「言ったろう……助けたわけじゃない。純粋な戦いをするためにしたことだ。」
「……た、……た……かい……?」
「おまえは強者なのだろう。だから、戦え。」
理由はそれだけで十分だと言われてしまいます。何を言われているのか理解するのは、白雪ずきんにとってとても難しいことでした。つまりこの狩人は平たく言えば戦闘バカなのですが、白雪ずきんは欠片もそんなものの存在を知らなかったのです。
「…………。……わた……し、を、……殺そうと……?」
「ああ。……さあ、構えろ。力を見せてみろ。」
白雪ずきんはありったけの勇気を出して初めて会う人と、それもこんな恐怖の中だというのに喋りましたが、状況は何も変わりませんでした。狩人は当然だとも言いたげな雰囲気を纏っております。白雪ずきんはしばらくの間まったく動くことができませんでしたが、やがて意を決したように手に力を込めました。念力を発動させ、狩人が腰に帯びていた短剣を奪います。
「……ほう。……それで戦うのか。良いだろう。」
狩人はいくらか驚いたようでしたが、すぐ愉しそうに口端をつり上げて笑いました。ゆっくりと構えます。しかし白雪ずきんは立ち上がりもせず、ただ首を横に振りました。予想を裏切られた狩人が眉を顰めます。彼女は目を閉じると、自らの喉に向かって短剣を構えました。
「っ……どういうつもりだ!」
寸でのところで狩人が手を掴んで止めます。
「…………。……死ねない……の、です。」
「……死ねない?」
「…………血がどれだけ出ても……私が、死ぬことは……ありません。」
白雪ずきんはひどく静かにそう言いました。狩人が手を離します。まだ話すことが大変な彼女は、絞り出すように言葉を続けました。
「……だから、……無駄な争いは、避けたくて……。」
長い沈黙が落ちます。狩人は信じて良いものか惑っているようでした。死なないと言われてそう簡単に信じることができるでしょうか。風が吹いて、木の葉がさわさわと揺れます。
「……なら、なぜ女王に抵抗した。」
「…………化け物、だと……知られたく……なかったのです。」
白雪ずきんがずっと力をひた隠しにしていた理由。それは周囲から怖がられてしまうことを恐れているからでした。彼女は人間なのです。ただ、強い力を持つだけで。
長い長い溜め息を吐いたあと、狩人は武器を下ろしました。
「…………よろしい、のですか。」
「勝てないとわかりきっている相手とやりあって死ぬほど馬鹿じゃねえ。……ましてや、死なねえだけの弱者とやりあうなんざな。」
まだその考えは理解できませんでしたが、とりあえず差し迫る危険はなくなったようです。そう考えるとほんの少しだけ余裕ができて、白雪ずきんはもう一度口を開くことができました。
「…………女王様は……あなたに、私を殺せとお命じになったのですか。」
「……ああ。……俺は強いやつと戦えるなら、命令なんざ関係ねえけどな。」
「…………。」
白雪ずきんが立ち上がり、繁みを覗き込みます。どうやら石を探しているようです。適当なものを見つけると、彼女は術をかけました。まるで心臓のような見た目になります。
「…………これを、女王様に。……いつまで、誤魔化せるのか……わかりません。けれど、……あなたは……これで、報酬を……。」
狩人が任務を果たせないことを心配したがゆえの行為でした。白雪ずきんは心優しいのです。しかし、狩人は受け取りませんでした。
「カネ欲しさにやってるわけじゃねえからな。……もうあの城には帰らねえから安心しろよ。じゃあな。」
そう言い残して行ってしまいます。一人になった白雪ずきんは、呆然とその後ろ姿を見送っていました。
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