「お姉ちゃん、ここだよ!」

聞いた通り、魔女のお屋敷はきちんとしていて…でも貴族って感じでもない、普通の家だった。不思議なお屋敷ってニコラは言ってたけど、見た目も普通だ。

「…行くわよ。」

自分自身に言い聞かせるつもりで門を押す。ひんやりとした空気…だけど庭も普通で、特に変わった植物とかは見当たらない。怪しい薬草とか…歩く植物とか…ないのかな…。

「……ごめんください!」

ここまで来たんだからもうやるっきゃない!と発破を掛けて呼び鈴を鳴らすと、意外に可愛らしい澄んだ音がした。少し待っても返事がなくて、心臓がドキリとする。

「ごめんください!開けてください!……きゃっ!」

夢中になって何度も鳴らしていると、ある時いきなり勢い良く扉が開いて、真ん前に立っていたあたしは撥ね飛ばされ尻餅を付いてしまった。

「お姉ちゃん!」

あんたがいたら魔女さんに失礼だからと教え込み、隠れさせていたニコラが走って来る。バカバカバカなんで出て来ちゃうのよ!

「った〜……、…っ!」

鼻とおでこを押さえて涙目になりながら顔を上げた瞬間、私は凍り付いたみたいに固まってしまった。

立派な体躯の大男。
射殺す様に鋭い眼光。
燃える様に真っ赤な髪。

(ころされる!)

逃げなきゃいけないのにどうしても立てなくて、否応なしに本能的な恐怖に曝される。

ニコラに向かって「逃げなさい!」と叫ぼうとした瞬間、小さな人影が目の前に踊り込んだ。

「あなたが、魔女さんですか!?」

(バ、バカ…っ!)

信じられない思いでニコラの背中を見上げる。魔女っいうんだから男なわけないでしょうとか命知らずにも程があるでしょバカニコラとか、言いたいのに…声が出て来ない。

「……魔女?」

意外にも大男はニコラに乱暴したりせず、ただ聞き返して来ただけだった。その声色はいかにも面倒くさそうだ。

「…んなわきゃねえだろが…そんなもんいねえよ。」

さっさと扉を閉めようとする大男。するとニコラはあろう事か叫び出した。

「待ってくださいっ!ここに、どんな魔法も使える人がいるって、ぼく聞いたんです!」

「…ニコラッ!」

これ以上迷惑に思われたら本当にどうなるかわからない。跳ねる様に立ち上がってニコラに向き合う。

「もうやめましょ、いないって言ってるじゃない!それに、早く帰らないとみんなが…。」

「……一体、何の用だ。」

「っ!?」

後ろから聞こえた低音に反射的に振り返ると、てっきり行ってしまったと思っていた大男はまだ扉を閉めずにこちらを見ていた。

「えっ…?」

「…何の用だ…と聞いてるんだ。」

溜め息を吐きながら…でも最初よりはほんの少し威圧的でなくなった態度で繰り返す大男。

「っと…あの…」
「みんな熱出して、死んじゃいそうなんだ!だから、助けて欲しいんです!ぼく達、今お金はありません…でも、いつか必ず…!ぼくに出来る事ならなんでもするから!だからみんなを、助けて…!」

…あたしを遮ったニコラの叫びは必死で、迷いがなかった。この子は…この大男が怖くないんだろうか。ものを知らな過ぎるにも程がある。

「………ガキに出来る事なんざあるのかよ。…[魔女]に魂でも売る気か?」

「っ!?」

やっぱり魔女ってそんな人なの…!?

…──でも…この人の言った通り、非力な子供であるあたしには何も出来ない。みんなを助けることなんて到底無理だ。

そんなあたしにでも…出来るんなら。

「…あたしで良いなら、かまわないわ!みんなを助けてくれるんなら…望むところよっ!…でも、…この子は、生かしてあげて…!」

叫び終わった瞬間、辺りがしん…と静まり返る。

「……ふっ…ふぇ…っ…。」

沈黙を破ったのは、情けない泣き声だった。本当に…なんて情けない…!

「バカッ、なに泣いてんのよ!こうなるかもってわかってたんでしょっ!?」

「…やだ…いやだ…!おねえちゃんが、いなくなるなんてっ、いやだぁ…!ぼくも…ぼくもいっしょに、たましい…とられる…っ!」

勢い良く抱き着いて来たニコラを、突き放す事は出来なかった。たった3つで両親と死に別れたこの子には…もうあたししかいない。でも、あたしにも、もうニコラしかいないんだ。

「泣くんじゃないわよ、情けないっ!」

大声で叱りながらも、あたしの方が情けない顔になってしまう。だって…怖いんだ。魂取られるって事は、死んじゃうんだもの。

「……少し、待ってろ。」

「え?」

突然の言葉に、思わず聞き返す。

「…[魔女]を呼んで来てやる。……近所迷惑だから騒ぐな。」

低い声でそう言い残すと、大男は屋敷の中に入って行った。…そういえば…どうしてあんな人が魔女の家にいるんだろう。まさか、魔女のしもべなのかな。

「…みんなを助けてって、二人でお願いしようね。」

「……うん。」

ニコラを抱き締めたまま、睨む様に挑む様に見つめていると…扉は思ったより早く、そして静かに開いた。



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