睫毛一つ動かさずに眠り込む少女の隣で、微睡みから目覚める。

(…る…せえな…。)

耳障りな音に一体何かと思えば、玄関の呼び鈴がひっきりなしに鳴っていた。しばらく放っていたが、いっこうに収まる気配はない。

(…ったく、どこのどいつだよ…。)

普段この家の玄関先には、見知った顔しか来る事が出来ない。何故なら門扉には術式が施されており、この家の主が許した者にしか開けられないからだ。

だが術者であり家主である…今もベッドで昏昏と眠っている少女は、先日かなりの無茶をし気力を使いすぎた。そのため現在は必要最低限のものを除いて術を切り、睡眠による回復に専念しているのだ。

(…こいつが起きちまったらどうしてくれる…。)

面倒くさくて仕方がなかったが階段を下りる。今もなお鳴り続けている呼び鈴の音に混ざっているのは、あきらかに子供の声だった。

「ごめんください!開けて下さい!」

(………。)

「一体何のつも」
「……きゃっ!」

勢い良く開けた扉が何かにぶつかり、甲高い悲鳴が響く。どうやら図らずも撥ね飛ばしたらしい…十くらいの少女が径に尻餅をついていた。

「お姉ちゃん!」

物陰から少女にそっくりな容姿の少年が飛び出して来る。

「った〜……、…っ!」

こちらを見た瞬間、深緑の瞳を見開き凍り付く少女。…無理もないだろう…というか本来この反応が普通なのであって、エーコだとかが異常だったのだ。

しかし逃げ帰るという予想に反し、少年の方は明らかに怯えている姉の前に立つと、まだ幼いというのに──幼いからなのかもしれないが──俺に対しても目を逸らさずに訊ねて来た。

「あなたが、魔女さんですか!?」

…一瞬からかわれているのかとも思ったが、姉にそっくりな深緑はあくまで真剣だ。

「……魔女?」

その単語に、思い当たる所はないでもなかったが…恐らく人違いだろうと思い直す。というか間違いなく俺ではない。

「…んなわきゃねえだろが…そんなもんいねえよ。」

さっさと帰りやがれと言外に言い表し、扉を閉めかける。すると耳がつんざけるかという程の大声で少年が留めた。

「待ってくださいっ!ここに、どんな魔法も使える人がいるって、ぼく聞いたんです!」

……何だと?

…まさか…本当にあいつなのか?

「……一体、何の用だ。」

「っ!?」

弟と向き合い話していた少女が振り向き、同じ色の4つの瞳に見詰められる。…本当にそっくりだなこいつら。

「えっ…?」

「…何の用だ…と聞いてるんだ。」

まだ怯えた様子のガキ共…というよりは少女に、思わず溜め息を吐きながら繰り返す。己の容貌と愛想のなさは十分わかっているつもりだったが…何もしていないのにここまで怖がられるとはな。

「っと…あの…」
「みんな熱出して、死んじゃいそうなんだ!」

…何でもすると叫んだ少年の瞳には、一片の迷いもなかった。恐らく偽りもないのだろう…だが。

「………ガキに出来る事なんざあるのかよ。…[魔女]に魂でも売る気か?」

「っ!?」

子供とはいえ甘ったるい考えに苛立ち、大人げないとは思いつつ多少の皮肉を込めて返す。すると案の定、姉弟は同じ表情で固まり言葉を失った。…これ位で躊躇すんなら最初から来るんじゃねえよ。

そう思い、扉を閉めようとした時。

「…あたしで良いなら、かまわないわ!」

叫んだのは意外にも少女の方だった。色々と予想外の展開にしばらく呆けてしまう。

…勿論あいつが魂など取るわけがないし、こんな子供の頼みとくれば金など気にせず二つ返事で請け負うだろう。むしろ頼まれなくても手を出すかもしれない。

まさかあんな皮肉を本気にするとは思わず、一人気まずくなる。だから子供の相手は好きじゃないんだ…。

「……ふっ…ふぇ…っ…。」

沈黙を破ったのは、弱々しい泣き声だった。

「バカッ、なに泣いてんのよ!」

泣きながら抱き合う姉弟。…何なんだこの状況は……悪いのは俺なのか?俺が悪いのか?

「泣くんじゃないわよ、情けないっ!」

…こんな事態の収拾は俺には到底不可能だ。それに後々こいつらを追い返したとバレたら面倒な気もして来た。

………気が進まないにも程があるが…仕方ない。

「……少し、待ってろ。」

「え?」

「…[魔女]を呼んで来てやる。……近所迷惑だから騒ぐな。」

とりあえずはガキ共を黙らせ、俺は二階の寝室へと向かった。



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