らない。
だめだ。このままじゃ、また――

「なんで……そこまで」

口にすれば、耳元に迫る盗賊王の唇。

「なんで……?
……ハッ、もっと口説いて欲しいってか?
悪ィがそんなガラじゃねえんだよ……
オマエだって、惚れた腫れたの安っぽい口上がお好み、ってわけでもなさそうだしな。

あっちの『バクラ』だってそうなんだろ?
見てる限り、愛を囁かれて騙されて舞い上がってるって感じじゃねえもんな。

なら言うことは一つだ……
お前とヤりてぇんだよ、ゆめ」

大きく胸を打った鼓動には、痛みさえあった。


バクラはずるい。
どっちのバクラもだ。

ただでさえ私はバクラに逆らえないのだ。

そんな、熱っぽい声で。
逸る手つきで、身体をまさぐられて。

内心どうあれ、ギラついた欲望を剥き出しにされて。

――抗えるわけがないではないか。

口からは艶っぽいものが漏れ、全身はぐずぐずと燻り熱を溜め、決壊する理性の堤防が欲望を氾濫させている、そんな私が。


バクラは私の首筋に唇を寄せ、何度も口付けながらとんでもないことを言った。

「オレ様が寝てる間にヤツに抱かれたんだろ……?
ご苦労なこった」

「……っ」

反射的に収縮する下腹部が、否応なしに先程の逢瀬を脳裏によぎらせた。

「ヤツの体は良かったか……?
秘密をバラしたことで手酷く痛めつけられたわけでもなさそうだしな。
良かったな、許してもらえてよ」

既視感。

二人のバクラは同じようなことを言う。

「昨日オレがつけてやった痕はどうした……?
ここにいくつかあったはず――

……ククッ、やっぱりな。
ヤツは面白くなさそうな顔でオマエに噛み付いたんだろ」

ぐい、とシャツの首元をずらしてあっちのバクラの噛み跡を見た盗賊王。

その口調は心なしか面白そうだったが、裏腹に手つきは少しだけ乱暴になり、噛み跡に被せるように歯を立てられた。

「や、いたっ……」

あっちのバクラと盗賊バクラの、『人格』の部分が近似値だとしたら――

盗賊王バクラとの秘め事を獏良了バクラが面白くないと思ったのと同じように、獏良了バクラとの房事を盗賊王バクラは面白くないと思ったのかもしれない。


少しだけ機嫌の悪い彼の手が強引にシャツを脱がしにかかり、破けることを恐れた私はそれを手伝って、上半身の衣服を全て脱ぎ去る。

「上手く脱がせらんなくて悪かったな……
この世界のモンはまだよく分かんねえからよ」

「っ、すぐ慣れるよ、バクラさん器用だから」

皮肉めいた発言に思わず素で言葉を返してしまい、あ、と気付く。

これじゃあ、これからもこういう行為をしていいと言ってるのと一緒じゃないか……!

「クク、後で教えてくれよ……ゆめ」

茶化しながら私の肌をまさぐるバクラの手は、私の全てを奪って行くのだった。


顎を優しく掴まれ、少しだけ振り向いてみれば、そっと唇を塞がれる。
先程ソファの上で噛み締めたせいで生まれた唇の傷口が、小さくちくりと痛んだ。

その傷に気付いたのか、まるで獣が仲間を労わるように、私の唇をぺろりと舐めるバクラ。

脳を介して、たちまち電流が下半身に流れ込んで行く。

優しさと勘違いしそうになるその行動が、私に足枷を付けるのだ。


私を背後から抱きすくめ、下肢に伸びていく彼の手。

「ぁ、だめ……」

服を脱がされるのを手伝っておきながら、我ながら往生際が悪いとは思う。

だが私には、このまま盗賊王に流されてしまうことを望む本能を、どうしても理性でねじ伏せなければならない理由があるのだ。

すなわち。

「嬉しい、けど……っ
でも、やっぱり今は、ダメだよ……!
だって、バクラが、帰って来るし……っ」

そう。

いくら一人で暗躍することが多いバクラでも、この状況で連絡もせず長時間私たちを放っておくとは考えられない。

連絡は未だ無い。
ということは、バクラは今すぐにでも帰って来るかもしれないということだった。

しかし、私の切り札も、盗賊バクラには全く通用しない。

「ヒャハハ、イイじゃねえか。
バクラ様が帰って来たらこの光景を見せてやろうぜ……!
ヤツは怒り狂うと思うか?
宝を横からかっ攫われて、キレない盗賊なんていねえもんなぁ……!」

盗賊バクラは、トラブル必至のこの状況をまるで愉しむように、私の身体を背後から回した手で弄び続けた。

ショーツの上から大事な部分を撫でられて、遮る余裕もなく、もう片方の手で胸を揉みしだかれる。

前から触られるのとは違い、後ろから掬い上げられるように膨らみを掴まれれば、身も心もバクラに包まれている気分になってしまうのだった。

そして。

次に吐き出された言葉と、耳をついた異音が、私の呼吸を完全に止めることとなる。

「つーか……もう帰って来たけどな」

「っっ!!!」

バタン、と廊下の方から聞こえた音は一体何だろう。

考える間でもない。
玄関のドアが閉まった音だ。

何故、閉まったか?
簡単だ。一度開けられてから、閉められたからだ。

「ぁ、や……」

嘘。うそ、だってこんな――

こんなところを見られたら――!

到底誤魔化しようがないし、だって、でも、バクラが帰っ――、そこに、え……!?


部屋のドアが、開い、――――


「……よぉバクラ様……
何処行ってたんだ? もうちっとお出掛けしてていいぜ。
こちとら取り込み中だからよ」

「っ、……!! ……!!!!」

開かれたドア。

ボーダーシャツに黒いコート。
胸元で輝く、千年リング。

獏良了の肉体を持つバクラが、そこには立っていた。


全身の血の気が失われ、頭を殴られたような衝撃を受けた。

だって――

私は――

今、盗賊バクラに背後から抱きすくめられていて。

上半身裸で。胸を揉みしだかれて。
辛うじてまとっているスカートの中にも、褐色の手が忍び入っていて。

頬は上気し、はぁはぁと呼吸は荒くなっていて。

それを、部屋に入って来た彼に、ありありと見せつけるような格好で――


死ぬしかないと思った。

何を言っても言い訳にしかならないと思った。

最低だ、私――

目の前が真っ暗になる。


でも。

助けてバクラ、という言葉を――

私はついぞ口にしなかった。

もしその一言を口にすれば、この状況は変わっていたのかもしれない。

けれども。

それを口にしてしまったら、全てが終わる気がした。

盗賊バクラを振り払うために現代のバクラに助けを求めたら、『私』が瓦解する気がした。

だから、言わなかった。

この惨事は盗賊王によって引き起こされたものだとしても、きちんと拒まなかったのは――
拒む気など本当は無かったのは、私の問題なのだから。


だから私は今、帰宅するなり嫌なものを見せつけられた形になったであろうバクラを黙って見つめ、このどうしようもない事態の収拾を、彼に求めた。

バクラは怒って私を盗賊王から引きはがすだろうか。
情事を邪魔された盗賊王は憤激してバクラと争うだろうか。

はたまた、私はグサリとバクラに一撃で葬られるだろうか。

もしくは――

だがそんな私の月並みな予想を、盗賊バクラの言が遮った。

「『そいつ』を手に入れるために出歩いてたのか? ご苦労なこった。
で……早速試してみるってか? この場でよ。
貴様がオレをそんなに葬りたかったとはな……!
かつての自分自身に随分冷たいじゃねえか」

彼は何を言っているのだろう……?

「……勘違いすんじゃねえ。
『こいつ』は保険だ。てめえが外でやらかした時のためのな。
大人しくしててくれりゃあ使うこともねえよ」

「ほぉ……上手い言い訳を考えたじゃねえか。
ならせいぜい『現代文明に疎い古代人』てやつを守ってくれよ?
期待してるぜ、『バクラ』さんよ……」

バクラたちの会話はまるで意味が分からない。

ただわかるのは、バクラは外で何かを手に入れて来たということだけだ。

でも……ちょっと待って、盗賊王がそれの正体に気付いたってことは……

まさか、バクラは違う千年アイテムを――!?


「ところでバクラさんよ……
絶対に自分を裏切らない奴隷を傍に置いとくってのは、なかなかイイ趣味してるよなぁ?
……一体くらいオレ様にくれよ」

私の胸をまさぐりながら不穏なことを言う盗賊バクラ。

そうだ、私このままじゃ駄目だ、どうにかしないと……!

だが、唇はわななくだけで何も言葉を紡いではくれなかった。

「そいつはオレ様のモンだ……
貴様が『バクラ』だから懐いてるが、本来貴様に御しきれるような女じゃねえよ」

黒いコートを脱ぎ捨て、獏良君の肉体を持つバクラが部屋に踏み入って来る。

「それはどうかな……
オレ様は盗賊王だぜ? オレ様に盗めないモンなんざねえよ……!
それがたとえ、未来の自分の女であってもな」

「ならそいつに聞いてみるんだな。
そいつは貴様を『選ばない』。何があってもだ」

「ケッ……! 随分自信満々じゃねえか……!」

バクラたちは勝手なことを言う。

そして私は、バクラたちの前で無様な醜態を晒している。

何もかもが揺らいでいく――

現実感さえも。


「ゆめ……オマエはどうすんだよ……
こんな恥ずかしいところを見られて、コイツに冷たい目で見下されて、それでもこのバクラがいいってか?

コイツはお前のことを奴隷や玩具としか思ってねえんだろ……?
オレ様ならもうちっとマシな扱いしてやるよ。
別に、コイツを切り捨てろつってんじゃねえ……
ただオレ様のモノになっとけ、つってんだよ」

耳元で囁かれる懇切丁寧な物言い。

愛をちらつかせていないのに、それはこの上ない口説き文句だった。

思考が溶け出す。

抗えない衝動が、私の存在を盗賊バクラに委ねさせようとしている。

――でも。

でもね。

違うんだよ、バクラさん……

「バクラさん……私なんかにそんなこと言ったら、勿体ないよ……
嬉しすぎて死んじゃう…………でもね、」

「でも……? なんだよ。
やっぱオマエは、オレ様よりもこいつの方がいいってか……?
ケッ、同じ『バクラ』であっても、コイツとの付き合いの方が長ェもんな!」

違う。
そうじゃ、ない――

私は。

「違う、よ……
その…………どっちのバクラも、好き、なの」

吐き出す。

「どっちのバクラも、愛してるんだよ……!
初めて会った時に電話越しに言ったのと一緒。

バクラが2倍なら、どっちも欲しい……!
どっちかなんて選べない……!!
二人ともバクラなんだから……!!」


それは強欲で醜くて、どうしようもない私の性質だった。

でも、それこそが、私だから。

だから――

「ヒャハハハ!!
そうだよなぁ、それでこそオマエだ!!!

バクラ様の全てにイカレちまってる、強欲でどうしようもねえ女だもんなぁ……!!」

白いバクラの哄笑が響き渡り、私は俯いて、自嘲気味に薄く笑うしかなかった。

盗賊王が背後で黙り込む。
彼はきっと私を、汚いものを見るような目で見下しているのだろう。

白いバクラは勝ち誇ったようにククク、と肩を震わせ盗賊王を挑発する。

「なんだよ、盗賊王ともあろう男がビビっちまったか……?
貴様じゃその女は扱えねえよ、諦めな」

それは勝利宣言にも似ていた。


――しかし。

「ふざけんじゃねえ……
そう言われて宝を諦める盗賊がいるかってんだよ……!」

盗賊王もまた、『バクラ』なのだ。

私は彼を振り返り、その顔を窺った。

その瞬間、噛み付くように塞がれた唇が、呼吸を奪う。

「ん、……っ!」

わずかな時間で離されたそれに、私は何も言うことが出来ず、硬直するだけで。

「てめえの仮初かりそめの体より、本来のオレ様の体の方が悦んでたぜ、こいつは」

唇を舐めながら現代のバクラを挑発する盗賊バクラ。

何を……言ってるの……!?

「そいつは『バクラ』なら何でも悦ぶんだよ……!
たとえ二人同時に弄ばれようともな」

「……っ!?」

白いバクラから投げつけられる爆弾。

や……だ、バクラ、何言ってるの……!?

「なら試してみるか?
『3000年後のオレ様』よぉ……」

てっきり眉をひそめるとばかり思っていた盗賊バクラはしかし、さらに不穏な言葉を返す。


私はここに至って、身の危険を感じ始めた。

バクラたちは、ちょっとおかしくなっている。

何故そうなったか――

私と盗賊バクラのいかがわしい事の最中に、白いバクラが帰って来てしまったからだ。

千年リングに宿るバクラは、盗賊王と触れ合う私を見て、怒鳴ったり実力行使に及んだりはしなかった。

それはきっと、今ここで盗賊バクラとまたやり合うのは得策でないと考えたからだろう。

だからこそバクラは――バクラたちは。

私という名の玩具、緩衝材を、この場面における手打ちの道具にしようとしている――!?

それに気付いた私は、慌てて盗賊バクラの腕から離れようともがいた。

でも!


「や、や……!!」

「暴れんなよ、おら……!」

いとも簡単に体を盗賊王に抱き上げられてしまい、そのままベッドの方へ運ばれていく私。

「うそ……やだ、冗談、だよね……?」

震える唇で紡ぐ言葉とは裏腹に、ぐんぐんと熱を上げていく己の身体。

「ククク……おめでとうよゆめ……
『あの幻想』が現実になったぜ」

ボーダーシャツのバクラが嘲笑うように言い、盗賊バクラはそれを鼻で嗤った。

「ったく、とんでもねえ女だぜ」

私の身体をベッドに放り出した盗賊王の言葉は、呆れるというよりもこの状況を面白がっているようなもので――
そしてその紫がかった双眸には、飢えた獣の欲望が浮かんでいた。

「なんで……」

もはや逃げ場などない。

いつか、バクラが2倍などと浮かれていた私は、これからその2倍の熱をこの身に受け止めることになるのだ。

「やだ……」

滲む涙。

だがそれは悲嘆や恐怖から来るものではないことを、私は知っていた。

それは、期待と感動からくる涙だった――


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