SS・小ネタ倉庫
 (色々と無節操)
 (時たま小説に昇格)

 



 死帖 | 2014/09/27
 
「悔しい」
 服の裾を握り締めて、彼女は呟いた。
「もう少しはやく動いていれば」
「どうしようもなかったんです」
 感情を露にする彼女を前に、感情を押し殺しながら淡々と告げる。自分たちには、どうする事もできなかった。どうあがいても、結果には逆らえなかったのだ、と。
「でもっ」
ヒナ
 伏せていた顔を上げる。まっすぐに前を見据え、正面に座る彼女の名を呼んだ。
「もういいんです」
 クシャリと、ヒナの顔が歪む。必死に涙を堪えて、現状を受け入れようともがき続けている。可哀想だと思う反面、愛しいとさえ思ってしまうのは、罪、なんだろうか。
「もう終わりにしましょう」
 その気持ちを押し殺して、もう一度名を呼ぶ。ゆっくりと、ヒナの顔が頷いた。

「……あの、ただのチェスだよね、これ」
「うわぁぁあんっ! Lに負けたぁああっ!!」
「守りに入るのが一歩遅かった自分を恨むんですね」
「くやしぃぃっ!」
 
( もう終わりにしよう )

死帖 | 2014/09/27
 
「少しは落ち着けよ」
「十分落ち着いてます」
 嘘付けと、月は呆れた顔で隣を見やった。
 親指の爪は歯型に割れているし、座っている椅子を煩いほど回転させている。だいたい、雰囲気が不機嫌全開ではないか。誰が見ても苛立っているのが一目瞭然だ。
「まったく」
 軽く肩をすくめると、月は背後の扉へと視線を向けた。最後に開閉してから十分は経っている。確かにそろそろ開いてもおかしくはない。
「近くなんだし、そんなに心配する事か?」
「近くなのに遅いから心配しているんです」
「駄菓子店が混んでるんじゃないか。丁度オヤツ時って奴だし」
「やはり行かせるべきではなかった」
「あのな……。もう少し双子の妹かたわれを信じてやれよ。過保護過ぎると嫌われるぞ」
ヒナは絶対に私を嫌ったりしません」
「その自信は何処から来るんだ……? まぁ大切なのは分かるけど」
 双子ではないが、月にも妹がいる。どちらかと言えば仲も良い方だし、それなりに可愛がってもいる。だからLの気持ちが分からないでもない……と、考えて首を横に振った。やっぱり、ここまで過保護になる気持ちは分かりそうもない。
「本当にヒナさんの事が好きなんだな」
 家族として。そう月が付け足すよりも早く、Lはさも当然のように頷いた。
「好きですよ。死にそうなくらい」
「……は? それってどういう意」
「たっだいまー。やーお菓子屋閉まってて結局スーパーまで行ってきちゃったよ」
 
( 死にそうなくらい )

死帖 | 2014/09/26
 
 Lの機嫌が悪い。
 理由は分からないが、怒っている事は察しがつく。虫の居所がわるい日なのか、それとも誰か怒らせたのか。
 ――少し前までは普通だったし、後者かな。
 ちらりと視線を左右へと向ける。自分の右隣には彼のLがいて、左隣にはLと長い手錠で繋がっている月が座っている。他に人影はない。つまり、自分か月が原因のようだ。
 ――何かしたっけかなあ。
 目線だけは資料に向けつつ、記憶を手繰る。普段通り調査をし、普段通り動向を探り、普段通り息抜きをし……。特に変わった事、それもLの機嫌を損ねるような記憶はない。
 ――変な所で気まぐれだからな、Lは。
ヒナ、居眠りするなら淹れてきてください」
「ん、はいよ。月くんのも淹れなおしてくるね」
「うん、ありがとうヒナさん」
 眠っていたのではなく、考え事をしていた……と言ったところで聞く耳はないだろう。素直に三人分のカップを持ち、二人の間から身を引く。
 部屋を出る際背後で会話が始まったようだが、生憎と扉が閉まってしまったことで、その会話を聞くことはできなかった。


「私のヒナに慣れ慣れしくしすぎです」
「ただ雑談してただけだろ、お義兄さん?」
「社会的に抹殺してあげましょうか」
 
( あんたが悪いんだ )

死帖 | 2014/09/26
 
「あづい……」
「まぁ、夏だしね」
 たらりと汗を浮かべる私の隣で、月くんはさらりと平静に告げた。「夏だから暑いのは当然」だ、そうだ。汗一つ無い状態で言われても説得力がない。
 腹いせ、と言うわけではないけど、フル稼働しているエアコンの温度を更に下げてやろう。
ヒナさん、ちょっと下げすぎじゃないかな。十七度って流石に寒いよ」
「いやいや、これくらいが丁度いいんですよ。あー生き返るー」
「基本体温高いですよね、ヒナ
「誰のせいだ誰の」
 月くんとは別の声。それこそ背後からする声に、これでもかと棘をつけて返答する。
ヒナ、寒いです」
「なら離れろや、子泣きじじい」
「寒くて離れられません」
「暑くったってくっついてただろ。つか私の体温が高いんじゃなくて、アンタがくっついてるから暑いんだっつーの!」
ヒナの抱き心地がいいのが悪いんです」
「なんでもかんでも私のせいにすなっ! だーっ、もう重いから圧し掛かるなっ!」
(二人って恋人じゃなくて、双子だよな……?)
 
( 体温高いよな、お前 )

死帖 | 2014/09/26
 
 不意に何かが肩へと圧し掛かった。
 軽くは無いが辛くもない重み。一緒に安らかな吐息が聞こえてきた事もあり、指先の資料から視線を上げる。案の定、肩に寝顔が寄り添っていた。
 しなやかな髪、長い睫、柔らかい唇、あどけない顔。自分に誰よりも近く、誰よりも異なっている女性。
ヒナ
 軽く肩を揺らす。が、返答はない。寝入ってしまったのだろう。どうしたものかと溜息が口をついた。
 一方で、しかし、と思う。
 あらためて見ると、やはり自分と彼女は全く似つかない。自分でさえそう思うのだ、回りからすれば双子と言ったところで"冗談"としか思えないだろう。
 ――ああ、でも、こういう癖は同じようだ。
 白魚のような指が服の裾を掴んでいる。無意識に温もりを求めているのだろう。いや、一人になる事を恐れていると言うべきか。こうなっては離れる事もできまい。
 再び資料へと視線を落とし、一呼吸思考をめぐらせる。仕事は……ここ二.三日徹夜したお陰でほぼ片付いている。少しなら休息しても問題はない。欲を言えば毛布でも取りに行きたがったが、まあ仕方ない。
「暖かい季節なのが幸いですね」
 再び溜息を落とし、視線を上げる。窓の外で、穏やかな日差しと共に薄桃色の花びらが舞っていた。
 
( 眠る姿はそっくりなのに )

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