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※「胡蝶の夢」「蜘蛛の巣」後のお話です。
 前二話をお読みになってからの閲覧を推奨いたします。




「君を一生愛し、必ず幸せにすると約束します」

 二度目のプロポーズは、かけがえのない友人の墓参りを終えた直後だった。
 仕事終わりにヴェルデ基地で待ち合わせをして、リユセ基地から出てきたセイランに拾われる形で車でそのままナグモの地元へと向かったのだ。着いた頃には日はとっぷりと暮れ、空には満天の星空が広がっていた。
 安全区域に指定されているこの霊園は、天然色の植物も多く見られる。まだまだ寒さの厳しい真冬の頃だ。夜になれば風はより一層冷たさを増し、刺すような痛みが肌を襲う。
 そんな凍てついた風の吹く高台から美しい夜景を見下ろすナグモの頭には、大好きだった友人の笑顔が浮かんでは消えていた。
 思えば、これが初めての墓参りだ。墓前に立った瞬間に溢れた涙を拭う間、セイランはなにも言わずに寄り添い、優しく肩を抱いてくれた。
 ――ねえ、リュウセイ。ずっと会いに来られなくてごめんね。
 震える声で言えば、堰を切ったように嗚咽が漏れ、次から次へと涙が頬を濡らしていく。
 滂沱の涙は今はもうすっかり落ち着いているけれど、瞼は相変わらず重たい。それでも今までよりも僅かに軽くなった心に、自然と口角が上がるようになっていた。
 セイランが甘く響く声でナグモを呼んだのは、そのときだ。彼は躊躇いもなくナグモの足元に跪き、懐から取り出したリングケースを開けてナグモに差し出してきた。あの日、埃っぽい倉庫で聞かされた台詞が、再び放たれる。

「結婚しましょう」

 今度はなんの迷いもなく、その手を取ることができた。


*Butterfly Effect


 案外セイランはせっかちだったのだと、今になってナグモは初めて知った。
 プロポーズ後、翌朝にはナグモの実家に挨拶を済ませ――両親は物腰の穏やかなセイランをいたく気に入っていた――、その夜には「式場を探しましょう」と言い出したのだ。婚約はすれども、実際に式を挙げるのはもっと先の話だと思っていたナグモにとって、セイランのこの性急さには驚かされるばかりだ。
 けれど、嫌な気はしなかった。どこから仕入れたのか何冊もの結婚情報誌をナグモに見せて、「こんなドレスが、」「それともこういう式場が、」とあれこれ提案するセイランはいつになく子どもっぽくて、言い様のない幸せを感じる。大学時代の友人はもう何人も結婚しているが、彼女達は揃って「私ばっかり真剣に選んでる!」と唇を尖らせていたのに。
 雑誌と端末を駆使して様々な式場を提示するセイランに、ナグモは少しだけ迷ってから切り出した。

「ねえ、セイラン。私、式はリユセで挙げたい」
「ヴェルデでなくていいんですか? 僕は構いませんよ。ええと、リユセ周辺だとこの辺りが――」
「ううん、チャペルでもホテルでもなくて、その……“青磁”がいいの。アオニ緑湖の上で、青磁に乗って、結婚式したい。難しいって分かってるけど、でも、私の一番の希望はそれ」

 テールベルト空軍アオニ州リユセ基地湖上艦隊ag-s2、通称“青磁(せいじ)”。それがセイランが艦長を務める艦であり、かつてナグモが配属されていた部隊だ。隊内恋愛が禁止されている部隊にて艦長と元乗組員の結婚式を挙げるだなんて、非常識にもほどがあるだろう。反感だって買うだろうし、それになにより、私用で艦を出すだなんて無謀に違いない。
 それでも、叶うことならあそこで一生を誓いたい。
 今の時期のアオニ緑湖は、暗く翳った緑色をしていることだろう。薄く氷が張っていて、スケートだなんだと調子に乗って滑ろうとした隊員が凍てついた湖に落ちる騒ぎが何件か起きる頃だ。

「……では、式は夏にしましょうか。真夏だと少し厳しいので、夏の暮れ――晩夏の頃に」
「えっ、いいの!?」
「交渉次第では今年中は難しいかもしれませんが、なんとかしましょう。忘れたんですか? 青磁の艦長は、僕なんですよ」
「あはっ、そうだよね。うん。そうだ。……セイランが、艦長なんだもんね」
「それに言ったでしょう、必ず幸せにすると」

 そう言って優しく微笑むセイランに頬を撫でられては、まるで十代の少女のように顔を赤らめて目を逸らすことしかできなかった。幸せすぎて恐ろしくなる。左手の薬指に輝く婚約指輪が途端に存在を主張し始め、じんわりと熱を持っていくような錯覚さえ覚えた。


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