昔々、ある小さな町の小さな家に、一人の少女が暮らしておりました。黒檀のような黒い髪を持つ彼女は、口数こそ少ないものの大変に真面目で、毎日仕事を懸命にこなす働き者でした。そんな彼女に人々が付けた呼び名は“白雪ずきん”。ひどい恥ずかしがり屋である彼女は、人前に出る時はいつも雪のように白いずきん付きの外套を被っていたからです。
ある日のことでした。干し終えた布団を取り込んでいた白雪ずきんの元に、無駄にくるくると動きまわる双子の道化師が現れました。怯える彼女にもお構い無しに話し始めます。
「女王陛下がお呼びでおじゃる。」
「我らについて来るでごじゃる。」
あまりに突然のことに、白雪ずきんは何も言うことができませんでした。理由を問う気配を感じたのか、双子がもう一度口を開きます。
「陛下がおまえの存在を消したいからでおじゃる。」
「おまえが誰よりも強い力を持つからでごじゃる。」
その言葉を聞いた途端、白雪ずきんの肩がびくりと震えました。誰かに存在を疎まれてしまうこと――そして、隠し続けていた力の存在を誰かに知られてしまうこと。どちらも予想だにしていなかったのです。それは彼女にとって大きすぎる衝撃でした。
「ぜんぜん抵抗しないでおじゃるな。」
「とにかく連れていくでごじゃるよ。」
白雪ずきんが何も言えずにいるうちに、二人の手が伸びてきます。――このままでは恐ろしいところに連れていかれて、恐ろしいことになるかもしれない。そう思い当たった彼女は、力を振り絞って術を発動させました。ほんの小さな炎でしたが道化師達は大変に驚きます。
振り返ることもなく、白雪ずきんは必死で森の中へと逃げ込みました。
小路を駆け抜けること十数分ほどでしょうか。体力のない白雪ずきんは、すぐに走れなくなってしまいました。思わずその場にしゃがみこみます。空を見上げれば、繁った樹々が覆い被さってくるようでした。ほとんど入ったことのない深い森。もう家に帰ることはできません。これから一体どうすれば良いのでしょう。いつもなら楽しめたであろう小鳥のさえずりも木漏れ日も、美しいものではなく不安を煽るものに思えてきてしまいます。
もっと逃げなくては、追っ手が来るかもしれない。白雪ずきんが立ち上がろうとした時、彼女の心臓は大きく跳ねました。後ろから声を掛けられたからです。
「ちょっと、あんたよね? 女王陛下がお探しって子。」
恐る恐る振り向けば、そこには同じくらいの歳の――大きな斧を持った女性が立っておりました。余裕の表情で白雪ずきんを見下ろします。
「大人しく命を渡しなさい。……ああ、魔法で抵抗したらどうなるかわかってる? あなたの村が火の海よ。」
並べられた背筋の凍るような言葉に、白雪ずきんは思わずへたりこんでしまいました。女性がますます得意気になります。
「あなたがあの二人から逃げるだろうってことはわかってたからね、先に魔法を仕掛けておいたの。あなたが私に攻撃すれば火が付くようにね。これで報酬は私のものよ!」
何というえげつない策でしょうか。白雪ずきんにそんなことができるわけがありません。斧を構えてじりじりと距離を詰められ、彼女の目に涙が浮かびます。震える手を抑えこむように、彼女が身体を丸めた時――右の繁みが大きく揺れました。
「待ちな!」
現れたのは、立派な体躯を誇る男性。装いからすると狩人でしょうか。真っ赤な髪を持つ彼は白雪ずきんの目の前に立つと、女性の方を向きました。女性が一歩後ずさりします。
「どういうつもりよ! これは私とあんたが受けた依頼で……。」
威嚇するように斧を振るわれても、狩人は全く気に留める様子を見せませんでした。どころか鋭い眼で女性を睨みかえします。白雪ずきんには何が起きているのかさっぱりわかりません。
「……助けたわけじゃない。……先走ったあげく、人質をとるような卑劣なやつとは組まん、それだけだ……。それとも……やるかい?」
「くっ……覚えてなさい! いつかあんたを狩ってやるわ!!」
不利を悟ったのでしょうか。女性は斧を納めると、森の繁みの中へと姿を消しました。狩人が白雪ずきんの方を向きます。
「さあ、戦え!!」
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