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「風呂に入れだと……?
てめえ……ふざけてんのか」

「ふざけてないよ!
どっちにしてももう夜だし、この世界では、夜にご飯を食べてお風呂に入ってから着替えて寝るのが普通なんだよ……!」

「ケッ……食いモンだけじゃなく生活全てが貴族並かよ……。
却下だ……! まぁ……オマエが手伝ってくれるってんなら考えてやってもいいぜ」

これだ。
まーた彼は悪気なく私を誤解させるようなことを言い、過剰に反応した私はいちいち動揺してしまうのだ。

しかしもはやその手には乗るまい。

私は拳を握りしめると、現代人の威厳を持って彼に立ち向かったのだった。

「いいよ……!
普通に、シャワーとかボディソープやシャンプーの使い方教えないといけないし……
ひと通り側について教えるから。
昔の王様の生活は知らないけど、少なくとも昔よりはお湯がスムーズに出る、というか用意出来ると思うよ!」

言い切る。

だが悲しいかな、目の前のバクラからもたらされたのは私の予想を超えた反応だった。

「ハ……、この世界の女ってのはみんなお前みたく感覚がイカレてんのか?
いくら人質つったって、自分から身体を捧げて来られたら警戒するぜ。逆効果だ」

「…………」

バクラの言っていることは良く分からなかった。
しかし、何かとてつもなく酷い罵倒をされたような気がした。

しばし考える。

考えて、どうやら先程の盗賊王の言葉は誤解を招こうとしたわけではなく、本気でソッチの意味だったらしいという結論に行き着いた私は。

瞬時に頬を火照らし、現代人の威厳とやらも虚しく狼狽える羽目になってしまう。

「あっ……! え……!?
側について教えるっていうのは変な意味じゃなくて……!
えっ……、まず二人とも服を着た状態でお風呂の設備の説明をして、その後でバクラさんが一人でお風呂に入ればいいと思っ……、
や、手伝うってそういう意味じゃ……!?」

「何をほざいてやがる……得体の知れない女を野放しにして、オレ様だけ裸で水遊びしてろってか?
寝言は寝て言え!」

ズバッと一刀両断され、言葉に詰まる私。

だが入浴は拒否されたとしても、バクラの服だけは何としても着替えさせたい。
これ以上家の中に埃を撒き散らされてはかなわないからだ。

「や、や……!
じゃあ、せめて服だけ脱いで……!
砂埃、すごいからそれ……」

「なんだ?
誘ってんのか茶化してんのかハッキリしな!」

「っ、違う、ちがう……!!」

もはや何が何だかわからない。
言葉は通じているのに意思疎通に難がある。
やはり直接的に言わないとダメなのか。

だが今ここで、服を脱ぐ脱がないについて問答して何になる。

私はため息をつくと、もう彼がこの家で過ごすに当たって発生する問題点からはあらかた目を逸らすことに決めた。
きっとその方が良い。

ならば、と私は気を取り直し、自分もソファに座ることにしたのだった。

それから、おもむろにテレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。

弾かれたようにバクラが立ち上がり、私は彼にテレビについての説明をしてあげたのだった。




テレビから流れる音声。
ニュース番組。

どこかの地域で殺人事件があったとか、工場で大規模な火災があったとか。
海外でどこかの大統領が罷免されたとか、武力衝突があったとか――
心なしか物騒な出来事ばかりだった。

だがバクラにとっては、そんなニュースこそがこの世界の詳細を知る手掛かりとなったのだろう。

はじめはテレビという古代の常識を逸脱した技術に目に見えて驚愕していたものの、理解力の早い彼は、次々にテレビからもたらされる情報を受け止め、しまいには食い入るように画面を見つめていた。

特に武力衝突のニュース。
画面に映し出されている銃撃戦やミサイル発射の様子。
それは、3000年を経てこの世界がどれだけ科学力を発達させて来たかを、嫌でも彼に示すこととなっただろう。

事実、私にも詳しくはわからない近代兵器のオンパレードたちを注視しながら、バクラは息を呑んでいた。

私からすれば、空手で、たった一人で軍隊に立ち向かえる精霊獣ディアバウンドとやらの力の方が余程すごいと思うのだが、そこは現代。

現代の圧倒的な物量、非力な人間でも引き金一つで多数の命を奪ってしまえる武器の前では、やっぱりオカルトの力と言えど歩が悪いのだろう。

そんなバクラの褐色肌の横顔を見ながら、さてこれからどうしようかと私は考える。

幸い明日は休日だ。

朝を迎え、この予期せぬ来訪者を置いて家を出るのかそれとも学校を休むのかと煩悶する羽目にならなくて済むのは僥倖だが、それはあくまでも一時しのぎにしかなっていない。

根本的にこの状況をどうにかしなければ、事態は前に進まないのだ。


ふとニュースの話題が変わり、ビジネスの話題になる。

「あ、海馬くん」

画面に映し出されていたのは、KCの若社長である海馬瀬人だった。

新製品の記者会見。
いつもの何者にも屈しない彼の堂々とした物言いがテレビから流れ、私はふふふと笑い声を漏らしたのだった。

「こいつは……! あの時の神官……!!」

ばっ、と隣で立ち上がった盗賊バクラが妙なことを口にした。

神官とは、かつて盗賊王が戦ったという王とその部下の神官団のことだろうか?

まさか、海馬くんが……
いやでも、案外彼も古代の千年アイテムと関わりがあるのかもしれない、なんて。

そんなことを、バクラがちらりとどこかで言ってたような――

でもどちらにしても、あの海馬くんにこの状況の手掛かりを求めることは不可能だろう。
彼は筋金入りのオカルト嫌いだからだ。

古代の人間がタイプスリップ(?)してきたなんて言ったって、信じてくれるはずがない。

「海馬くんは海馬コーポレーションていう大きな会社……
うーん、なんていうか、組織……? 営利団体、の社長……一番上に立ってるひとだよ。
私と同級生なの。高校生だけど社長なんだよ。すごいんだ!」

「…………」

「あ、高校っていうのは……
私くらいの年齢の人が行く学校。
えと、古代エジプトって学校あったのかな……?
学校っていうのはいろんなことを学ぶところだよ。
文字とか、計算とか……」

「デュエルってのは何だ?」

「え?」

「今コイツが言ってたヤツ。デュエル、ってな」

ソファーに座り直したバクラから発せられたのは意外な単語だった。
テレビ画面にはKCの新製品の記者会見が流れたあと、急成長を続けるKCの目玉であるデュエルシステムについての説明が映し出されていた。

画面に集中しているうちにその特集は終わってしまったが、画面に映ったデュエルディスクとモンスターのソリッドビジョン――
それがバクラの興味を引いたようだ。

「デュエルってのはカードゲームだよ。
そういえばあれ、精霊や魔物とかに似てるかもね。
あ、デッキあるからちょっと持ってくるね!」

思い立った私はソファを離れ、2階の自室へ向かおうと足を向けた。
すかさず付いてくるバクラ。

彼は私が妙な動きをしないか一挙手一投足まで監視するつもりなのだろう。
恥ずかしい……。



「これがデッキ……さっき言った、デュエルに使うカードだよ。
……さっきの部屋戻る? ここでいい?
じゃあそこのテーブルちょっと使うね」

2階にある私の部屋。

座卓として使っているテーブルの前に腰を下ろすと、バクラも素直に隣に腰を下ろした。

(ち、近い……)

すぐ傍に感じるバクラの気配。高鳴る胸。

まさか、自室に古代のバクラを入れる日が来るなんて……
邪念がすかさず心に忍び込む。

いいや、余計なことを考えている場合じゃない!
私はよこしまな心を無理矢理追い払った。


「これがモンスターカード。
モンスターの絵が書いてあって、この数字……攻撃力と守備力が戦闘力だよ」

「……っ」

「それで、こっちの緑っぽいカードが魔法カード。
こっちの赤紫っぽいのが罠カード。
どちらも、主に戦闘をサポートするために使うんだよ。
それで、互いのモンスターを戦わせて、最初の持ち点であるライフポイントがゼロになった方が負け」

デュエルについての説明を黙って聞いていたバクラが、おもむろにテーブルの上に広げられたモンスターカードを手に取り、ポツリと呟いた。

「コイツは、魔物……か」

一見粗雑に見える盗賊王バクラ。
だが今カードを手にし、まじまじと眺めているバクラの手つきは思いのほか繊細だった。
盗賊というだけあって、案外器用なのかもしれないと思う。

「オレ様の世界が後世に伝わったってのも、あながち嘘じゃないようだな」

バクラはそんなことを言い、カードをテーブルの上に戻した。

「魔物……モンスターが実体化するヤツはねェのか?」

「ん……? あ、ソリッドビジョンのこと……?
あれは海馬くんの開発した機械で、モンスターの姿を本物っぽく立体的に見せてるだけだよ。
それで、あれを出すのに必要なデュエルディスクっていう機械だけど……
ごめん、私は持ってないんだ。
特定の決闘者デュエリスト……あ、デュエルがうまい人じゃないと持ってないよ」

危うく遊戯くんたちのことを口にしそうになって、内心ヒヤリとする。
危ない危ない。

私の返答に、バクラは黙ってカードたちを見つめていた。
やはり文字は読めないのだろうか。


それからバクラはもういいというように立ち上がると、あろうことかまじまじと私の部屋を眺めはじめたのだった。

壁に掛けられた服。
布団の乱れたベッド。
勉強机の上に散らばった道具類。
床に放置された本や雑誌――

見られて困るものがあったわけではないが、やはり恥ずかしい。

私は急いでデッキをまとめ、立ち上がった。

「あのバクラさん……!!
あんまり見ないでほしいかも……
一応自分だけのプライベートな部屋だから、ちょっと恥ずかしい……」

だが私の制止など聞くはずもないバクラは、さほど広くはない部屋の中を歩き回ると、スタンドミラーの前で立ち止まり、顔を近付けてまじまじと凝視した。

鏡の前で腕を動かし、近付いたり離れたりするバクラ。

(やばい、可愛いかも……)

かき消そうとしても次々に溢れてくる余計な感情が、私の胸を勝手に掻き乱す。

どれだけ警戒心を剥き出しにしようと、このバクラは現代文明を知らない古代人なのだ。

きっとこの世界で見るあらゆるものが、彼にとっては珍しいに違いない。

「こんなデカくて鮮明な鏡、王族だって持ってやしないぜ。
オレ様が元の世界に帰る時は、この世界のモン沢山盗んでってやるよ……!」

振り向いた盗賊王の目は何処か輝いていて、私の心臓はまたギュッと締め付けられたのだった。


バクラは止まらない。

「……そいつが寝床か?」

彼が次に目をつけたのはベッドだった。

「うん、そうだよ」

答えてから、ハッとした私は急いでベッドの前へ回り込み、両手を広げて立ち塞がった。

「そりゃあ何の真似だ?」

「っ……、ベッドだけは駄目……!!
正確には駄目じゃないけど、その服じゃダメ……!」

バクラの服や肌に付着した砂埃。
床やソファーは許せても、さすがにベッドだけはご遠慮願いたかった。

「ほう……」

だが私の決死の抗議は、むしろバクラにとっては逆効果だったのだろう。

彼は物怖じすることなく私ににじり寄って来ると、不敵な笑みを浮かべて私を見下ろした。

「ち、近い……」

「近いと何か問題でもあんのか?」

私に肉薄したバクラが、からかうような口調で吐き出す。

まずい。バクラは完全に面白がっている。
彼は私を押し退けてベッドに座り込むか寝転ぶ気だ。

そりゃあそうだろう。
何の変哲もない高校生のベッドとはいえ、人目を忍んで闊歩してきた盗賊にとっては、このふかふかは魅力的に感じるはずだ。

ベッドを汚させまいと阻止する私の前で、バクラは肌が触れそうな距離スレスレで私を挑発するように立ちはだかっている。

「お、お願いバクラさん……!
離れて、ほしい」

「そう冷たくすんなよ」

トン、と身体を押された時、私は一瞬何が起こったのか分からなかった。

(え……?)

真上にある盗賊バクラの顔。
背中に感じるベッドの感触。

「なぁ……何百年だか何千年だか知らねえが、未来だってヤる事は一緒なんだろ……?」

「…………っ!」

バクラは変なことを言った。
覆い被さる体躯が天井照明シーリングライトからの光を遮って、私の上に影を落としている。

(あれ……? もしかして私、押し倒された……?)

気付いてしまえば、たちまち全身に熱が広がった。

「なに……言ってるの……」

震え始める唇は、恐怖から来るものではない。

初めから私の心はこのバクラを拒否などした事など、一度もなかったのだ。

期待。
そのあられもない本能を、理性というタガで強引に封じ込む。

「オマエは――」
「お風呂!!! お風呂入りたい!!」

流されそうになる感情を押し殺して、私は夢中で叫んだ。

「はァ……?」

「それに着替えたい!! あと植木鉢!!
……お願いバクラさん、時間ください……
バクラさんは汚れたままでいいかもしれないけど、私はお風呂入りたいし……
それにずっと制服のままってわけにもいかないし。

お願い……お願いしますバクラ様ぁ盗賊王さまぁぁ……!」

甘い雰囲気をかき消そうと、道化になって喋りまくる私。

バクラはしばし黙したあと、ため息を一つついて私を解放したのだった。



「貴様の呑気さには恐れ入るぜ」

開け放たれたリビングの掃き出し窓に手をかけ、バクラはそんなことを口にした。

窓から庭に漏れる光。
その明るさを使って、私はせっせと割れた植木鉢の中身を別の鉢に植え替えていた。

「ごめんなさい……!
もうちょっとで終わる、から……
ほっといたら枯れちゃうし可哀想……それに怒られるから……

あ、バクラさんテレビ見てていいよ!」

「…………」

盗賊王は今なにを考えてるのだろうか。
見知らぬこの世界で驚くことばかりであろう彼は、きっとそれ以外にも複雑な感情を抱いてるはずだ。

戸惑い、怒り、苛立ち、もしかしたら恐怖だって――

だが彼はそれを表立って私に見せることは無い。

私が隠している秘密だって、本当は今すぐにでも無理矢理聞き出したいはずなのに……
でも彼は、私を懐柔する策に切り替えたからなのか、強引な手には出てこないのだ――

少なくとも、今のところは。


「ふぅ……」

何とか急場しのぎで植え替えを終え、リビングを伝ってキッチンに戻った私は手を洗った。

バクラはソファに座ってテレビを見ている。
お風呂も湧いたようだ。

そういえば、携帯電話をバクラに預けたままだったことを思い出す。

どうしようか……。


「バクラさん、お菓子食べる?
……飲み物も。また麦茶で悪いけど……
ここ置くね」

テレビを見ていたバクラに声を掛けながら、私は手にしたお菓子入れとコップをソファーテーブルに置いた。

「何だコイツは」

「うーん……甘い物、かな。
メインの食事とは別に、空いた時間にちょっとつまむというか……
あんまり大したものなくてごめん。
でも子供でも食べられるやつだから変な味じゃないよ」

「……」

私の言葉に興味を示したのか、意外と素直に個包装のお菓子に手を伸ばすバクラ。
先ほど急いで出した夕飯の量を考えると、恐らくあれでは彼にとっては物足りないのだろう。

「あ、これはここをこうやって引っ張って……
えっまた毒見……? もう、毒なんて入ってないしこれ最初から工場で包装してあるし!
……じゃあほんの一口だけ…………、むぐ……、ほら、大丈夫だから! はい!
っ、麦茶も何も入ってないよ! っ…………ほら!

それでねバクラさん、お願いがあるんですけど……
そろそろ私の携帯電話、返してくれな……くれませんか?」

もしゃもしゃもしゃ。

私が齧ったお菓子を一つ口へ入れたバクラは、味わうようにそれを咀嚼しながらゆっくりこちらを見た。

「…………」

ごくり、と甘味を飲み下し、しばし固まる。

「……あ、甘すぎたらお茶も一緒に飲んだ方がいいよ」

私に視線を向けたまま、黙って麦茶を流し込むバクラ。

(また気まずい……)

彼は私の挙動を監視したいのか、事あるごとに私を見つめてくる。
私も実は内心嬉しいが、やはり恥ずかしい。

バクラは、見ず知らずの今日会ったばかりの人間をじっと凝視することが恥ずかしくないのだろうか。


「あ、あの……」
「無理な相談だな。
あの千年リングの野郎と連絡を取ろうとしてるなら諦めな」

おずおずと口を開いた瞬間返される、にべもない返事。

「……、誰かにこの状況がバレたらまずいのは私だって同じ、って言っても信じてもらえない……?」

「さぁな」

「…………」

やはり無理なようだ。

それもそうだろう。
携帯電話を返してもらえれば、通話でなくたって隙を見てメールを送ることくらいは出来る。

夕方あっちのバクラと対峙した盗賊バクラにとって、あのバクラだけでなくこの世界の全ての住人が警戒対象なのだ。


「じゃあ、私がお風呂入ってる間、もし誰かから連絡来たら教えてくれないかな……?
また親とかだと困るし。
私がいない間テーブルの上に出して置いてくれれば、すぐ気付くと思うから」

譲歩したお願い。

今度は却下されず、とりあえず安堵を覚えた私は、未だテレビを見ながらお菓子を貪っているバクラを尻目に、単身お風呂に入ることにしたのだった。






「わー!!!
えっえっ、ちょ、なんで……!?
や――、バクラさん!!! ちょっと!!」

「……手短に答えろ。
この世界の人間は皆、オマエのように警戒心が薄いのか?
それとも、オマエが例外であの千年リングの男が標準か……?
リングの力はさておき、だ。
それから、他の人間はあの『テレビ』に出てたような武器を普段持ち歩いてんのか?」

「……っ。あ、あの……
うぅ……なんで……無理ぃぃ……っ」

「答えろ」

今の状況。

浴槽に浸かって呑気にリラックスしていた私――
とそこに、断りも無く浴室のドアを開けたバクラ。

驚く私を一瞥してから、いきなり質問を投げかけた彼……
というありえない構図だった。

もちろん私は裸だ。
泡風呂で大事なところが隠れているなどという、都合の良い状況ではない。

どうやら、浴室の鍵をかけないといういつもの習慣があだとなってしまったようだ。

もっとも……、鍵をかけて、バクラに壊されて無理矢理開けられるよりは、結果的にはマシなのかもしれないが!


「私が警戒心薄いのは認めるよ!
でも言い訳すればバクラさんに対してだけだし!!
それに大なり小なり、平和な現代の住人なんてこんなもんだと思うよ……!
家に居る時でもちゃんと戸締りしてるだけマシだと思って!」

「ほぉ……それで?」

「テレビの武器の話だっけ……?
あれは他の国の出来事で、この国じゃ個人の武器の所持は基本的に禁止されてるから。
道歩いてる人の九割以上は基本丸腰!
……あ、あと、例のバクラは特別! わかるでしょ?」

縮こまって肌を隠し、質問を思い出しながら半ばヤケになって一気にまくし立てる私。

羞恥と驚きと怒りとほんの少しの甘さ。
全てがない交ぜになった混乱にいきなり放り込まれて、まるで意味が分からなかった。

何かとんでもないことを言ってしまった気もしたが、今の私に反芻する余裕は無かった。
お湯の温度と相まって、体の熱がぐんぐんと上昇していく。

いっそ、お湯に潜って彼の視界から全て隠れてやろうか。
そんな破滅的な案が脳裏に浮かぶ。

「そいつは結構。
ならオレ様の手にかかれば、この世界でもやりようはあるってこった。
平和ボケしている連中からモノを盗むなんざ簡単だからな。
盗みだけじゃねえ……ククク、カモが沢山いるってのはイイことだぜ」

バクラは何かを想像したように不敵な笑みを浮かべながら、いかにも悪人らしい言葉を吐いた。

わかる。わかるよ。盗賊王だもんね。
わかるけども――

何故それを、浴室の扉を開けたまま私に言うのか!!!


「バクラさぁん……バクラ様ぁ……お願いします……
あとでいくらでも質問に答えるんで、そこ閉めて離れてくれませんか……?
……ほら、このお風呂の窓すごく小さいし!
そんなところから逃げるの物理的に無理なんで、何も心配しなくて大丈夫ですよ……!
お願いしまーす……!」

湯船の中で小さくなったまま、バクラに懇願する私。

だが彼は、そもそも私の必死のお願いなど聞く人間ではなかったのだ。

正確には、利害が一致している時はそんな気まぐれくらいあるかもしれないが、そうでないときはこっちの要望など黙殺し、己の欲求を通す。

それよりもまず前提からして、私は人質なのだ。
力関係で言えば、私は彼に何かをお願い出来る立場ですらない。

その証拠に、次に彼が投げて寄越したのは、私を衝撃だけで殺せそうなとんでもない爆弾だった。

「いいぜ。オレ様も風呂に入ってやるよ……!
タダで人の女をこき使えんだから、人質ってのはイイもんだな。
ヒャハハハ!!!」

バスルームに反響する哄笑。

止まった呼吸は、バクラの発言のせいなのか、それともこの世から消えたくなって自分からお湯に潜ってしまったせいなのか。

もはや何もわからないのだった――


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