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「ホノカ、――――」
ああ、ほら、また。
名前だけは、ちゃんと聞こえる。
「…………だいすき、です」
「――――」
どうせ分からない。
どうせ見えない。
機械の故障によって、二人の言葉は隔たれた。
赤く火照る顔はこうしていれば見られることはない。今なら、なにを言ったところで重荷に思われることもないし、本音を喋ったところで鬱陶しく思われることもない。
今なら、大丈夫。
「あ、アカギさんは、私の、……ヒーロー、で、それで、あの……。向こうじゃみんなのヒーローだって、分かってます、けど。でも、あの、……ほんとは、私だけの、で、いてほしくて」
あなたが助ける女の子は、私だけでいて。
「ほんとは、すごく、心配で」
怪我はしていないだろうか。
私よりももっとずっとかわいい女の子になびいてはいないだろうか。
私のこと、忘れたりしていないだろうか。
「……ほんとは、さみしくて。毎日でも、会いたくて」
こんなこと、言えるはずがない。
壊れそうなほどに高鳴る心臓が、骨を破って外に逃げ出してしまいそうだ。しがみつく腕に力を込めれば、アカギが困ったように穂香の背を叩いて離そうとする。そんな促しに気づかないふりをして、穂香は小さく首を振った。
言いたくても言えなかった言葉はいくらでもある。嫌われたくなくて呑み込んでいた言葉が、絶好の機会を見つけて我先にと溢れ出してくる。零れた吐息すらそんな思いを孕んでいて、込み上げてくる涙を抑え込むために穂香はアカギの肩に額を押しつけた。
「……私、アカギさんの一番じゃなきゃ、いや、です」
「――――」
「いちばんに、して」
理解のできない言葉を聞き続けることに焦れたのか、アカギが強引に穂香の身体を引き剥がした。右手首を掴まれ、腰を抱かれ、まるでダンスでもしているようだとそんなことを思う。舞台はダンスホールなどではなく、リビングのソファの上だけれど。
どこか困ったように歪む瞳を見ていると、じわりと目の淵が濡れた。愛しさばかりが溢れ、他になにも浮かばなくなる。
掴まれた手首の熱が、ずっと離れなければいいのに。このまま熱が形を持ち、穂香を縛る枷となればいい。そうすれば、一生彼の近くにいることができるのだから。
今までずっと、誰かの“一番”になどなれるはずがないと思ってきた。自分にはその価値がないと、ずっとそう思ってきた。今でもあまり自信はない。それでも、どうしても願わずにはいられない。
「……誰よりも、いちばん、愛して」
こんな我儘を口にすることそのものが恐ろしく、みっともなく声が震えた。こんなこと、普段ならば口が裂けても言えるはずがない。今だからこそ言える、それこそ夢のようなひとときだ。
分からないと知っていて告げるのは卑怯だろうか。
「あなたを、私だけのものにしたい」
涙ながらに微笑んだ瞬間、掴まれていた手首が解放され、代わりに首の後ろに熱い手のひらの熱を感じた。ぐっと引き寄せられ、身体の自由が奪われる。奪われたのは自由だけではなく、呼吸もだった。
アカギとのキスはいつだって突然だ。少しだけ乱暴で、映画やドラマで見るようなムードたっぷりの中でかわされたことなどない。あるとすれば、最初のあのときだけ。
強引なのにそのくせどこか優しくて、触れ合うだけで全身の力が抜けていく。縋るように手を回し、離れようとする唇を自分から追いかけた。
仰向いたまま背中を反らす体勢は苦しいけれど、その苦しさが癖になる。揺れる睫毛が互いの肌をくすぐり合う近さで、いつもとは違う音程で穂香の名前が紡がれた。自分のためだけに用意されたその音に、噛み締めた唇の隙間から喜びが漏れていく。
今はなにも収まっていないアカギの耳元に、穂香は身を震わせながら囁いた。
「大好きです、アカギさん」
再び食らいつくように唇を塞がれ、背中からソファに溺れていく。見上げた先には余裕を失くした鋭い瞳があって、ともすれば怒っているのかと不安になるようなその瞳が、なによりも愛おしかった。
力任せに拭われた目元が痛んだけれど、そんな痛みなど気にならない。絶え間なく締めつけてくる胸の痛みに比べれば、そんなものは些細なものだ。
「……アカギさん、」
「――――」
もう黙れとでも言うように、華奢な喉元に牙が沈んだ。
* * *
ナガト
「え、故障? マジかよ。それじゃあ不便だったんじゃない? いったん艦に戻って新しいのと交換すりゃよかったのに」
アカギ
「あー……、いや、まあ、別に」
ナガト
「なにその反応」
アカギ
「…………ナガト、お前、翻訳なしでどれくらいこっちの言葉分かる?」
ナガト
「え? まあある程度は耳にしてるから、簡単な単語は分かるよ。『かわいい』とか『かっこいい』とか、『好き』とか。お前もだろ?」
アカギ
「………………」
ナガト
「え? え?? なに、ほんとどうしたの???」
(2015.0607)