16



はじめに見たとき、私は自分の目を疑った。
見間違いじゃないのかとすら思った。

何故なら――

あれだけ警戒していた盗賊バクラが、無防備にもソファに寝転び、そのまま寝てしまったのだから。

褐色の肌に白銀の髪。頬に深く刻まれた傷痕。
いつもぎらぎらと物騒な光を放つ双眸は、今静かに閉じられ、瞼の境界を色素の薄い睫毛が控えめに縁取っていた。

「……っ」

心臓がずきずきと音を立てて甘く疼く。

かわいい……好き……愛しい……

様々な感情がごちゃ混ぜになって血液に溶け込み、私の全身を一気に駆け巡っていった。


そういえば、とようやく思い出す。

昨晩。
私が疲れきった体で2階に戻ってきた時――

バクラは、褐色肌を惜しげもなくさらしながら、私のベッドで寝転んでいた。

服を着て、とお願いして、何とか目のやり場に困る状態を脱し――

彼の隣に寝転ぶのもなかなか恥ずかしかったが、体力が限界だった私はそのままベッドでバクラの温もりを感じながら、眠りに落ちてしまったのだった。

そして、朝は彼に起こされた。

もしかしたら……、もしかしたら盗賊王は、昨夜一睡もしていないのかもしれない。



「私寝ちゃってて全然気付かなかった……
バクラさんに悪いことしたな……ベッド譲ってあげればよかった」

ソファで寝ている盗賊バクラをそのままにし、獏良君の私室へやって来た私は、『彼』に向かって反省の弁を述べた。

彼――もう一人のバクラ。
この現代で獏良君を宿主とする、バクラだ。

「でもさっきね、本当に寝てるかと思ってちょっとだけ手を伸ばしたら、ぱしっと払われたの。
微妙に起きてるのかな……?」

「やめときな。
寝てる盗賊王ヤツに黙って近付いたら、殺されても文句は言えないぜ」

即答で返されるバクラの恐ろしい言葉に、私は思わず息を呑んで「えぇ……」と声を漏らした。

「今のヤツには己の身を守る精霊獣が無い。
本来なら絶対に安全だと分かっている場所でなければ、呑気に眠ることなんざ出来ねえだろうが――

ヤツなりにこの見知らぬ世界で気を張った結果、疲労がピークに達したんだろうよ。
それでも身の危険が迫ればたちどころに目を覚ますはずだぜ」

腕を組んで語るバクラの物言いには、妙な説得力があった。

「まぁいい。このまま暫く寝かせておけ。
……それよりも、だ。

ゆめ……貴様はオレ様に言うべき事があんだろ……?
さすがの貴様でも、オレ様や千年パズルに宿る魂について、ヤツに喋ったらどうなるかってコトくらいは……わかってたよなぁ?」

「っ!!」

不敵な笑みと共にわざとらしく吐き出された言葉。
そうだった、と雷に打たれたように思い出す。

ここに来る途上、盗賊バクラが予期せず遊戯君を見つけてしまい、その対処に追われてすっかり忘れてしまっていたが――

そもそも私は、盗賊バクラの懐柔策に引っかかって、こっちのバクラの正体を彼に漏らしてしまったのだ。

やっぱり、ちゃんと謝らないと……。

「……バクラ、ごめんなさい……。
私、あっちのバクラさんにバクラの正体を話しちゃった……。
と言っても、盗賊バクラさんの魂が千年リングを経て、3000年後に持ち越された、ってことだけど……

でも、そうしないと誤魔化しきれなかったの……!
バクラの目的は何だ、って迫られたから……
現代のバクラの邪魔をするってことは、自分の目的を引き継いだ未来の自分の邪魔をすることだよ、ってバクラさんに言うしかなくて……

あと、千年パズルのことは一切言ってないよ。
でもコンビニで目を離しちゃって、結果遊戯君を見つけてしまったのは私の落ち度だと思う……
本当にごめんなさい」

私は今までの経緯を思い出しながら、言い訳めいた口上を並べ立てながらもバクラに謝ったのだった。

バクラは獏良君の椅子に腕と脚を組んで座り、鋭い視線で私を睨めつけている。

その視線に当てられて立ちすくむ私は、額から冷や汗を流しながら俯くことしか出来ないのだった。

手が震える。

バクラは恐らく私をほんの少しは信頼して盗賊王を預けてくれたはずなのに、私がしたことと言えば盗賊王に籠絡されてベラベラと不用意なことを喋っただけ……

こんな愚かな奴隷を持った主人はどんな気持ちになるだろうか。
考えるまでもなかった。

バクラの口がゆっくりと開かれる。
そこから発せられる声は、やけに静かで、そして冷ややかなものだった。

「懺悔はそれで終いか? ゆめ……」

「……っ」

バクラが音もなく立ち上がり、かわりに私は反射的に膝をついた。
両手を床につけ、土下座寸前の姿勢で固まり、バクラを見上げる。

謝って許されるなら何でもする。
そもそも私が人質なんかになったから、バクラはあの庭で退く羽目になったのだ。

私がもっと、冷静だったなら。

バクラが2倍などと浮かれずに、立ち位置をもう少し考慮していたならば。

後悔が胸を刺す。

バクラ、ごめんなさい――


だが。

「……勘違いすんなよゆめ……
オレ様はオマエの手腕を認めてやってるんだぜ」

――え?

す、としゃがみこんだバクラが、私と同じ視線の高さでそんなことを言った。

「…………、」

「お前がヤツを前にして、一言も情報を漏らさずに居られるとはハナから思っちゃいねえよ……
お前はヤツを、現代文化の珍しいモンである程度手なずけた。
さらに、一番厄介だったオレ様の正体に関わる部分を穏当に伝えたおかげで、ヤツの軽はずみな暴走を食い止めた。
褒めてやるよ……ゆめ」

「っ……!!」

至近距離で囁かれた言葉。

それはとても穏やかで、甘い声で――

現実感が揺らぐ。

だって、え、バクラが私を認めてくれるなんて……!

私を褒めてくれた!? バクラが!?

「立てよ」

優しく告げられる一言。

言われるまま立ち上がった私の脚は震えていた。

恐怖にではない。
感激、感動、歓喜――そんな感情。

「バ、クラ……」

同時に立ち上がった彼の、真っ直ぐな眼差し。
その双眸に潜む感情を読み取ろうとしたが上手くいかなかった。

だが今はどうでもいい。
彼が認めてくれるなら、それで――

ふわりと空気が揺らいで、ぬるい温度に体を包まれる。

「っ……!」

目の前にあるバクラの肩口。
背中を撫でる手の感触。

バクラに――抱きしめられた……?

気付いた瞬間、じわりと滲む涙。跳ね上がる体温。
本能に刻まれた条件反射のようなものだ。

バクラ、バクラ……!

目を閉じる。

煮立っていく頭が思考を乱していく。何もかもわからなくなる。

ただ、嬉しくて暖かい。
胸の奥が、体中が熱い。

恍惚に溺れつつあった私はそうして、バクラの体を抱きしめ返そうと――
腕を動かしたところで。

背中に回された彼の手がやんわりとそれを遮り、私の手首を優しく掴んだ。

後ろでまとめられる両手に、ならばと、されるがままに身を委ねていたところで。

唐突に。

肌に触れた硬くて冷たい感触と、やや遅れてカチャリという金属音。

「……?」

え、

何が起きたか分からなかった。

ただ分かるのは――

直後に消えた体温に、バクラが私から離れたのだという事実と、それで解放されるはずだった私の両手が、後ろ手に回されたまま動かなかったということだった。

(あれ、……?)

――その時私は、確かにポカンとした間抜けな表情をしていたのだろう。

わけがわからなくて、バクラの顔を見つめる。

その口元が、面白そうに、そして残酷に歪んでいた。

「バクラ……?」

どくりと大きく波打った心臓が、不穏な予感を引き連れてくる。

気付きたくないと思った。
でも同時に、半ば反射的に『期待』している自分も居た。

「クク……、ククク」

肩を震わせて嗤うバクラ。
邪悪なモノを隠さないいつもの『彼』だ。

「そういう顔が面白ェんだよなぁ……オマエは……
怯えと期待が入り混じったような、正直な顔がよぉ……」

「っ、」

一歩、後ずさる。

さらに、もう一歩。

これでもそれなりにバクラのことは分かっているつもりだ。
彼が何をするつもりなのか、私は薄々気付いている。

だからこそ。

「逃げんなよ……ゆめ」

ぱっと掴まれた上腕に食い込む白い指は、やたらと力強かった。

抵抗する間もなく体を引っ張られ、制御を失った体が揺らぎ、次の瞬間には弾力のあるものに叩きつけられた。

「んッ!」

うつ伏せの状態でベッドに放り出されたのだとすぐに気付いた。

背中に回ったまま固まった両手。
闇雲に動かせば、カチャカチャと金属音だけが響いて、硬いものが手首に食い込んだ。

体を起こす前に、後頭部を押さえつけられ、耳元で囁かれる声。

「認めてやるよ……オマエの功績はな……
だがな、全部を許すとは言ってないぜ……!
たとえば、オマエがヤツに進んで籠絡されて、だらしねぇ面で享楽に耽ってやがった事とかはなぁ……!!」

「っっ!!」

息が止まる。

やはり全部バレているのだ、バクラには。
私が盗賊バクラと何をしたか。

「っ、ごめんな、さい……」

無意識に謝罪の言葉が口をついて出る。

「別に謝らなくていいぜ……!
『それ』がオマエだってことはとっくに分かってるからよ――

クク……そういうオマエにとっちゃ、ご褒美をお仕置きと相殺するってのも悪かねえだろ……?」

バクラは不穏なことを言う。

一分一秒ごとに、熱を上げていく私の身体。
心臓が、頭の芯が、下腹部が疼いて止まらない。

後ろ手に回された手首は、力を入れても外れてくれる気配が無い。

私の焦りに気付いたのか、彼は『拘束』の正体を語った。

「イイもん手に入れたからよぉ……オマエにつけてやったんだよ」

「な、……」

手首を拘束する金属質のモノ。
手錠と呼ばれるそれを、目で確かめる余裕は今の私には無い。

「クク……どっかの変態野郎が持ってたやつを、ちょいと拝借してやったのさ……!
なぁに心配すんな、後でちゃんと外してやるからよ……!」

耳元から離れたバクラの残酷な声が、頭上から降り注いで私の全身を侵食した。

「や、やめ……」

高鳴る鼓動。口をついて出る拒否の言葉。

けれどもそんなものは、もはや何の意味も無い。

「声抑えとけよ? ヤツが起きちまうからな!」

控えめな声量で言い渡された最後通告。

「ッ、だめ……っ」

芋虫のように身をよじるも、スカートをまくり上げられ、有無を言わさぬ力で強引に下着を剥ぎ取られた。
空気に晒された肌がぶるりと震え、うつ伏せで潰れる肺から呼気が漏れる。

「やだ、やだ……っ!」

既視感。

いつかの真っ暗な倉庫を思い出す。
あれは文化祭の最中の学校だったか。

私はこのバクラに、今のように両手を拘束されて、後ろから無理矢理――

「真っ暗闇の中じゃなくて悪かったな。目隠しして欲しけりゃしてやるぜ?」

そんな私の回想を見透かしたように茶化す、バクラの声。

涙が滲む。
脚をバタバタと動かすが、後ろからバクラにのしかかられてそれ以上動けなかった。

シャツの裾から忍び込んだ冷たい手がお腹をなぞり、強引に下着の下に潜り込んで胸を鷲掴んだ。

「あっ……!」

指で突起を押し潰されれば、たちまち漏れる淫らな声。
別室にいるもう一人のバクラの存在を思い出し、それ以上の喘ぎはベッドで口を塞ぎ押し殺した。

「いいぜ、そのまま黙ってな」

カチャカチャという手錠とは別の金属音が耳をつき、再び既視感に襲われた私は奥歯を噛んで目を閉じた。

体に乗っかっていた体重が軽くなったのも束の間、腰を引っ張られ、下半身を突き出す格好にさせられる。
羞恥と期待感が膨らんで、次の瞬間炸裂した。

「っ、あぁ……ッッ!!! っ、や、……ッ!!」

有無を言わさずねじ込まれる熱。

無理矢理こじ開けられた入口に引き攣るような痛みが走り、しかし甘さを伴った痺れが同時に拡散して、バクラを容易に呑み込んでいった。

「あ、は……」

バクラが先程、私を見つめ、褒めてくれた時。
その頃から既にこの身体は燻り始めていた。

たとえ手錠を嵌めるための策略でも、抱きしめてくれた時に、燻った熱は蜜となって潤みを生んでいたのだ。

卑猥な身体。
バクラの存在に当てられて容易く反応する私。

「っ、あん……!」

硬いモノが奥を突き、衝撃で勝手に声が漏れだした。

「声抑えとけっつったろ?
ヤツに気付かれてもいいのかよ……?
オレ様に犯されてる姿をヤツにも見てもらいてえってか……?」

ゆっくりと中を擦りながら問いかけてくるバクラの言葉に、私の脳裏には反射的に褐色肌の彼の姿が浮かんだ。

この部屋に盗賊バクラがもし、飛び込んで来たら――
昨晩体温を共有したばかりの彼が、今の光景を見たら――

ずきり、と心臓が鳴る。
同時にきゅっと収縮した下腹部。

「……っ」

それは羞恥心と恐怖と罪悪感のはずだ。
だが、それだけではないことを、私は知っている――

「ハッ、なんだよ?
ヤツとの行為を思い出して興奮したってか?
悪かったなぁヤツじゃなくてよ――
あっちのオレ様はそんなに良かったか?」

「っ、あぅっ……! んん、ん、んっ!」

別室には聞こえない程度の声で語気を強めたバクラが、私の身体を深々と穿ち、荒っぽく腰を打ち付け始めた。

視界の端が明滅する。
シーツを噛んで、漏れ出す声を必死に殺した。

バクラはきっと腹を立てているのだ。
本来『こっちのバクラ』に従っているはずの私が、あっちのバクラに身体を差し出してしまったから。

裏切り――
秘密にまつわる結果だけを見ればお咎め無しとはいえ、それでもあれはこのバクラからしたら裏切り行為に違いなかった。

これは、ご褒美とお仕置きの相殺だと彼は言った。

だが私にとっては――
どんなに手荒な真似をされても敏感に快楽を拾うようになった私にとっては、バクラに触れて貰えることすらがご褒美なのだ。

だから。

「ヤツはお前を籠絡するために優しく触れたか……?
良かったなぁ構ってもらえてよ……!」

皮肉めいた悪意をぶつけられても、私の身体は、ただ悦ぶだけで。

相反するように痛む心は、犯した罪への当然の報いとして受け止めることしか出来ないのだった。


「こんなに痕つけやがって……
オレ様が気付かないとでも思ったか?」

シャツの首元を引っ張られ、昨晩盗賊王によって肌に刻まれた所有印が、バクラの眼下に晒される。

「誰のモンだと思ってんだよ……!」

背中に覆いかぶさってきた重みが、唐突にがぶりと首の横あたりを噛んだ。

「あぅっ……!」

走る痛みと、何故か収縮する下腹部。

まるで猫が交尾をする時のように、首に牙を立てられたまま腰を打ち付けられられる。

「っ、ゃ、痛い、そんなに、強く、しちゃ……ぁ、ん! んっ、んぅ、んん……!」

暴虐めいたバクラの灼熱に、後ろからガツガツと身体を蹂躙されて、嬲られて。

縋りつくことも唇を重ねることも出来ず、ただ滅茶苦茶な快楽だけを与えられて。

涙が込み上がり、それでも私には一つだって泣き言などを言う資格は無いのだ。

「はっ、……ぅ、ん、んん……っ!」

溢れた涙がシーツを濡らす。
狭まった気道が呼吸を阻害し、私は声を殺しつつも苦しさではぁはぁと喘いでいた。


ふとバクラの重みが背中から離れ、律動が緩くなる。

それから、繋がった部分に伸ばされた指が、一番敏感な突起を撫でた。

「っ、んぅ……ッ!」

背筋を走り抜ける電流。

「や、ぁ、そこ、だめ……っ!」

ぬるぬると押し潰されながら中を犯され、激しく立ち上る火柱があらゆる思考を溶かして行く。

「ぅ、んん、っう……、ん、んんん……!!」

奥歯を噛み締め、声を殺し、バクラから与えられる熱だけに酔う。
身体の奥底から湧き上がる欲望が、バクラを求めて飢えた獣のように涎を垂らしていた。

クク、と頭上から降ってくる嗤い声。

「なぁゆめよ……
ヤツとの一夜はどうだったんだよ……?
今みてえに感じまくって、焦らされて全部喋っちまったんだろオマエは……!」

半ば面白がるように、私をからかうような声で昨晩の顛末を探ってくるバクラ。

彼の推測はこの上なく当たっている。
だが平素であれば、さすがに私はその言い分を口では否定しただろう。

けれども。

「あ、ぁ……!」

陰核をぬるく刺激されながら蜜で蕩けた部分をずぶずぶと掻き回されて、性急に高まっていく衝動が私の理性を全て吹き飛ばしていく。

正常な判断力が失われ、バクラに応えるだけの正直な機械と化してしまうのだ。

「そう、だよ……、ぁ……っ!
わたし、我慢出来なくて、言っちゃった、の……
あのバクラさんに、ぁ、言っちゃいけない、ことぉ……っ
ごめん、なさい、ごめんなさ、い……っ!」

もう何も考えられない。

頭の芯が全てバクラに塗りつぶされて、罪悪感も、羞恥も、全部灼熱の慕情と快楽に押し流されていく。

「ヒャハハ……!
ヤツの身体は良かったか……?
何度もイカされて喘ぎまくったんだろ……?
ゆめ……! オマエは本当淫乱だよな!」

バクラはひどいことばかり言う。
けれども、それはきっと事実だ。
だから。

「良か、ったの……っ
気持ち、よかった……、から、イっちゃった、の……!!
だって、『バクラ』だったからぁ……っ
バクラじゃなきゃ、こんな、ぁ、わたし……!」

「ヒャハハ、正直な感想ありがとよォ」

唇からとめどなく漏れる淫らなモノ。

本来愛を囁いて温もりを求めて縋るはずの腕は、今無機質な金属によって阻害されていた。

あるのはただ、滅茶苦茶な快楽とバクラからの嘲りだ。

切なさが心を支配する。
とめどなく溢れる涙。

カチャカチャと音を立てて手首に食い込む手錠は、罪人である今の私に似つかわしい。

「ごめ、んなさい……、淫乱で、ごめんなさい……っ」

震える声で紡ぐ。

またクク、と嗤ったバクラが呆れたように溜め息を漏らした。

そして、次に吐き出された一言に私は思わず息を呑んだ。

「ま……、そうなるように仕向けちまったのはオレ様でもあるからな……」

「……っ」

秘部をなぞっていた指が離れ、律動が緩み、高みに上りつつあった熱が停滞した。

やがて手首にバクラの体温が触れ、カチャリという音の後に離れていく硬いモノ。

「……!」

「……おらよ。これで満足か?」

外された手錠。自由を取り戻す身体。

腕を使って上半身を少しだけ支えてみれば、バクラの熱がずるりと抜け出て行った。

「……ぁ」

たちまち寂寥感が全身を支配する。

もどかしさが募る身体を起こし、バクラに向き直ってみれば、薄く嗤うバクラが目に入る。

その顔は心なしか真剣で、どこか寂しそうで――
私は身体の疼きも忘れ、バクラの名を呼んだ。

「ケッ……、別に責めてやしねえよ……
ヤツも『バクラ』には変わりねえ。
オマエがそうなるのは当然だからな」

「……っ」

面白くなさそうに吐き捨てられた言葉は、まるで自分自身を納得させるような色彩を帯びていた。

どくりと心臓が鳴る。
次いで紡がれた台詞に、私は思わずバクラを抱きしめずにはいられなかった。

「……まさか本物が現れるとは思わなかったからよ」

「っっ……!」

それは、今までに聞いたことのないバクラの声だった。

大胆不敵で、狡猾で、でも慎重なところもあって――

そんな彼が、今回の予測不能なとんでもない事態に直面し、少しだけ消沈したような、戸惑っているように見えたのだ。

「……っ」

バクラの体躯を正面から抱きしめ、背中を撫でる。
私の胸に食い込む千年リングの硬さこそが、彼そのものなのだった。

フ、と一瞬だけ笑ったバクラが、私の両肩を掴み強引に引き剥がす。

その顔はいつもの傲岸不遜なバクラに戻っていた。

「ヒャハハ、生憎オレ様はもう3000年前の人間じゃないんでね……!
そういう馴れ合いはヤツとするんだな」

闇の気配が潜む双眸。
その眼光は、いつだって私を魅了するのだ。

「……で、どうされんのがお好みだ?
イイところで中断されて、内心ブチ切れる寸前なんだろ?
いいぜ、好きなプレイに付き合ってやるよ」

息が止まった。

心臓が切なく収縮し、また涙が視界を潤ませていく。

飴と鞭。激しさと穏やかさ。
そんな月並みな緩急が、彼が私を意のままに操る為の手練手管だとは知っているけども。

けれども、そのやり方が私は好きだ。

一見何者をも寄せ付けない棘を持っている彼はしかし、必要があれば状況を突破するために――
敵を攻略するために、己の考えだけを頼み、自ら動いて己の手を汚す。

それはつまり、彼の歯牙にかかるということは、多少なりとも彼の思考の中に存在しえた、ということだ。

私という獲物を手なずけるために、たとえほんの僅かでも、バクラは思考と労力を割いた。

彼の視界に私は存在するのだ、と。
そう思えるから。

だから嬉しい。
どんな形であれ、バクラに見つめられる事が嬉しくてたまらないのだ。

「……っ」

再び滲み始める涙。

自分の手をやる前に、バクラの指がそれを雑に拭った。

「泣いてばっかだな、オマエは」

呆れたように漏れる声。

微笑みを返して、バクラの首筋に腕を回しながら、さっきの問いに答える。

「普通の、がいい」

彼を引き寄せてゆるやかにベッドに倒れ込めば、素直についてくる身体。

ひんやりとした千年リングが私の上に広がって、それからバクラの熱が唇に重なり――

そこからは、たしかにご褒美なのだった――


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