15



「そっかー、そうだったのかー……」

予期せぬ私の登場に面食らったらしい城之内は、突然何かを理解したようにうんうんと頷くと、ニヤリと笑った。

嫌な予感がする……

案の定、次に彼の口から発せられたのは、私の予想を超えた一言だった。

「お前もとうとう獏良ファンクラブに入っちまったのかー!!
へー、意外だぜ、お前がな〜〜!」

「ん????」

固まる私。

「だってそうだろ? 今日は遊戯も杏子も別の用事あるつってたし、こんなに沢山頼むんだから何人か居るんだろー?
……て、いや……待てよ。その顔は違ェな!?
うぇっ……もしかしてゆめ、お前いま獏良と二人きりなのか!?」

「あっ、えと……」

やばい。やばい!!

「はは……、マジかよ!?
ゆめお前、獏良とそういう関係だったのか!?
うわーチクショー!! なんで今まで黙ってたんだよ! 水臭ェな〜!!

……つかお前ら、二人でこんなにチキン食うのかよ!? デブるぜ?」

興奮した城之内は私に詰め寄って、まるで壊れたスピーカーのように一気にまくしたてた。

まずい……
まずい。

どうにかしなければ!


「あ、いやその……違くて……、」

「心配すんなゆめ。誰にも言わねえからよ!
獏良と付き合ってるなんて知られたら、ファンクラブの女子から目をつけられちまうもんな!
この城之内克也様の口の堅さを信じろって!」

…………。

何か言い訳を考えなければ――!

「おっと、忘れてた、チキン冷めちまうからとりあえずここ置くぜ!
このバイト始めたばっかなんだけどよー、配達先が獏良んちだって知ってビックリしたぜ!
……あ、代金いくらだっけ、えっと――」

「あの……城之内、誤解だから。
獏良君とはそういう関係じゃないよ。本当に」

私は回らない頭で何とか文章を組み立てると、絶対に訂正しなければならないことに関して明確に否定した。
何故ならば、そうしないと獏良君に迷惑がかかるから。

「なんだよ? 心配すんなって! 本当に誰にも言わねーからよ!」

「えっとそうじゃなくて本当に本当に!!
これは、ちょっとその――たまたま、で……!」

どうしよう。どうしよう。
言い訳が浮かんでこない。

学校帰りにゲームの貸し借りでちょっと寄るだけならまだしも、休日の昼間から異性の家に上がって、昼食のデリバリーまで頼んで受け取るなんて。

杏子と遊戯君みたいに幼馴染で実家暮らしならともかく、私と一人暮らしの獏良君ではこの状況はあまりにも不自然だ。

まさに、私たちが付き合っている仲だと疑わない方がおかしいくらいには。

「……どういうわけだよ?
ゆめ……お前何かおかしいぞ? 大丈夫か?」

仲間思いの城之内の思いやりが、事態をどんどん悪い方向へ転がしていく。

どうしよう――

本気で言葉に詰まった時。


「あっ城之内くん……! どうして君がここに――
その格好、もしかしてバイト?」

「っ!!」

「おっ獏良ー!! お前よー、ビックリしたぜ本当によー!!」

私と城之内のやり取りに割って入るように響いた、柔和な声。

その声と表情は獏良君のもので――
しかし、本当の意味では彼ではなかった。

(バクラ……!!)

千年リングを服の下に隠し、宿主のフリをして私たちの前に現れたバクラ。
彼はきっとこの状況に助け舟を出すつもりに違いなかった。

「獏良、お前も隅に置けねえな〜!
な、本当はゆめと付き合ってんだろ?
お前らたまに二人でこそこそしてることあったもんな。
本当のこと言えよ、誰にも言わねえからさ!」

玄関に向かって出てきた『獏良了』に対して、ニヤニヤとしながら小声で話し掛ける城之内。

バクラはこの状況をどうするつもりなのだろうか。

だが。

「何言ってるの城之内くん。
夢野さんは、ボクのゲームシナリオの調整に付き合ってくれてるだけだよ?
それに、他にも人来てるし」

何がおかしいの、といった様子でさらりと言ってのけたバクラ。

その演技の自然さに、私は内心胸をなでおろし安堵のため息をつくのだった。

「ていうかボクお腹すいた〜! 早く食べたいよ〜
夢野さん、集めたお金持ってるよね?
チキンはボクが持っていくから支払いよろしくね」

疑惑の目を向ける城之内をさらりと流し、気の抜けた様子で喋る『獏良君』。

城之内はそれでも「いや、でもよ――」と言いかけたが、間髪入れずにバクラが「城之内くん、こんなに喋ってて他の配達は大丈夫なの?」と突っ込むと、城之内は「あ、いっけね!」と言って、それでこの場は収まりそうに思えた。

よかった――

さすがバクラ!!
私は心の中で彼に拍手を送り、結果的に騙す形になった城之内にこれまた心の中で頭を下げたのだった。

が。

代金の書かれたレシートを取り出した城之内の目線が、ふととある一点に向けられ、固まってしまった。

その対象は私でも『獏良君』でもない。
もっと後ろ――

そう、リビングに通じる通路の奥だ。

その視線の意味に気付いた『獏良君』が、反射的に後ろを振り向く。
焦りが浮かんだその眼差しは、『バクラ』に戻っていた。

私もつられて振り向いたところで、息が止まる。

床を踏みしめ、奥から顔を覗かせた人影。

他でもない――もう一人の『バクラ』だった。


(出てきちゃ駄目っ、バクラさん――!!)

私の心の声と、恐らく『獏良君』も同じだろう無言の圧力が、重なって褐色肌の彼へと向けられる。

盗賊王は感情の読めない瞳で私たち三人の方を見つめ、一言も喋らずに黙っていた。

褐色の肌に白銀の髪。頬に走る痛々しい傷痕。
一見して日本人ではないと察する風貌。

千年リングだけは辛うじて服の下にしまったようだが、何とも説明に困る出で立ちだった。

しかし。

「えっと、……今、エジプトからボクの友達が来てるんだ」

咄嗟に、隣の『獏良了』の体から発せられた声。

「エジプト……?」

城之内が訝しむように訊き返す。

「うん。言ってなかったっけ、ボク、エジプトに居た事があるんだ。
その時の友達だよ……!
とあるきっかけで夢野さんとも仲良くなってさ。
今日本に来てるっていうから、こうやってみんなで会ってたんだ」

まるで何もやましい点はないよという風に、自然に発せられる『演技』の声。

私はバクラの素早いカバーに感嘆しつつ、さらにもう一回驚くこととなる。

「……どォも」

鼓膜を震わせた声は確かに彼のものだった。

褐色肌のバクラが発した声。

それきり盗賊バクラは踵を返し裏へ引っ込んでしまったのだが――
私は彼の挨拶らしき演技に驚愕し、言葉を紡ぐことも出来ないのだった。

すかさず白いバクラが、「あはは……彼、ちょっと人見知りだから……」と誤魔化し、城之内も「そ、そうなのか……」ととりあえずは納得したようで。

私はといえば、目の前で矢継ぎ早に繰り広げられた『非日常』にすっかり己のやるべきことを忘れ、ただ黙ることしか出来なくて――

「夢野さん、お金」

少し強い調子で吐き出された『バクラ』の声にハッとし、ようやく現実が戻ってくる。

「あ、あうん。……えと、はい。城之内」

震える手でお金を財布から取り出し城之内に渡せば、我に返ったらしい城之内もそれを受け取りレシートをこちらにくれた。

「じゃあ城之内くん、バイト頑張ってね」

ニコニコと微笑んで城之内を送り出す『獏良君』に、私も慌てて「ありがとう! 引き止めちゃってごめんね、」と繋げる。

「お、おう! またなー! 毎度あり〜!」

代金をバッグにしまい玄関に背を向けた城之内は、すっかりいつもの彼に戻っていた。

「また学校でね〜!」

バイバイと手を振り少しだけ彼を見送ると、玄関のドアを閉め、鍵をかける。


「…………っ」

途端に冷や汗が噴き出て、呼吸が一気に荒くなる。
体から力が抜け、私はそのまま玄関前にへたりこんだのだった。

「あ、危なかった……」

ばくばくと早鐘を打つ心臓の不穏な鼓動は、ほの甘いドキドキ感などとは違い、二度と味わいたくない感触だった。

横から聞こえる舌打ち。

「……まったくだ」

吐き捨てたその横顔は。

いつもの『バクラ』に、戻っていた――





「てめえ……ふざけんじゃねえぞ……!!」

白いバクラの怒りはまず、褐色肌のバクラへと向けられた。

「んだよ、うぜぇな……、ちゃんと挨拶してやっただろうが。
貴様らの『お友達』とやらがどんな奴か、ちょいと見てやろうと思っただけだぜ」

「次に勝手なことをしたら許さねえ……!
オレ様の邪魔をする奴は消すぜ……!!」

「悪かったなぁバクラ様よぉ――
アンタがオレ様を出し抜こうとしない限り、素直に従ってやるよ……!」

「っ、どういう意味だ……!」

「まぁまぁ……」


届いたフライドチキンを囲み、ダイニングテーブルに座った私たち三人。
盗賊王はソファに座ってチキンを食べたいと駄々をこねたが、それだけはお願いしてやめてもらったのだった。

「チッ……」

面白くなさそうに舌打ちをした白いバクラ。

「はい、どうぞ」

箱に入ったチキンを出し、皿の上に置いてあげれば、盗賊王がすかさずそれを掴んでかぶりついた。

「オマエもだゆめ……!!
相手の顔を確認せずに出やがったな?
次にうかつな行動しやがたったらタダじゃおかねえ!」

ぎろり、と向けられた白いバクラの視線に、私はすっかり萎縮して「ごめんなさい……」と頭を下げるのだった。

「っっ……!! ……!!!!」

ふと盗賊バクラに目を遣れば、彼はフライドチキンを頬張ったまま固まっており、その手は心なしか震えていて――

「おいしい?」
と聞くも反応はなく、彼は次の瞬間ガツガツとチキンに食らいついたのだった。

横でボーダーシャツのバクラが呆れたようにため息を漏らす。

盗賊王の行動に反応していちいちアクションを起こす現代のバクラのそれもまた、新鮮というか、何だか微笑ましい。

ふふふ、と笑いをこらえながら私もチキンを口にしたところで――
不意に頭に飛んできた手刀ツッコミの衝撃に、私は間抜けな声を上げて思わずチキンを取り落としてしまう。

「どうなってんだコイツらはよ……」

突っ込みを入れずにはいられなかったという様子で、吐き出された白いバクラの声。

私は、あは……と曖昧な笑みを返し、転がったチキンを拾うのだった。



**********



千年リングに宿る邪悪な意思である『バクラ』は、獏良了の自室にこもり、一人考えていた。

予期せずこの世界に現れた盗賊王。

その人物は3000年前に生きていた人間で、彼は本来たった一人で王宮に戦いを挑み、最期まで壮絶に戦い抜いたはずだ。

だが今、千年リングだけを携えて時代を超えてきた彼は、この世界に来た原因もわからなければ、戻り方も分からず歴史から取り残されていた。

それでも――

一晩が経ち、最悪の状況を脱する事が出来たのは、最初の山場を越えたと言える。

盗賊王を称する少年が、生涯を賭けて復讐する相手――
古のファラオの魂が、現代まで持ち越されていること。

それを知った彼はしかし、無計画にファラオの器である遊戯を襲撃するような愚かな真似はしなかった。

それは、この時代で『バクラ』を名乗る存在――
千年リングに宿っているモノが、盗賊である自分の成れの果てであることを知ったからだ。

勿論3000年前の大戦の終盤に何があったのか、現代で千年リングに宿る意思の本質が何なのかは、本当のところ盗賊王は知らないし、大きな思い違いもしている。

けれども誤解させた上で、その流れで彼を、暫定的にでもこちら側へ引き込めたのは僥倖だった――

バクラはそんなことを考えていた。

回り道にはなったが、ゆめという少女の自宅の庭で、古代の漂流者を彼女に預けたのは結果的に正解だったのだ。
それは認めてもいいだろう。


しかし。

冷静に考えてみれば、問題はようやくスタートラインに立ったばかりというだけで、一番重大な部分が全く進展していないのだ。

即ち、どうやったら盗賊王を元の時代へ戻せるかということ。
または、戻せないならば、いかにして彼を最大限利用し、『バクラ』の目的を遂げるための駒にした上で、最後の最後に排除するかということ。

――それらの見通しがまだ立っていないのだ。

盗賊王という男を隣に置いたまま、ファラオとの記憶戦争を終盤まで進めてしまうのは、現代のバクラである自分にとって危険なことだと彼は考えていた。

盗賊王は『現代のバクラ』を誤解している。

記憶戦争という決戦の舞台とそのストーリーを知ったら、盗賊王は『バクラ』の本質と自分が捨て駒にされることに気付き、『ゲームマスター』であるバクラに反旗を翻す可能性が高い。

盗賊王にとっては、『現代のバクラ』などではなく、他でも無い己自身がファラオを抹殺し、七つの千年アイテムを揃え、大邪神の力を手に入れる事を何より望んでいるのだから。

ゆえに。

盗賊王を味方につけつつも、こちらの都合のいいように、腹に一物など持たずに動いてもらわなければ困る――
というのが、千年リングに宿るバクラの本音だった。


そのために取りうる方法は、実のところいくつか考えてある。

まず、手っ取り早く盗賊王を抹殺するなら、それは闇のゲームだ。

何らかの方法で勝負を受けざるを得ない状態に盗賊王を追い込んで、敗北が消滅に繋がる闇のゲームを仕掛け、獏良了を宿主とするバクラが勝利する――

これならば盗賊バクラという少年はこの世界から消える。

だが、不利だと分かっていてそれでも彼が勝負を回避できないという状況を作り出すのは、なかなかに骨が折れる。

盗賊王は『バクラ』だ。
遊戯たちのように『大切な人のため』に動く手合いではないし、この世界で元から何も持っていないに等しい彼にとって、失うものなどそもそもないのだ。

さらに、過去と現在に関する、いわゆるタイムスリップ的な法則を考えた時に――
いくら『現時点では』、何をしようと過去にも現在にも影響が出ない『らしい』とはいえ。

過去の実在人物である盗賊王の存在を丸ごと『現代で消してしまう』のは、いくらなんでもリスクが高すぎるだろう。
よって、この案は最終手段だ。

ならば、どうするか。

まだ選択肢はある。

盗賊王が所持する千年リングに、どうにかして『現代のバクラ』の邪念を吹き込み、盗賊王の自我を変性させた上で、結果的にバクラの制御下に置くことだ。

よくよく考えれば、盗賊王バクラという少年は、『バクラ』を形作るものの一端となった魂の、オリジナルの肉体である。

獏良了という現代に生きる宿主の居心地もなかなか悪くないが、盗賊王という男の体を『宿主』のスペアに――
いや、そこに宿る魂も、全て『現在のバクラ』に融合させてしまえば。

そうすれば、二つの千年リング、二つ分の邪念、魂が手に入る――

バクラはそう考えたのだ。


だがこの方法もやはり一筋縄ではいかない。

本来、闇の大神官ゾーク・ネクロファデスの力が込められていることを考えたら、現代の千年リングと盗賊王が所持する3000年前の千年リングの力の強弱は、どちらかと言えば現代のリングに分があっても良さそうなものだ。

しかし、結果はそうはならなかった。
二つのリングの力は拮抗していたのだ。

恐らく、精霊獣を呼び出せないとは言え、あっちのバクラが確固たる肉体を所持しているからだろう。
千年リングに選ばれたとはいえ、獏良了という他人の体を借りている現代のバクラとは違って。

ゆえに、現代のバクラが一方的に盗賊王の千年リングに干渉出来る好機が、そう易々と巡って来るとは思えない。

――ならば、どうするべきか。

宿主の体を支配するバクラは、すぐには答えの出ないそれらの問題について、延々を思考を巡らせていたのだった。



トントン、という軽いノックがバクラの鼓膜を震わせる。
次いで控えめに開いたドアとともに吐き出される小さな声。

「ねぇ……バクラ、ちょっと」

ゆめという名の女。『バクラ』にイカレている少女。

なんだ、とバクラが振り向けば、彼女は黙ったままリビングの方を指差し、ついて来てというように踵を返した。

バクラが黙って彼女についていき、その指がさらに指し示す方向を目で追ってみれば。

「…………、」

ダイニングテーブルでしこたまフライドチキンに食らいつき、それからソファへと移動してテレビを見ていた例のシルエットが見当たらなくなっている。

見間違えるはずなどないその存在は、その少年は――

今、ソファに寝転んで、瞼を固く閉じ、寝息を立てていた。

決して油断などするはずの無い、その男。
まだ少年と言ってもいい齢の、バクラという人間。

盗賊王を称するその彼が、たとえ一時的な共闘関係を結んだとしても、千年アイテムを持つ者の前で無防備にも眠りこけるなど……

本来ならありえなかった。

少なくとも、『記憶の中』の彼だったならば。


「……ね?」

ゆめが、バクラさん寝ちゃったの、というように一語でバクラに訴えかけてくる。

舌打ちすら出てこない。

ただバクラは、少しだけうんざりしてため息を一つ漏らすと、部屋へ戻ることを決めるのだった。

「くだらねえ……」

自然と出る悪態を舌で転がしながら。

(どうなってんだ……この状況はよ……!!!)

八方塞がりと馬鹿らしい現実に苛立つばかりのバクラが少しだけ振り返ると、盗賊王の寝顔を見て挙動不審になっているゆめの姿が目に入る。

そんな彼女にさらに苛立ちが募ったバクラは、盗賊を起こさない程度の声で「来い!!」と命令すると、今度こそ獏良了の部屋へ戻って行くのだった――


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