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 そうして、結局セイランは宣言通りリユセ基地司令の許可をもぎ取り、今年の夏の終わり――晩夏の頃に式の予定を打ち立てた。あの話はどうなっただろうとやきもきする暇もないほどの、あっという間の出来事だった。呆気に取られるナグモに携帯端末越しに「八月末になりましたから、次は招待客や料理、ドレスを決めていきましょう」と笑うセイランに、軽く眩暈を覚えたほどだ。
 お互いの勤務地が離れているため、計画は主に端末のやり取りになる。休みのたびにセイランはヴェルデまで足を運んでくれ、ナグモ以上に真剣にドレスを選んでいた。ヴェルデ基地司令であるムサシに報告したときには、彼はとても楽しそうに「おや、思ったよりも遅かったですねぇ」と笑い、二人を祝福してくれた。
 恐ろしいくらいに順調で、文句の付けどころのない日々だった。
 両親は心からナグモの結婚を喜び、今の部隊の上官もナグモを祝福し、友人達はこぞってお祝いメールを送ってくれる。元彼だって、話を聞くなり笑顔で祝福してくれた。
 セイランはナグモが仕事を続けることに賛成してくれているし、当分は離れて暮らすことにもお互い同意している。右を見ても左を見ても自分の周りには幸せしかなくて、多少の戸惑いがナグモの心に去来する。
 何度目かのドレスの試着の途中、鏡に映る自分の表情が僅かに翳っていることに気がつき、ぎょっとした。なにも憂うことなどないというのに、もしやこれがマリッジブルーというものなのだろうか。苦笑したナグモに、担当のドレスコーディネーターが「どうされました?」と柔らかく声をかけてくる。それを上手く誤魔化し、彼女に手伝われながら試着室を出てセイランに己の姿を披露すれば、彼は途端にとろけるような笑顔を見せた。

「――よく似合っていますね。今までの中で、群を抜いて綺麗です」
「うん、私もそう思う。これが一番好きかも」
「では、それにしましょうか」

 今までのドレスよりも質も値段もワンランク上のものになるが、セイランは一切気にすることなく契約を進めに行ってしまった。こうなればもう止められないし、止める気もない。ナグモよりも稼ぎがいいことは十分すぎるほど知っているから、ここは素直に甘えておいた方が得策だ。

「ドレスも決まりましたし、招待客もこれで大丈夫でしょう。あとは食事の手配ですが……」

 艦上での式なので、結婚式のあとはすぐにその場で立食形式での披露宴に移る。あまり気負わずわいわいしたいというナグモの希望を聞き入れてくれ、披露宴自体もかなりフランクな形になるはずだ。
 アオニ緑湖をクルージングしながらの結婚式。まさに理想の結婚式だ。
 それでも、どこか引っかかるものがある。一般的にはマリッジブルーという言葉で片付けられるこの感情の源泉に、そのときナグモはようやっと辿り着いた。気づいてしまえば、もうそのことしか考えられない。
 ――ああ、そうか、そういうことか。
 途端に心臓が早鐘を打ち始め、急激に喉が渇き始めた。もう外は立っているだけでも汗ばむようになっていて、夏の盛りも目の前に迫っている。そろそろすべてを決定しなければならない時期だ。
 数々のテールベルト有数のレストランを提案するセイランの腕に、そっと縋るようにしがみついた。そのまま胸に抱き込んで、肩口に頭を預ける。
 ――大丈夫。この人がいれば、きっと怖くない。

「セイラン。あのね、……もうひとつ、我儘言ってもいい?」


* * *



 迷うな、幸せになれ。
 お前はいつだって笑ってろ。
 子どもみたいに馬鹿丸出しではしゃいで、見てるこっちが苦しくなるくらいにたくさん食って、声張り上げてめいっぱい幸せだって叫んでろ。

 なあ、ナグモ。
 ――約束守れなくて、ごめんな。


* * *



「おめでとうございますっ、ナグモ曹長! うわぁ……、ほんっとお綺麗ですね!」
「ありがとう、キッカちゃん。いーっぱい写真撮ってね」
「もちろんです! バッテリーもメモリーカードも二個持ちですから!」

 オレンジ色のドレスを着たまま重たげなカメラを構えるキッカに、満面の笑みが咲く。
 式の時間まではあと三十分ほどある。艦内の控室で出席してくれた友人や同僚達と話していたナグモは、向けられる祝福の笑顔に堪らず瞳を潤ませた。学生時代の親友が着飾ったナグモを見るなり泣き始め、それにつられて泣きそうになって慌てて周りに「化粧! 我慢!」と叫ばれて笑った。


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